第7話 妹子と弟子の対面と自己紹介


 中に入り荷物を部屋の片隅に置いてふかふかの椅子に腰を下ろす。

 内装一つといい、用意されている家具からもお金をかけているな、とすぐに思う。

 元々平凡な暮らしをしていた俺からすればどこか慣れないのだが、唯は特段なにも感じていないように見える。

 これも生まれ育った環境の違いなのかもしれないと思っていると、唯が俺の隣に座ってきた。


「早速情報収集と言いたいけど、刹那が野田家に接触するにはまず二つのことをしなければならないわ。ってことでその話をするか、まずは世間話をするか、どっちがいい?」


 少し落ち着かない様子の俺に気を使ってくれたのか?


 せっかくなので少しだけ気になった事を聞いてみる事にする。


「さっき渡り廊下では普通に挨拶しているように見えましたがその程度なら問題ないのですか?」


 唯は小さなため息をついて。


「そうよ。若い男の子程その兆候が酷くなるわ。だけど子供は大丈夫。ちょうど三つ下ぐらいが一番キツイって感じかしらね。まぁ、取り繕うと思えば度合いにもよるけど少しの時間なら取り繕ろえるから挨拶や軽い戦闘程度なら多分問題ないわ」


「なるほど」


 ロビーでは年配の女性が相手だったし、さっきすれ違った人たちも見た目から皆年上だった。


「それもあって今回私は上手く力になれないと思うの。相手が相手だからね」


 俺は頷くしかなかった。

 なんとなく、唯の状態はわかった。

 と、なると情報収集は俺一人でしなければならないかもしれない。

 そんな事を思いながら聞いていると、俺の些細な変化を見逃さずに、ニコッと微笑んで「手は打ってあるわ」と呟いてきた。


「う~ん、もうすぐ来るはずなんだけど」


 唯の視線が扉の方に向けられる。

 それに誘われるようにして俺の視線もそちらに向けられた。


 すると、なんとも素晴らしいタイミングでノックが聞こえ「どうぞ」と唯が返事をすると女性が一人入室してきた。


「お久しぶりです。そちらの方は初めましてですね。私は当ホテルの副支配人の福井さよでございます。ここには福井が二人いますのでさよと気軽にお呼びください」


 ここの副支配人を名乗るさよは長い髪を後ろで纏めてスーツを着こなしていた。

 仕事ができる女性というのが俺の第一印象だった。

 女性にしては少し背が高くて俺とほとんど変わらないぐらいだろうか。

 それに全体的にスラっとしている。


「久しぶりね。受付で伝えたと思うんだけど私の代わりに隣にいる刹那の力になって欲しいの」


「かしこまりました」


 さよは何を聞くわけでもなく、頭を下げて了承した。

 まるでこちらの考えを全て知っているかのようになんの躊躇いもなく返事をした。


 頭を上げたタイミングで唯の真剣な眼差しがさよを貫く。


「野田家の跡取り息子二人を殺すわ」


「なるほど。あの噂にはやはり裏がありましたか」


「えぇ、大有りよ」


 珍しく唯が怒りを表に出す姿を見た。

 本当は誰よりも下種野郎共を殺したいのは俺なんかじゃなくて目の前にいる唯なのかもしれない。


「また野田家に捏造された情報でしたか。でもそれは難しいお話かと思います。野田家の跡取り二人は本家にいると聞いております。その二人をどうやって誘き出すのですか?」


「策ならあるわ。そこで聞きたいのだけれど野田家と敵対することはできるのかしら? 私たちに力を貸してもし失敗すればどうなるかぐらいわかっているわよね?」


「ですね。ここに呼ばれた時から嫌な予感はありました。一度支配人とオーナーに確認してもよろしいですか?」


「どうぞ」


 一旦部屋を出て行くさよ。

 どうやら魔法師の名家を敵に回すのは躊躇うらしい。

 ここのホテルもかなりの権力を持っている。それでも躊躇うということから俺はとんでもない奴らを相手にしようとしているのかもしれない。


「さよは私の親友で刹那と会う前の弟子(妹子)の一人よ」


「どうりで唯さんの話を簡単に信じてくれたわけです」


「まぁね。彼女はBランク魔法師。それでも上手くいけば心強い味方になってくれると思うわ」


「それにここならさよさんがいるから信用できるというわけですか?」


「そうよ」


 確かに副支配人と知り合いとなれば、向こうも無下にはできないだろう。

 こう言ったやり取りはテレビの中でしか見た事がない俺が余計な口を挟むのはお門違いだろう。交渉に長けたスキルもなければ、経験もない人間が、その場の感情で割って入った所で二人に迷惑をかけるのは目に見えている。

 目的が同じなら、手慣れた唯に段取りは任せて、その間に俺は見て盗むことに徹した方が今後を考えるのであればプラスになるはずだ。


「お待たせしました。支配人を通してオーナーにも了承を得ました。どうやらこちらも経営陣の方では迷惑させられているみたいで詳しくはお伝えできませんが、利害が一致するなら問題はないとの判断を頂きました。ただし、足手纏いになるようなら切り離せとも言われておりましたが、それで問題ありませんか?」


 利害関係の一致と聞いたことでビジネスは友情ごっこでは成立しないのだなと、前いた世界の常識は世界が変わっても大きく変わらないことを知った。当然と言えば当然だろう。最終的な目的が同じならそこに至るまでのプロセスが多少変わった所でゴールは同じなのだから。


「構わないわ。むしろ私の可愛い刹那の足手纏いにならないように気を付けることね」


 すると、さよに鼻で笑われた。

 Bランク魔法師がEランク魔法師の足を引っ張る。

 確かに考えにくいし、向こうからしたら可笑しいだろう。

 と、思ったがどうやら笑った理由が違うらしく。


「愛されているのですね」


「そんなんじゃないわよ!」


 なんていう会話が聞こえてきた。

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