幼馴染


 どれだけ調べようともデスゲームの詳細な情報は入ってこない。

 ここまで大っぴらに行われていて殆どの生徒が知っているのに、だ。

 仮に情報を持っている人間に接触したとしても俺が知っている範囲しか情報がない。


 五十嵐の言動を考えると、あいつは重要な情報を本当に持っていたと思う。


 あの日から何も起こっていない日々。ルーティーンのように学校へ行って、帰りに内海のおばさんの状態をチェックする。それだけだ。待つことも必要な時もある。

 動き回って人が死ぬ事もある。


 一応九頭竜の身辺を調査した。

 あいつは一人暮らしをしていた。友達も誰もいない。家族は遠い地方で働いている。

 そして、デスゲームの痕跡はまったくなかった。

 身代わりで友達と犬がデスゲームに参加したのは本当なのだろう。



 俺は誰もいない病室で佇みながら考えをまとめる。

 確かに昨日まではこの部屋に九頭龍がいたはずだ。生きるか死ぬかの瀬戸際で、あいつはどうにか助かったはずだ。


 それなのにあいつの姿はどこにもない。病院の先生に聞いても知らないと言われるだけであった。


 自分の無力感に襲われる。

 だが、そんなものは何度も経験したはずだ。俺は昔と違う。もう優しいだけが取り柄だった男ではない。


 俺は九頭龍が貸してくれた本を片手に病室を出るのであった――






「あら、今日も来てくれたのね。小山内君ありがとう」

「ちゃんと部屋を綺麗にしてるか確認しに来ただけだ」


 内海のおばさんは小綺麗になった。髪と身なりを整えたら実年齢よりも若く見える。

 内海のお姉さんと言っても問題ないだろう。

 だが、このおばさんは男運が無かった。


 前の亭主はアル中で酒に酔うとすぐに暴力を振るう。働いた金は全て酒と競馬で消えてしまう。

 もっと早く内海と深く知り合っていたかった。

 ……ガキの俺にできる事なんてたかが知れているが、何かできたかも知れない。


 このアパートに来ると、俺は内海の知らない姿を感じる事ができる。


「それでね、あの子ったらバイトばっかりして……お金を家に入れてくれて――」

「よく告白されていたのよ。でもいつも断ってばかりで――」

「幸せになって欲しかった。まさか都市伝説のデスゲームに参加していたなんて――」


 俺の知らない内海がここにいた。

 それでもこみ上げてくる感情を抑える事ができた。

 俺の心はもっと強くなる必要がある。


「小山内君は不思議な人よね。あの子と同い年に見えないわよ。本当は成人しているんじゃないの?」

「――――俺は十七歳だ」


 おばさんは俺に気を許している。隙きがありすぎる人だ。何度も騙されたと聞いたが、本当のようだ。


「スーパーのパートも慣れたわよ。みんないい人で良かったわ。……あの子も小山内君みたいな人と恋人になれたら良かったのに……。あっ、おばちゃんの冗談だからね」


 ふと疑問に思った事があった。

 俺たちのデスゲームはプレイヤーの身近な人に配信されていたはずだ。


「配信は見ていなかったのか?」

「配信? 見ての通り私の家はスマホもテレビも無いもないのよ。……お金と一緒にDVDを渡されたけど……、被害者の会の人に取られちゃったわ」


 それで内海が生きていると信じているのか。


「そうか、ならいい。俺は帰る」

「うん、また来てね! 今度はご飯作って待ってるわよ」

「いや、そこまでするな。俺は娘の代わりじゃない」


 俺はそう言ってアパートを出た。最後に見えたおばさんの顔は……何故か笑顔であった。

 俺は冷たく突き放したはずだ。意味がわからない。








 誰かが俺の後を尾行している。

 姿は確認していないが、初めは生徒会長か山田かと思った。

 あいつらは俺に恨みを持っている。刺殺してもおかしくない雰囲気だ。


 スーパーの前を通り過ぎた。おばさんが働き始めたスーパーだ。

 ここには運営側であった柳瀬透の妻が働いている。


 スーパーの自動ドアが開くと、元気な子供の声が聞こえてきた。

 柳瀬透の妻がビニール袋を下げて子供と一緒に歩いていた。俺は自然と人影に隠れる。


「お母さん、今日はカレーだね! 食べ終わったらゲームしようよ!」

「こら、ちゃんと勉強しなきゃ駄目だよ!」


 姉妹は笑顔で柳瀬の妻に抱きつく。柳瀬の妻は微笑みを返しながら二人と手を繋ぐ。

 その光景を見ていると、俺には遠い存在に感じられた。


 俺には関係ない。あいつらを利用しただけだ。


 三人のやり取りが聞こえなくなってきた。俺は振り返らず前を歩いた――






 翌日の放課後、やはり尾行の陰が見える。稚拙な尾行は簡単に巻くことができる。

 俺は人気の無い路地へと駆け込む。焦った尾行者が慌てて路地へと入ってきた。


「お前は誰だ?」


 角から現れた尾行者の襟首を掴む。

 生徒会長でも山田でもなかった。知らない中年のおっさんであった。


「ひ、ひぃ!? こ、殺される!? た――」


 大声を出される前に喉を抑える。

 俺が小さく首を振るとおっさんは大人しくなった。

 こいつは本当に何者なんだ?

 俺はおっさんを引きずって路地から隣の敷地へと移動した。


 今、俺たちがいる場所は休止中の工事現場の中だ。丁寧にシートが貼られて外から見えなくなっている。


「お前は誰だ」


「ひ、ひぃ……、人殺し……、や、やめろ。俺も殺すのか……」


 顔面蒼白で怯えているおっさん。

 とにかく話を聞くしか無い。


「言え」


「は、はい……、お、俺は、あのゲームの被害者の会の一員だ。……お、お前が殺した久美子の父親なんだよ!! お、お前みたいな人殺しがのうのうとシャバを歩いてるなんて――」


 おっさんの罵声を聞き流して俺は思考を巡らせる。

 可能性の一部として考えていた事だ。俺たちのゲームは配信された。生き残った俺だけが島から戻って来れた。

 俺は何人殺した? 数え切れない。


 殺し続けていくうちに感覚が麻痺していった。だけど、俺の隣には内海がいた。

 俺はかろうじて人間の心を保つことができたんだ。


 それでも人を殺した事実は変わらない。


「久美子……。知らない名前だ」

「お前に彼氏を殺された女だ!! お前を殺そうとして返り討ちにあっただろ! この悪魔め……」


 マシンガンで襲ってきた女か……。


「お前は娘の復讐をしたいのか?」

「そうだ、当たり前だ!! 被害者の会の大半はお前に殺された奴らが集まっているんだよ!!」


 もしかして、デスゲームを配信したという行為は俺たちのゲームが初めてだったのか?

 九頭竜が友達を身代わりにして送ったデスゲームは誰も知らない。五十嵐や相澤の時も誰も知らない。噂でしか聞いたことが無かった。



 気を抜いていたわけではなかった。思考の隙間を突かれた。敵意よりも怯えが強かったから見抜けなかった。


 おっさんは俺の脇腹にナイフを突き立てた。


「ひい、ひひぃ、やったぞ。これで会から配当金が――」


 ナイフは鈍い音を立てるだけで俺が着ている防弾チョッキに止められた。

 興奮しているおっさんはナイフが俺に突き刺さったと思っている。

 人間なんてそんなものだ。自分の都合の良い風にしか考えない。


 転がり落ちたナイフを拾い、俺はおっさんの足の甲に指した。

 悲鳴をあげるおっさんに俺は言った。


「お前の娘は男の子を好んで殺した外道だ。見たいものだけ見ようとするな」


 被害者の会を調べる必要がある。俺の勘だが、運営側が操っているようにも感じる。

 なぜならあいつらは人が狂うのを見たいだけだ。ゲームを楽しみたいだけだ……。

 今も俺が苦しんでいる姿を見て笑っているんだろう。


 どうせこのおっさんは何も情報を持っていない。そう思った時、俺のスマホからメロディーが鳴った。バイブにしてあるはずなのに?


 感情を殺せ。どんな事が起きようとも冷静でいろ。

 スマホを開くと、そこには――


『ここどこ? お母さん……』

『お姉ちゃん怖いよ……』

『大丈夫、お母さんが付いてるわよ』

『あら、ご飯作ってあげれなかったわね……。ねえ、あなた包帯巻いてるけど大丈夫?』

『…………』


 そこに映し出されていたのは柳瀬の家族、内海のおばさん、そして、傷だらけの九頭竜であった――


 聞き慣れた音が聞こえる。ゲームが開始される放送音――



『第103回異世界デスゲームを開催いたします。プレイヤーの皆様は最後の別れを画面で告げてください。なお、このゲームの勝者には――――』



 九頭竜と視線が合った。

 向こうから俺の姿が見えているのだろう。

 あいつは――薄く笑ってこう呟いていた。


『本、全部読んだ?』


 全てを達観した表情であった――



 心臓は跳ね上がらない。感情は揺れない。人が死ぬところなんて腐るほど見てきた。

 どんなゲームが開催される? プレイヤーは何人だ? 運営補助はあるのか?

 味方になるような大人はいるのか? 

 散乱する思考が一つにまとまる。


 生き残る可能性はゼロだ――


 なぜならあいつらの後ろには……、俺の幼馴染の姿が一瞬だけ見えたからだ。



 俺は幼馴染の姿を見て、喜びでも愛情でもなく、ただ絶望を感じた――――


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