第2話 異世界もクソ

 俺は異世界に来ていた。

 そこは大きな国の城の中だった。

  

 驚くべきは、異世界に来ていたのが俺だけじゃないってこと。

 30人くらいはいるだろうか?

 大人から子供まで、老若男女様々だ。


 中年のおっさんは俺の言葉に目を見張る。


「れ、令和やて? 聞いたこともない年号やんか。平成ちゃうんかい?」


 召喚させらた人々は年代も国も様々だった。刀を腰に刺している人がいる。髪型は丁髷。あの人は江戸時代かもしれないな。

 小さな女の子は不安そうにソワソワとしていた。小学生低学年くらいだろうか。今にも泣き出しそうな顔だ。


「大丈夫か? 家族はいないのか?」


「うん。ナナね。トラックに轢かれたと思ったの。そしたらここに来てたの」


 転移の方法は様々らしいな。


「私。ナナって言うの」


「俺は 流威るいだ」


「ねぇ、 流威るいお兄ちゃん。ナナと手を繋いでいてくれる?」


 手を繋ぐ……。

 ああ、なんだか懐かしいな。

 

 俺の両親は幼い頃に病気で死んでしまった。

 俺が幼稚園に上がる前のことだ。

 わずかに残るのは、両親と手を繋いだ記憶だけ。


「ああ。いいぞ」


「ありがとう」


 小さな手だな。

 汗ばんでいて、震えている。


 怖いのかもしれないな。

 少し強く握ってあげようか。


 彼女は俺の方に体を寄せた。


「大丈夫だって。俺がついてる」


「う、うん……」


 俺たちは客室に通された。

 そこで豪華な食事をもらう。


 美味しい食事にナナの機嫌はよくなった。


「お兄ちゃん。料理美味しいね」


「ああ、結構いけるな」


「えへへ」


 うん。待遇が良いならこの世界は楽しそうだ。

 ナナと一緒に異世界スローライフとかさ。

 悪くないよな。


 食事が終わると国王との謁見が始まる。


「よくぞ参られた。そなたらは異界の力を宿しておる。その力が我が王都ザバンブルグを厄災から守ってくれる」


 力……。勇者のような扱いだろうか?

  舞乃まいのが言ってたよな。

 異世界人はすごい能力を持ってるって。


 俺たちは白い服を着せられた。

 祭事服らしい。


「わは。お兄ちゃん、似合ってるよ」


「ナナも可愛いぞ」


「えへへ」


 大臣と名乗った男が俺たちを導く。


「これから祭場へと向かう。そなたらはそこで力を発揮することになるのだ」


 へぇ。

 

「これから異世界無双が始まるんやな。へへへ。わい、こんな日を夢見とったんやわ。おいボウズ」


 と、俺の頭を鷲掴みする。


「困ったことがあったらわいが助けたるさかいな。なんでも相談するんやで」


 やれやれだ。


「だったら、この手を離してくれ」


「なんや! 可愛げないガキやな! 大人を怒らしたら痛い目みるんやで」


 ナナには大人の力が必要かもしれないな。


「本当に助けてくれるのか?」


「当たり前やないかい! わいは正義の心を持った漢なんやで! さんずいの付く漢の方や!」


「じゃあ、なんかあったら、このナナを助けてくれよな」


 おっさんは俺の背中をバシンと叩く。


「ゲホォ!」


「ガハハ! それでええんや。子供は大人に頼るもんなんやで。大船に乗った気でおりぃ! わいが助けたるさかいな。ガハハハ!」


 俺たちは祭場に着いた。

 そこは不思議な場所で、正面にはブラックホールのような黒い渦が回っていた。


 こんな所で何をするんだ?

 まさか……。


「あーー! わかったでぇ! 能力を授ける儀式をやるんやろ! そういうのんアニメで観たことあるわ!」


 ふむ。

 おっさんと予想が被ったな。

 この展開ならそうだろう。


 みんなも薄々気がついてるようだ。

 心なしかワクワクしているように感じる。

 そりゃそうか。豪華な料理の後だもんな。

 次の展開を期待してしまうのは当たり前か。


 しかし、大臣はニヤリと笑う。


「授ける。とは少し違いますな。あなた方は既に素晴らしい力をお待ちだ」


 それじゃあ、もう特殊な力が使えるのかな? 魔法とかスキル。


「ステータスオープン! ……おい、なんも出てこんやないか! ファイヤーボールも撃たれへんでぇ! どういうこっちゃっ!?」


「いえいえ。あなた方のお力はそのお身体に宿されているのです」


 身体に宿る?


「せやから、どうやったら力を使えるんや!?」


 おっさんが大臣に詰め寄った。その時である。


ガブゥウウッ!!


 背後から音が響く。

 なにかが被りついた音。

 振り向くと、黒い渦から大きな竜が顔を出し、女の人を食べていた。


 場は騒然とする。


「ぎゃぁああああッ!!」

「ひぃいい!!」

「竜がぁああ! 人を食ったぁああ!!」


 あの流血は本物だ。


流威るいお兄ちゃん!!」


 ナナは俺にしがみついた。

 俺はそれに応えるように彼女の肩を抱きしめる。


 みんなは逃げ惑う。


 渦から現れたのは2つ首の竜が1匹。体高は象より大きい。

 2本足で動いて人を襲う。まるで恐竜映画のティラノサウルスだ。


『ギャオオッ!!』


 凄まじい奇声。

 竜は次々と人を食べた。


「な、なんやこれはぁあ!? どういうつもりやぁあ!!」


「これが儀式なのです。邪竜様に異世界人を捧げる儀式。邪竜様は異世界人が大好物なのです」


 なにぃいいい!?

 じゃあ、俺たちは、


「わてらは生贄いけにえで召喚されたんか!?」


「フハハ! そのとおり。邪竜様に贄を捧げれば王都に攻めて来ない。王都の平和は異世界人の生贄によって維持できるのだ!!」


 なんて理屈だ。

 異世界もクソかよ。いや、確実にこっちの方が酷いか。


 みんなは次々に襲われていた。


 とにかく逃げないと喰われる。


「ナナ。走るんだ」


「うん」


 しかし、後ろには巨大な竜が迫る。


 このままじゃ喰われる


 刹那。俺の腕が引っ張られた。


 なんだ!?


流威るいお兄ちゃん!」


 振り向くと、あのおっさんがナナを抱きしめていた。


「逃げるんは、わいやで!!」


 おっさんはそのままナナを放り投げた。


 嘘だろ!?


「おっさん!」


「ほら! 早よ逃げや! ガキを食うてる間がチャンスやでぇ!!」


 ナナは俺を見つめていた。


「お兄ちゃん……」


バグン!


 竜は彼女を一口で食べてしまった。


「ナナーーーー!!」


 信じられない。


「ギャハハ! ガキはこうやって利用するんが一番なんや!」


 このぉ。


「クソがぁああああ!!」


 あの野郎。許せない。


「ぬぐぅ!!」


 でも落ち着け。

 あいつのことより竜の対応だ。

 まだなにかナナを助ける手立てはないか?

 もしかして、今、腹を割いたらナナは助かるんじゃないか?


 俺は落ちている日本刀を見つけた。


「これは……」


 あの侍が持っていた物だ。


 刀には血がべっとりと付着している。

 おそらく、あの侍は食べられたのだろう。


 竜は俺を食べようと口を開いた。


『アガァア〜〜!!』


 こんなのを振ったところで、あの竜を倒せるとも思えない。でも、何もかもがクソ過ぎてさ。

 刀でも振らないとやってられないぜ。


「うらぁあああッ!!」


 俺は全力で振った。

 刀を振るなんて、生まれて初めてのことだが、とにかく全身全霊をかけて、


 斬った。


ザクン……!!


 それは凄まじい閃光だった。

 刀身がまぶしく光る。

 この刀の力なのか、それはわからない。 

 しかし、まるで羊羹ようかんでも切っているようにスムーズで心地よい。


 竜の顔がボトンと地面に落ちた。


「斬れた!」



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