第3話 おっさん

 俺は、竜の首を斬り落とした。


 竜は双頭だ。残る首は1つ。


 竜は危険を感じたのだろう。俺から距離を取った。


 体中から不思議な力が湧き上がる。

 

 なんだこの力は?

 そういえば 舞乃まいのが言ってたな。

 異世界に行く者は、凄まじい力を持ってるって。

 彼女の言葉なら信じられる。

 なにせ、俺は 舞乃まいのを信じてこの世界に来たんだからな。


『貴様……。一体何者だ?』


 なに!?

 喋れるのかこいつ?


 それは竜の声だった。低くガラガラのしわがれた声。


『貴様…… 神技力ディオクンストが使えるのか?』


 ディオク……。なんだそれ?

 よくわからないが、残った首も斬ってやる。


『餌の分際で生意気な』


 ふん。勝手に餌って決めるなよな。


 竜は、俺の踏み込みに合わせて口を開けた。


『グワッ! 死ねぇえ!!』


 真っ黒い炎が吐かれる。


 炎の攻撃か!

 

 俺の感覚は尖っていた。

 この不思議な感覚は表現し難い。

 でも、なんとなくわかるんだ。今なら、100メートル先の小さな蟻の動きさえ把握できそうだ。


「そんな攻撃、効くかよ」


 俺は即座に躱した。


『ヌゥウ! このぉ。餌の分際でぇええ!!』


 竜は尻尾を俺に向けた。

 凄まじい勢いである。

 それを体に受けたなら、全身の骨は砕けで2度と立てなくなるだろう。

 でも、受けたらの話だ。

 当たらなければ意味がない。


ズバッ!!


 俺は尻尾を斬った。

 それはソーセージのように簡単に斬れる。


『ギィヤァアアッ!!』


 ああ、五月蝿い悲鳴だな。


 俺は刀を振り上げた。


 思い返せば何もかもがクソだったな。

 あっちでは不良に暴力を振るわれ、周囲の大人たちは権力者に頭が上がらない。

 こっちの世界では竜の餌だと?

 人権無視のクソルールじゃないか。


 こんなもん。

 許せるもんかよ。




「地獄に堕ちろ。クソ野郎」




 俺は竜の首をぶった斬った。



ザグンッ!!



 傷口から大量の黒い血が飛び散る。

 竜の頭は地面に落ちて、その巨体は地に伏した。


「やった!」


 いや、喜んでいる場合じゃないぞ。

 急がないと。


 俺は竜の腹を割いてナナを探した。

 真っ黒い血液が辺り一面に飛散する。


「ナナ! ナナ!!」


 小さな女の子が、俺を頼っていたのにさ。

 なんにも力になれないんじゃ、他の大人たちと同じだよな。


 ナナは真っ黒い血に塗れて竜の胃袋から出てきた。


 良かった。丸呑みされたから傷は少ないぞ。

 でも、意識がない……。


「ナナ! 目を覚ませナナ!!」


 ああ、息をしていない。

 それに体が冷たいぞ。


 呼びかけは虚しく響くだけ。


 彼女はそのまま目を覚まさなかった。

 竜の胃袋の中で窒息してしまったんだ。


 助けられなかった……。

 

 自分の無力さと、この世界の不条理に対する怒りが入り混じる。


「なんやぁ。死んじまいよったんかぁ。折角、助けてもろたのにアホやなぁ。これやからガキは好きになれへんのや」


 彼女をこんな姿にした張本人だ。

 よくも抜け抜けと。


「それにしても兄ちゃん凄かったなぁ。まさか、竜を倒すとは思わんかったでぇ。中々やるやんけ。生き残ったんは兄ちゃんとわいの2人だけやわ。まぁ、わいの機転のおかげやな。あんじょう仲良うしよやないか」 


 俺はこいつの頬を思いっきり殴った。


「ほげぇらぁああッ!!」


「ふざけんな」


「な、な、なにするんじゃボケェエエ!! ガキの癖に舐めとったら承知せんぞ!!」


「どう承知しないんだ?」


 そう言って刀を構える。

 こんな奴、斬ってもなんの得にもならないがな。少しはナナの気も晴れるかもしれない。


「ひぃいいい!! 暴力反対やぁあ!!」


 おっさんは逃げた。


 ちっ。


「次はマジで斬るからな」

 

 2度と俺の前に面を見せるなよ。


 その時である。


「ぎゃぁあああああッ!!」


 それはおっさんの声だった。

 大きな鎧騎士が、おっさんの顔を片手で掴み上げていたのだ。


「た、た、助けてぐれぇえええええ!!」


 鎧騎士の身長は3メートルはあるだろうか。

 その顔は竜だった。


『ツインザルは人間に負けたのか』


 竜の騎士は俺を見つめて小首を傾げる。


『僅かな 神技力ディオクンストを感じるな。おまえか? ツインザルを倒したのは?』


 ディオクンスト。ツインザル。

 わからない単語を連発されても困るがな。

 ただ、倒したってのは、


「双頭の竜のことか?」


『そうだ。双頭竜ツインザルを倒したのはおまえか?』


「そうだと言ったら?」


 俺は刀を構えた。


 空気でわかる。

 纏っているオーラとでもいうのだろうか?

 邪悪な力。

 それがさっきの竜より多く感じる。

 こいつは強い。

 明らかに双頭竜より格上だ。


「い、痛い痛い痛い痛い!! は、離さんかわれぇ! いてこますぞぉおおお!!」


『餌は黙れ』


 竜は口を開けた。

 それは大きく広がる。

 1メートル以上は開いているだろうか。

 おっさんは青ざめた。


「ひ、ひ、ひぃええええ……!!」



バグン……!!



 く、喰われた……。


 一瞬にして、おっさんの上半身は無くなった。


 竜は咀嚼しながら不機嫌そうだった。


『異世界人は我々の餌だ。黙って食われていればいいのさ』


 そんなこと、合意できるかよ。

 

 その気持ち表すかのように俺は前足を踏み込んだ。


 コイツを放っておけば、またナナのような犠牲者が出る。

 ここで狩ってやる。おまえの首を斬り落とす。


 全身に力が宿った。

 不思議な力。

 これは、竜が言っていた 神技力ディオクンストなのかもしれない。


 イメージはできるんだ。

 双頭竜を斬った時と同じ。

 いや、それ以上か。


 刀で斬るコツを掴んだ。


 竜は大きな槍を持っていた。

 それを、俺に向かって突きつける。


ブォオオンッ!


 モロに喰らえば顔の中心に穴が空いて即死だろう。

 しかし、半身をわずかにズラしたのは俺の方が早かった。


 見えるぞ。


 槍の切先は、凄まじい突風と共に俺の頬を掠めた。


 大丈夫。しっかりと軌道がわかる。

 攻撃が避けれるなら余裕だ。


「うぉおおおおおッ!」


 おまえの首を斬る!

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