日常


 この町の郊外にある寂れたビルの一室。

 無機質な部屋にはソファーに腰掛けている三十代半ばの女性がいた。


 俺はソファーには腰をかけずに女性の前で立っていた。


「はじめまして、小山内君。君の噂は聞いてるわよ。ここまで来てくれてありがとう」


「無駄な話はいらない。要件はなんだ」


 いつからだろうか? 俺は敬語というものを喋ることが無くなった。

 ふと、内海の母親から大人っぽく見えるという言葉を思い出してしまった。

 ……子供にはもう戻れないんだ。


「そんなに警戒しなくてもいいわよ。私とあなたの敵は一緒よ? 私だってデスゲームでひどい目にあったのよ」


 俺がいる場所は『被害者の会』の事務所だ。

 その会長である森川純子との面会。新たなデスゲームが開始された日に「被害者の会」のメンバーに接触された。


「無駄な話はいい。要件を言え」


「もう、子供が背伸びしちゃって。あなたの回のデスゲームは観てたわよ。まさかあのメンバーの中で生き残るとは思わなかったわ。……ねえ、今回のデスゲーム、お友達助けたくないの?」


 森川は今回のデスゲームを把握している。

 すでに数人の参加者が殺されている。


「友達? 俺にはそんなものはいない」


 ……俺にとって九頭竜たちはたまたま出会った他人だ。助ける義理はない。


「ふーん、でも私の誘いには乗ってくれたのね」


「……情報が欲しいだけだ」


 森川の表情は笑っているが何を考えているかわからない。目が本心で笑っていない。

 この顔は何度も見たことがある。甘い言葉で惑わしてくる大人の笑顔であった。


「……というか、あなたすごいわね。ここに来るまで私の部下を何人半殺しにしたの? まさか狙撃まで気がつくとは思わなかったわよ。何か特殊な訓練でも受けていたの?」


 デスゲームでは人に襲われるのが日常だった。信じていた人に裏切られるなんて普通の事であった。

 嫌な感覚が肌でわかるようになった。殺意というものを理解している自分は昔には戻れない。


「ただの勘だ」


 今、この部屋でも数人の警護の人間から敵意を向けられている。きっと俺に殺された家族がいるのかもしれない。

 緊張なんてしない。これが俺の新しい日常だからだ。


 森川は軽く肩をすくめて俺に言う。


「まあいいわ。襲いかかってごめんなさいね。私ね、あなたの力を借りたいの。私たちはデスゲームが終わった後、運営と接触したことがないわ。どうやってもしっぽがつかめない。ただ被害者と接触して終わり」


「どういう事だ?」


「あなただけなのよ。舞台以外で幹部と殺し合ったり、運営側から熱烈なアプローチが来ているのは。……もし私達に力を貸してくれるなら、お友達を助ける手助けができるかもしれないわ。……今回のゲームの舞台は目星が付いているからね」


 俺だけが運営と接点があるのか? 

 友達か……、アイツラを助けるために「被害者の家」を利用する。悪い案ではないが――


 俺は森川に背を向けてこの場を立ち去ろうとした。


「あら? お気に召さなかったの? 私はいつでも待ってるわよ。あ、そうだ。あなたの大切な幼馴染が生きているように……内海さんも生きている可能性があるって言ったら?」


 俺は内海の名前が出た瞬間、足を止めそうになった。

 止めそうになっただけだ。生きているはずはない。

 もしもという可能性は俺の中で捨てた。


 俺は森川の言葉を無視して歩く。



 なんてことはない。俺はこの世界で信用できるのは、すでに「死んだ内海」の事だけであった。

 殺意にまみれた部屋から俺は出ていった――





 ***********





 新しいデスゲームが開催されている。

 そんなものを無視して俺の日常は淡々と過ぎる。


「ねえねえ、隆史〜。今日の放課後はクレープ食べに行きたいな〜。あっ、賞金あるから隆史のおごりね! 5億だっけ? 汚いお金だよね〜、税金はどうしたの? それにしてもなんかこうやって二人で帰るのって久しぶりだね!」


 朝の登校時間、俺の隣にいるのは死んだはずの幼馴染だ。あの画面の中にいた幼馴染がそのままそっくり現実にいた。


「ああ、そうだな」


「もう、そんな気のない返事しないの! 私は隆史の大事な幼馴染なんだからさ」


「そうだな、すまない」


「ふふん、分かればいいのよ。あっ、後輩ちゃんも呼ぼうか? あと生徒会長と山田ちゃんもね」


 デスゲームが開始した翌日の朝、制服姿の幼馴染が俺の家の前にいた。

 こいつは再会した瞬間、俺にこういった。


『えへへ、助かっちゃった。えっとね、隆史がよかったらまた前みたいに一緒にいてくれないかな? ……もし一緒に居てくれるなら――』


 九頭竜たちを殺さないようにする、と低い声で言った。

 幼馴染は学校に登校すると教室から居なくなる。デスゲームの時間があるからだ。

 放課後になると幼馴染は校門の前で俺を待つ。


 別に九頭竜たちがどうなろうと構わない。

 俺はただ幼馴染にから情報を引き出したい、という気持ちがあるだけだ。


「よっしゃっ、出発進行〜〜! やっぱりシャバの空気は美味しいね! あっ、そうだ。哲朗君も隆史に会いたがっていたよ! あっ、後輩ちゃんだ!! お〜い、久しぶり〜!! クレープ食べに行こうよ!!」


 幼馴染に寄り添って歩き始める俺。

 昔は大好きだった幼馴染。俺たちを裏切って哲朗と組んだ幼馴染。

 俺がこの手で殺したと思った幼馴染。


 そんな幼馴染は無邪気な笑みを浮かべていた。

 悪意も敵意も感じない。ただ無邪気さがあるだけだ。


 懐かしさに浸ることはない。これはただの地獄だ。

 人を殺した俺が受ける罰である。


 突然、幼馴染が俺の腕を取った。

 そして、耳元でささやく。


「――内海さんね、あっ、娘の方ね。実は生きてるんだよ。私の言うことを聞いたらあわせてあげるよ」


 その言葉に縋りつきたくなる自分がいる。

 違うんだ、もう俺の日常は壊れているんだ。


 だから、そんな言葉には――


「……何言ってるんだ。俺は昔っからお前だけが好きだろ」


「もう、隆史!? じょ、冗談言わないでよ!? は、恥ずかしいでしょ……」


 顔を染め上げて恥ずかしがる幼馴染。

 俺の胸のうちは嵐のように乱れていた。




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