あなたは案山子、私は鳶

「とりあえず泊まるとなると、君は布団で寝るとして私はどこで寝よっか?」

 電話を切った俺に、魔姉さんは開口一番困り顔で尋ねてくる。

「いや、布団は魔姉さんが使ってください。僕は地べたで寝るので」

「え、でも……」

「ただでさえご迷惑かけてますから、いやほんとに大丈夫です!」

 魔姉さんはまだ少し不服そうだったが、もう一度はっきり大丈夫だと言うと、今度はわなわな震え出した。

「魔姉さん?」

「うぅ~偉い! 中学生? 高校生? ぐらいなのに遠慮ができるなんて魔姉さん感動した!!」

「中学生です」

「中学生なのに君という子は……そういえば名前聞いてなかったやね。泊まってくことになったし、ずっと君呼びも違和感あるや。なんて呼んだらいいかな」

「それなら龍一郎って呼んでください。苗字は高羽、名前は龍一郎です」

「よろしくやね、りゅーいちろー。私のことは引き続き魔姉さんとお呼びなさいな!」

「はい! 魔姉さん」

「さて、りゅーいちろー」

「はい!」

「寝るとこどうしよっか」

 俺の戸惑う顔を見て、皆まで言うなと口元に手をかざされた。

 そして、そのままその手を右から左へひらりと魔姉さんは流す。

 ジェスチャーの意味を何となく察して視線を流す。

 部屋の惨状をぐるり。

「……片付けましょうか」

 この言葉を聞いて、魔姉さんの目がキラリと光る。

「おおっ!! いや~ごめんやね。お客さんにそんなこと手伝わせちゃってね~」

 魔姉さんはてへへと笑う。

 あまりにも白々しすぎるリアクション。

 この人から魔法を取った場合のことを想像すると悲惨だなと思った。

 そういえば魔法で片付けとか収納……いやいや魔法はそんな簡単なもんじゃない! 危うく何も分かってないような素人質問をするところだった。

 魔法を適当に都合のいい力に仕立て上げるのは一番やっちゃいけない妄想の押し付けだもんな!!

 不埒な疑問はその芽ごと引き抜いて放り捨てる。ちょうど目の前に転がるガラクタを片っ端からゴミ袋に突っ込むように。

「あ! あー! ちょっと待ったぁ!!」

 後ろからヌっと魔姉さんの手が伸びてきて、俺の持つガラクタを掴む。

「こいつら捨てちゃまずいですか?」

 思い切った断捨離が必要だよねという魔姉さんの固い決意に則り、脳死でゴミ袋に詰め込み続けてただけなんだが。要るものもあったのか?

「ううん、捨ててくれて大丈夫なんだけど。懐かしくてついつい」

「……こいつらなんなんですか?」

 尺八もどきみたいな棒、カラフルな石がたくさんついたでんでん太鼓? 他にも名状しがたい何かと何かとチョコプラが使ってそうな謎の何かなど。

 全く用途が分からない、正に怪しいガラクタ共。

 魔女の家だからこそまあ雰囲気は出てるか? いやしかし、黒魔術とかそういう厨二心くすぐるかっこよさというよりも、どちらかと言えば胡散臭さの方が……しかし、思い入れのありそうな態度にわずかでもロマンある魔法の道具であることを期待してしまう。

「これはねぇ……」

 本当は炎の出る剣とか見てみたいけど……この際フォルムはでんでん太鼓だろうが尺八だろうがケコツソギリだろうが構わん! 来い!!

「騙されて買っちゃったやね! 露店とか占い屋さんで」

 アッハッハと明るく笑いながら、魔姉さんは手に持っていたガラクタを袋の中にポイッと投げ入れる。

「だ、騙されて……?」

「詐欺ってやつ? これを持ってると幸せになれます! とか邪気を払います! とか瞬く間に健康になってお金は天から降り注ぎ、学業就職順風満帆、恋人はできるわ蚊には刺されなくなるわカラオケの翌日に喉は枯れなくなるわ色々あります! 的な」

「後半おかしいですよ!?」

 具体的な効力が想像できる分めっちゃ欲しいけど! 間違いなく需要あるけど……!!

「いやー、そういうおまじない使えるんだー凄いなーぐらいの認識で買ってたんだけど、さっきの蚊に刺されなくなる置物買った帰りに刺されて、次の日も蚊に刺されちゃったから偽物だって気付いたやね。それ以来買ってないけど、気付くまで長かったから高い買い物だったなぁ」

「今捨てたやつが……」

 あーだから緑のグルグル巻きがくっついてたのか。やっぱりこれ、芸人さんが舞台道具として作ったものをそのまま露店に流したとかなのでは? コントの様子が容易に浮かび上がる……。

「まあという訳で、サクサクッと捨てちゃおっか」

 魔姉さんの声に頷き返し、ガラクタを掴んでは袋に放り入れる反復作業に従事する。

 そのうち部屋の床が見えるようになった。

 満タンの袋は2人合わせて大量。そのうち4つがガラクタだけで満タンになった。ガラクタ全部、それ自体の価値はさておいて結構な値段がしたはず。

 魔姉さんってもしかしなくてもめちゃくちゃお金持ち?

 フローリングが見えた! と大はしゃぎする魔姉さんに視線を向ける。

 そもそも日本人じゃないよな絶対。見た目もそうだし、そもそも魔女だし。

 だから、日本語が時々変なんだろう。

 魔女の本場と言えばやっぱヨーロッパ? 自然が溢れてそうな片田舎……どこだろう、スイスとか? いや、針葉樹林の方がマッチするかな、となると寒いところだから北欧。つまるところフィンランドとかノルウェー辺りかな? しかし、金持ちな魔女ってあんまイメージないな。

「どうかしたの?」

 魔姉さんは声を出してからゆらりと、顔をこちらに向ける。

 びっくりした。一瞬、猫のように全身の毛が逆立つ感覚。魔姉さんはニコニコ笑顔を向けてくる。それを見ると、改めて今まで体験したことのない緊張感に飲み込まれそうになるがそんなことより。

「かっけぇ……沁みる……」

 さっきまでとのギャップがより一層目の前の、憧れの魔女の存在を引き立てる。

 一人で勝手に悦に浸る俺を見て、魔姉さんは怪訝な顔をしながらも朗らかな声で再び会話のボールを投げてくる。

「おーい、なーに見てたんですかー?」

「はっ!? すみません、魔姉さんのかっこよさに痺れてました」

「お? かっこいい? かっこいい……言われたの久々やねぇ、ありがと」

「魔姉さん! さっき俺が見てたのに気付いたのって、やっぱ感覚を強化する魔法とかですか!?」

「ん? あー、うん。そんな感じ」

 うおおおおおすげええええええ!!!

 心の中で叫ぶ。返ってきたやまびこがそのまま口から出てしまうかと思った。

「あはは、面白い顔。あ、そうだ」

 魔姉さんは開いた手を握りこぶしでポンっと叩く。

 いい音を鳴らして立ち上がる魔姉さんを何だ何だと見つめていると、奥側にあった冷蔵庫から何か取り出す様子が窺えた。

「私ね、りゅーいちろーに色々と興味があるの。りゅーいちろーもあるやね? 私に聞きたいこといーっっっぱい! ね?」

 指と指の間に挟んで、初めて見る瓶のジュースを何本か目の前にぶらりと。

 瓶と瓶が触れて、音が身体をグサリと突き刺し抜ける。

「だから色々お話したいやねけども、せっかくだし片付けのお礼も兼ねて、私だけの秘密基地へご案内しましょうと思いまして。あ、ジュースはおまけね」

 魔姉さんに手渡された瓶はよく冷えていて、片付け労働の後じわりと火照る身体にはいい保冷剤だった。

「どうかな?」

 受け取ったジュースに目線を落とした次の瞬間自分を覆った影。さらに目線は下へ、反射的に理解し顔を上げる。魔姉さんは立ったまま背中を丸め、今まで通り緩やかな笑みを浮かべて俺を見下ろしていた。見上げる俺の顔にグッと近づいてくる。髪がサラサラと落ちてきて、それらはまるで円形のカーテンのように外の世界を切り離す。魔女の黒い瞳の中に映る自分を見つめる。

「……い、いろいろ……根掘り葉掘り」

「ん?」

「一から十まで聞いてもいいんですか!?」

 自分でも恥ずかしくなるくらい語気が強まる。猛る気持ちは抑えても抑えても、液体みたいに手の間をすり抜ける。

「も、もちろん!」

 嬉しい。幼いあの日からずっと追い求めてきたもの。それと出逢えただけでも凄いのに、好きなだけ話を聞くことができるなんて!!

「早く行きましょう!」

「ちょ、ちょっと待って」

 大人一人分の玄関スペースで座り込む魔姉さん。スニーカーに踵をすぽっとはめて立ち上がり、つま先をトントントンと打つ。そこに流れる時間は何故か鈍間で、今なら飛んでいけそうなぐらい軽やかな自分とのラグに、やるせなく悶える。

 そんな後ろ姿を風がぶわりと打った。視線が捲られる。

 上……夜空の灯りが煌めいて、右左……ぐるぐると……黒いシルエットの木々がざわざわ震えて、正面……遠く遠く向こう側からほんの少しだけ。

 ――笛の音が聞こえた気がした。

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楽園実験 竹智 道也 @power_u4

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