第17話 国王夫妻の寝室 2

「アルバス先輩。この部屋の主要セキュリティシステムって止められますか?」


「何か考えがあるのだね、トレーシー君」


「はい」


「んー、そうだねぇ。止めると再起動が面倒だから、内部だけシステムから切り離してセキュリティの無効化してみようか?」


「ああ。防護壁を作ってセキュリティを切り離す感じですか?」


「んっ。ソレ」


「大丈夫そうですね」


「警備の方には事前に言ってあるから、そちらも問題ない」


「ありがとうございます、エセルさま。では、アルバス先輩。やって頂いてよろしいでしょうか」


「分かった。では、いくよ」


 トレーシーの言葉を受けて、アルバスは小さく詠唱しながら手の平に青く光る玉を作り出す。


 そして、手の平いっぱいの大きさになった光の玉を、近くの壁に思い切り叩きつける。


 青白い光は壁に沿って四方に走り、やがて消えた。


「……ん、コレで大丈夫だと思うよ」


「そうみたいですね」


 セキュリティシステムは、その存在すら探知されないように作られている。


 だから稼働しているかどうかについて、防犯用魔道具を確認せずに判断するのは難しい。


 セキュリティシステムが止まったかどうかについては、魔法に長けている者でも感じ取ることができるのはシーンとした静かな気配、その程度のものだ。


「静かになりましたし。アルバス先輩もオッケーだという事ですから、これで大丈夫という事で」


「一体、なにをする気なのだ? トレーシー嬢」


「ちょっと見ててくださいね、エセルさま」


 トレーシーは胸元から、ローブの下に隠れていたネックレスを引っ張りだした。


 右手に掴んだソレを掲げ、詠唱を始める。


「いたずら、悪さ、悪ふざけ。祝福、お祝い、サプライズ。無邪気な内緒のはかりごと。国王ラウールと王妃イリアに向けられた魔法たちを、今ここに解放する」 


 トレーシーの手元が明るい光を放ち始め。


 やがてそれは小さな玉となって飛び散った。


 光の尾を引いて飛び散った玉は、備え付けの家具たちは避けて不細工な贈り物たちの中へと飛び込んでいく。


「今の詠唱、必要なかったでしょ? トレーシー君」


「あっ。分かっちゃいました? さすがアルバス先輩。無詠唱でもイケますけど、詠唱した方が何をしているのか、分かりやすいと思いまして」


「んっ! 気遣いの人だね、トレーシー君」


 贈り物の中に入っていった光は一際明るく輝くと花火のように弾けて、それぞれの秘密を解放していった。


「あっ、ナニ!?」

「かわいいっ!」

「えっ? やだっ! 似てるっ!」


 爆音と共に広がる光の洪水に、同じ部屋で作業していた使用人たちも感想を叫びながらどよめく。


「これは?……」


「贈り物に仕込まれていたサプライズですよ、エセルさま」


「んっ。国王も王妃も人気者だからね」


 主に秘密を持っていたのは人形たちだ。


 それぞれから空に向けてメッセージや絵、動画などが浮かび上がっている。


 魔法で仕込まれたサプライズは、光を使ったものが多い。


 それらは、お祝いや感謝の言葉であったり、両陛下の似顔絵であったり、子供たちの音声であったりしたが、内容は総じて平和的なものだった。


「魔法が仕込まれていたのか……ご結婚おめでとうございます、か……あぁ、これは……ご成婚時のものだな」


「ご結婚を祝うものもあれば、お誕生日を祝うメッセージもありますね」


「日頃の感謝を込めた者もあるし……似顔絵もあるよ」


「現在の両陛下は人気者だからな」


「ええ。お二人とも金髪碧眼で色が白いタイプですしね」


「両陛下の肌が白いのは、かなり久しぶりだね?」


「そうです、アルバス先輩。ここ三代くらいは違ったかと」


「ああ、そうだな。今の国王陛下は先祖返りか? と、言われるほど肌が白いし。王妃である国王イリアさまも色白だ。前代までは、両陛下のどちらかが浅黒い肌をしていたり、黄味を帯びた肌だったり……そもそも、髪や瞳の色も、様々だったように記憶している」


「そうですよね、エセルさま。今の両陛下は、久しぶりの金髪碧眼白人カップルですわ」


「人気の高さが贈り物にも表れてしまったか。コレに気付かなかったことを両陛下は悔しがるに違いない」


 エセルはクスクス笑った。


「かもしれませんね。では、アルバス先輩。キュリティシステムを元に戻して貰えますか?」


「ああ、戻すよ」


 アルバスがモゴモゴと何か唱えると、一瞬だけ青白い光が室内を覆うように輝いて消えた。


 それと同時に、隠されていたサプライズたちは消えていく。


 だが、代わりに小さく浮かび上がって来るモノがあった。


「これは……一体?」


 エセルは呆然として小さく浮かび上がるピンク色に発光する魔法陣を見つめた。


 サプライズ魔法が消えた贈り物の、全てにあったわけではない。


 だが小さな魔法陣も、かなりの数が浮かび上がっていた。


「魔法陣は一般的に使われていますので、サプライズ魔法のように害のないモノまでイチイチ報告を上げていたのでは警備は対応が間に合いません。そのため、危険性の低い魔法や魔法陣に対しては、セキュリティシステムで無効化の処理がされるだけなのです」


「あぁ……そうなのか」


「まれに危険性の低いモノの下に危険性の高い魔法陣が仕込まれていることもありますが……この部屋に使われているセキュリティシステムは強力ですから、そのようモノも無効化されます。もちろん、危険性が高いモノの場合には報告が上がるように出来ていますけどね」


「そうなのか? では、この無数に浮かび上がっているモノはなんだ?」


 アルバスは浮かび上がった紋様のひとつをじっくりと観察してから答えた。


「これは……避妊魔法陣のようですね」


「えっ? 避妊魔法陣?」


「やっぱり」


 おどろくエセルの横で、トレーシーは納得したような表情で頷いた。


「寝室のようにプライベートな場所で、厳しいセキュリティシステムを潜り抜けるモノといったら、限られますからね」


「だが、避妊魔法陣なんて……」


「国王夫妻が妊娠を望まれていることは承知していても、そのタイミングまでは……。あの方々には公務がありますからね。安全に安心して妊娠期間を迎えられるタイミングを、と、考えるなら。避妊魔法陣は通常でも使用する可能性があります。それにプライベートなモノなので、厳しいセキュリティシステムといえども、あえて感知しない場合が殆どです」


「避妊魔法陣なら妊娠しないだけで命も健康も脅かすことはないから。発見されにくい」


「そうです、アルバス先輩」


「ああ……だから妊娠することなく……」


「そのようですね、エセルさま。これだけの数の人形があるのなら、仕込むのに困ることはなかったでしょう」


「仕込む?」


「そうです、エセルさま。二重に魔法を使い分けて持ち込んでも……避妊魔法陣の有効範囲はとても狭いのです。ベッドサイドに飾っているくらいでは効果がありません」


「ならば、どうやって?」


 トレーシーは天蓋付きの大きなベッドの下を覗き込んだ。


「あっ、やっぱりありました」


 上半身を伸ばしてベッドの下に潜り込んだトレーシーが片手を引き出し掲げると、そこには不細工な人形があった。


 その腹からは薄っすらと光る小さな魔法陣が浮かび上がっている。


「なぜそんな所に……」


 エセルが呟くのと同時に、小柄で色黒な肌をしたメイドが駆けだした。

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