第4話

 入学式は滞りなく終わり、引き続いて開かれた入学生同士の懇親会。

 王族であるリゲル様に挨拶をしながらあわよくば覚えてもらい、取り入ろうとする人達が群がるのは判っていたけれど、アリア様も中々だった。

 公爵家や伯爵家のご令嬢やご子息を中心に入れ代わり立ち代わり。現在王国で幅をきかせているアークトゥルス公爵家のご子息であるハダル様やフォーマルハウト伯爵家のミルファク様……あ、留学で来ている隣国のサルガス皇太子まで来た。

 アリア様も含め、皆顔面偏差値が高いものだからあそこだけキラキラした空気になっている気がする。

 別世界だなあ……と思いながら、僕はノンアルコールのシャンパンに口をつけた。


 学院の懇親会とは言っても流石は上流階級の子息子女が集まる王立学院。振る舞われている飲み物もお菓子も素晴らしい。気持ち控え目にお菓子を小皿に盛り、僕は壁際に移動する。

 リゲル様に懇意にしてもらっているとはいえ、流石に格下である男爵家の僕に声をかけようなんて物好きはいない。

 こちらとしては願ったり叶ったり、思う存分人間観察が出来るというものだ。

 リゲル様ご自身も会話をしながら敵味方の選別を行なっているけれど、第三者の立ち位置で客観的に人間性を見るのがこの場での僕の役目。

 ……例えば、自身より権威のある相手にはひたすら下手に出るけど、格下の相手—僕みたいなやつを相手にした時に高圧的だったり傲慢な態度をとるような人間は、後々国の権威が弱まるなど何かあった時に不安要素になる。

 そういった危険因子になりそうな人物を今のうちにあぶりだして対処できるようにしておくのもカノープス家に課せられた役割でもあった。

 まぁ正直これは後付の役割だけれど、魔王の事とか何もない平時は中々に重要な役目である。


 そうやって人間観察をしていた矢先。


 ──パンッ!


 何かを叩くような音がして、次にザワっと周囲が騒がしくなる。何事かと思って騒ぎの中心を見れば、厳しい表情のアリア様と左頬を赤くしたサルガス皇太子の姿があった。

 ……状況から察するに、どうやらアリア様がサルガス皇太子を引っ叩いたらしい。

「他国の皇太子に手を上げるとは、この国の聖女は随分と強気だな」

 見下すような笑みを浮かべているサルガス皇太子に対し、アリア様は厳しい表情を崩さずに真っ直ぐ彼を睨みつけていた。

「先に無礼を働いたのはそちらでは? 国王の婚約者に軽々しく触れようなど、失礼にも程がありましょう。それともシャウラ国では婚約者がいる女性に対して他の男性が触れても問題ないのですか?」

 口調は静かだが大分お怒りのようだ。……まぁ、無理もないか。

 そもそも婚約者のいる女性に触れる男は有り得ないし、ましてや国王の婚約者にそれを行なうとはとんでもない事をするな、サルガス皇太子。


 侮蔑を含んだ目でアリア様が見ているのにも関わらず、サルガス皇太子は意にも介さない様子でハッと笑った。

「アリア嬢、婚約者はあくまで婚約者では? 少し触れたくらいでそう目くじらを立てるものではないと思うが」

 その言葉を聞き、アリア様の表情が更に厳しくなった。

「……腰に手を当てて引き寄せようとしたのが『少し触れたくらい』だと? シャウラ国は随分と考え方がおおらかでらっしゃる」

 そんな事したのか。そりゃ流石に怒るだろう……。

 とはいえ、相手は皇太子様。アリア様の嫌味を含んだ物言いに眉間に皺を寄せて彼女を見ている。

 二人の間を緊張の糸がピンと張り詰めた。


「……これは何の騒ぎだ」


 それを壊したのはリゲル様だった。

 流石の皇太子も同等の立場であるリゲル様には強く出れないらしい。一瞬で表情を変え、口角を上げてリゲル様に向き直る。

「あぁ、騒がしくしてすまない。そちらの聖女様があまりに美しかったので少し舞い上がってしまってな。……アリア嬢、失礼をした。今後は気をつけるとしよう」

 そう言って恭しく一礼をした後、サルガス皇太子は身を翻してその場から立ち去る。


「……皆様、お騒がせしました。失礼致します」

 サルガス皇太子の近くにいた、眼鏡の青年が深く頭を下げる。

 ……サルガス皇太子の従者の方かな。

 長めの黒髪を後ろで結び、いかにも「お付きの者」といった風貌だが、ほとんど隙がない。細身の見た目とは裏腹にかなり武芸に長けていそうな青年だ。……頭も切れそうだし、こちらも注意しないといけないかもしれない。


 皇太子の後を追って歩いていく背中を見ながらそんな事を考えていたが、パンパンと手を叩く音に意識を引き戻される。手を叩いたのはリゲル様だった。

「少し興を削がれたが、今は懇親の時間だ。気を取り直そう。……ほら、このマカロンとか美味いぞ。シェフが折角用意してくれてるんだ。食べないと勿体無い」

 そう言って近くにいたご令嬢にマカロンを手渡しするリゲル様。……あ、ご令嬢嬉しそう。

 こういう事をするから誤解を生むのになぁ……ま、今回は場を戻すためだから口を出す事はしないが、後で進言しておこう。

 リゲル様が周囲にいる生徒に声かけをしているおかげで場の空気が再び和やかになってきた。

 ここは何とかなりそうだ。後は……。


 僕は周りを見回す。……探していた人物……アリア様はそっと部屋を出ようとしているところだった。

 リゲル様もそれには気づいていたらしい。僕に視線だけ向けて『追いかけろ』と合図を送ってきた。はい、仰せのままに。

 軽く会釈を返してから僕はアリア様を追いかけて部屋を出た。

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