第18話 国王夫妻の寝室 3

「あっ、逃げられるっ!」


 トレーシーは、すかさず右手にはめた腕輪をメイドに向けた。


「捕獲っ!」


 叫びと同時に腕輪から青白く発光する光の網が飛び出る。


「あぁっ!」


 網に捉えられた色黒なメイドは悲鳴をあげて倒れた。


「うわっ!」


 魔法の網は、メイドを捕えようとしていたエセルも一緒に巻き込んだ。


「おおっ、トレーシー君ッ! ソレは何だねっ!?」


「ふふっ。最新の魔道具制作の機器で試しに作ってみたのですよ、アルバス先輩」


「そうなんだね。その腕輪は幅も細いし、軽そうだ」


「ええ。あの魔道具制作の機器だと小さな魔法陣も楽々と描けちゃうので、細い腕輪も量産型魔道具に出来ちゃいます。兵士さんたちから魔道具軽量化の要望が来ていましたし」


「うんうん。コレなら他にも色々な武器を簡単に小型化して、量産型魔道具が作れそうだね」


「そうでしょう? 色々なモノが軽量化できそうです」


「あのぉ……もしもし? そろそろ網を解除して貰えるかな? トレーシー嬢」


 エセルは動きにくい網の中を移動して、メイドをガッチリと自分の腕の中に確保していた。


「あっ、すみません」


 トレーシーは初めて気付いたように、慌てて網を解除した。


「ありがとう」


「申し訳ございません。エセルさまごと網に巻き込んでしまって」


「いやいや。コイツを捕まえられたから気にしないで。それよりもトレーシー嬢、お手柄だね」


「ありがとうございます」


「その腕輪、便利そうだ。後で詳しい話、聞かせてくれる?」


「はい」


 エセルはメイドを近くにいた近衛兵に引き渡しながら言う。


「それにしても、人形の事とか。よく気が付いたね」


「んっ。それは私も思ったよ」


「フフッ。あのような仕掛けは、実際にやられた経験がありますので」


「は?」


「えっ?どういう事だい? トレーシー嬢」


「私の実家は家族関係が少々複雑でして。子供の頃は、義妹に色々とやられていたのです」


「はっ?」


「えっ? それって、どんな……」


「それはですね、エセルさま。可愛いモノや、おめでたいモノを、ちょっとした薬と組み合わせる感じです。下痢止めや便秘の薬、生理を早めたり遅くする薬。眠りを促す薬もあれば目を覚まさせるモノもありますからね。例えば、試験の時に『頑張ってね』の応援メッセージの下に安眠の魔法陣を仕込んだモノをお守りとして渡す、とか。世の中、ちょっとだけ組み合わせを工夫するだけで大迷惑なモノってありますから」


「うっ。ソレは……」


「なかなかハードな人生を歩んでいそうだね、トレーシー君」


「まぁ、そうですね……でも、経験が役に立ちましたから」


「前向きだな、トレーシー嬢は」


「うん。前向きだ」


「私、経験は無駄にしないタイプなので」


 エセルとアルバスは一瞬、トレーシーを凝視してから激しく頷いた。


「それにしても、あのメイドは何なのでしょうね?」


 衛兵に挟まれて連れて行かれるメイドの後ろ姿を眺めながらトレーシーは呟く。


 エセルは眉をひそめ、答える。


「うーん。国王夫妻は人気も高いが、同じ理由で嫌われてもいるからなぁ……」


「と、言いますと?」


「あぁ、肌色の問題ですか? エセルさま」


「うん、そうだよ。アルバス」


「肌色……人種的なモノですか? エセルさま」


「ああ。我が国は様々な人種の住む国でもある。混血も進んでいるから肌色も、髪や瞳の色も、バラバラだ」


「はい。それは幸いなことですよね?」


「今となっては、だがな。昔は肌の色による差別はあった。現在では、そのような事はないが……それでも、危機感を持っている者たちは居る」


「あぁ……両陛下が白人系の強い方々だから……」


「そうだよ、アルバス。迫害していた側は忘れがちだが、迫害されていた側は忘れない。両陛下の肌が白過ぎるせいで、また有色人種の迫害が始まるのでは? と、危機感を持っている者たちが居るのだ」


「難しい問題ですね」


「ああ。まったく」


「両陛下だって、自らが望んで色白になられたわけでもありませんのに……」


「ホントにそうだよね、トレーシー嬢。お二人は相性が良いだけで……偶然、肌の色が白かっただけだ。意識的に白人優位の世にしたいわけではない」


「貴族の中には、未だに白い肌を好む者も多いですから。疑心暗鬼になるのも仕方ないかもしれません」


「そうなのですか? アルバス先輩。でも今どき……肌の色なんて関係ないのに……」


「ああ、私もそう思うよ。とはいえ、事前にアレコレ情報は入って来るから警戒だけは怠らないようにしていたのだが……それが、こんな身近に入り込まれていたとは。人間でも物品でも、両陛下の周辺には気を配っていたのにな」


「しょうがないですよ。警戒するにしても限界がありますから」


「ええ、そうですわ。それに、肌の色で使用人を選んだりしたら逆効果になります。完璧なんて無理ですもの」


「そうだね、トレーシー君」


「今でこそ肌の色など関係なく生きられるが……昔は色々とあったと聞いている。丁度良い加減でバランスを取りたいものだが、実際にどうしていくか、と、なると……難しいね」


「まぁ、そうでしょうねぇ」


「人間関係を良好に保つのって難しいですものね」


「ん? ちょっと違うような気もするが、要するにそういう事か? その辺は政治に長けた者たちに任せるとして、こちらはセキュリティを強化するしかないな」


 エセルは人形を手に取って弄びながら言う。


「子供たちからのプレゼントにコレを紛れ込ませて……か。物品についても危険でないことを確認して持ち込んでいるハズなんだが」


「万が一、気付かれてもサプライズ魔法に気を取られますもの。まず気付きませんわ。子供たちの用意した楽しいサプライズ、と、思ってしまえば警戒などしません。結果的に、専門部署に回さないでそのまま、と、いう場合も多いのではないかしら? そうなってしまったら、止めようがありません。内部に持ち込まれてしまいます」


「今は割と平和な世の中だし……『子供たちからのプレゼント』と、いう思い込みがあると。サプライズ魔法くらいで疑うって、難しいですよ」


「確かに。衛兵である私が気付いても、イチイチ報告を上げないレベルだな」


「メイドが直接、人形を持ち込もうとしたら警備で引っ掛かったと思いますが。物と人が別々に入り込んでくる場合のセキュリティって難しいですよね。それに、このような類のモノって起動の仕掛けが絶妙で。一応、魔石を使ってはいますが。この第二の仕掛け、魔力量の多い人物が側に来た時だけ動くようになっているのですよ」


「あぁ……両陛下は魔力量が多いから……」


「メイドが第一の仕掛けを解いてベッド下に仕込んでおけば、次の仕掛けは自動で動いてくれますし……」


「万が一、気付かれても『ちょっと珍しい避妊具』と思われる程度ですよ。それに、なんといっても相手は国王陛下と王妃殿下ですからねぇ。イチイチ確認なんて取れません」


「そうだな……。ん? でも、避妊魔法陣もセキュリティシステムで無効化するようにしておけば、問題は無かったのではないか?」


「いえ、そうとも言い切れませんわ。エセルさま」


「それはどういう……」


「こういう事です」


 トレーシーはエセルから人形を受け取ると、中に仕込まれていた魔石を外して仕掛けを無効化した。


 そして、更に奥を探る。


「大体の場合、トラップ式の魔道具には幾重にも仕掛けがしてあるものですわ」


 彼女の指さす先には、別の魔法陣が描かれていた。


「やっぱり次の仕掛けが用意されていましたね」


 横から覗き込んだアルバスは絶句する。


「これは……」


「どうしたアルバス?」


「詳しく調べてみないと正確な所はわかりませんが。こちらの魔法陣が起動していたら、両陛下のお命に関わったかと……」


「っ!」


「だから、セキュリティで無効化しても逆効果、という場合もあるのです」


「そう……なんだな? トレーシー嬢。勉強になったよ」


「これは……防衛魔法というか、防犯魔法というか。名前は何でも構いませんが、今後の警備については見直しが必要かもしれませんね」


「あと、物を少なくしてリスクを減らす事も考えた方が良いかもしれませんわ。子供からの物だったとしても、贈り物は警戒したほうが良いかと。不穏な動きがあるのなら、どこからどのようなモノが紛れ込むか分かりませんから。少し殺風景になるかもしれせんが、危険があるよりも良いのではないでしょうか?」


「そうか……」


「こちらとしても事前に危険なモノは判別できるような魔道具を考えてみますが。完璧に防ぐのは難しいものです」


「分かったよ、アルバス。今後の参考にさせて貰う。それとは別に、本来の依頼についてもよろしく頼む」


「はい、わかりました」


「トレーシー嬢も、頑張ってくれ。期待してるよ」


「ありがとうございます」


◇◇◇


 この後。


 人種差別を警戒して攻撃を仕掛けていたグループが摘発された。


 デリケートな問題である事と、実害の内容を鑑みて、その者たちの処分は監視を主とする軽微なモノに留まり。


 事件そのものは秘された。


 反感を持たれて事態が深刻化するのを避けた形での解決である。


 両陛下は早い段階で企みに気付いてくれた若き研究者たちへの感謝を示すために、トレーシーとアルバスの両名を夜会へと招くことにした。


「えっ! 迷惑なんですけど。ドレスとか持っていませんし。夜会とか、派手で騒がしいのは好みません」


「私もだよ、トレーシー君」


「あーもうっ! メンドクサイ人たちねっ! いいから行ってらっしゃいっ!」


「えー?」


「私は研究していた方が……」


「文句いわないのっ! ココは国の研究機関なのよっ! 断れるわけないでしょっ!」


「だって私、平民ですよ? ドレスアップなんて出来ませんよォ」


「それは家で手配するから。既に母上が手ぐすね引いて待ってるよ。それにキミは平民じゃないからな? トレーシー」


「えー、セイデスのお母さまが? あぁ、余計にメンドクサイ……」


「トレーシーちゃんっ」


「トレーシーっ!」


 トラント部長とセイデスに窘められて、『ご褒美って意外と大変だな』と、トレーシーは思った。


「他人事みたいな顔しないの、アルバス。アンタも行くのよ」


「えー」


「トレーシーちゃんも行くんだから、いつもの夜会よりはマシよ。二人とも楽しんでらっしゃい」


 こうして二人は、渋々ながらも夜会への出席する事となった。

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