鳴り笛

「これ、なに?」


 イグル様が露店で立ち止まる。

 長い指をピンと伸ばした先には……穴が空いた木の筒? 紐が付いてるけど……。


「おお、お嬢さ……ん?」


 勢いつけて立ち上がったお店の人は、イグル様を見て一瞬固まった。


「……ッンン!」


 そして大きな咳払い。

 改めてにっこりとこっちを向いて、その木の筒を手に取った。


「お目が高い! こいつはポル・ヴァシレァで最近人気の『鳴り笛』さ!」


 おお、ここは外の物を扱うお店か。


「なり笛」

「へえ、笛なんですね」

「……どう鳴らすと思うかね? お嬢さん」


 横からしげしげ眺めてたら、そんな事を言われた。


「え、」


 私?


「分かるの?」


 イグル様とキャロル、そして店のおじさんの顔がこっちを向く。


「え? いえ……ん?」


 吹くんじゃなくて、鳴らすって言ったな。

 名前も『鳴り笛』。


「ん、あ。……ぁー」


 見当がついてしまった。

 けどお店の人は、私達が頭をひねる事を期待してるんだろうな。


「んー……分かりません!」


 人目を引くイグル様をここに留めて、この商品で驚かせてもっと人目が引ければ、みたいな。


「……そう?」


 イグル様が首を傾げる。

 私は、イグル様が楽しめれば良し!

 今のところ、変なものを売りつけられてもない。


「逆に分かります?」


 ならばおじさんの思惑にもちょっと乗ろうではないか! なんて。そんな思いで、イグル様に聞いてみる。


「ん……」

「どうぞ、持って頂いて構いませんよ」


 並べられた笛の一つを、紐からぶら下げるように持つイグル様。


「……」

「なあ、笛って空気が勢いよく……てか一定の速度で吹いて震わせて音を出すんだよな? どこから吹くんだ?」


 おじさんがキャロルの言葉に大きく頷く。


「よく知ってるね。……けどこれは──」


 種明かし、とばかりにおじさんがゆっくりと笛を掲げて、


「こう?」


 短く紐を持った手元で、小さな円を描くように笛を回すイグル様に、先を越された。


「あ」「な」「へ」


 フィイイイイィィ────……


 笛に結ばれた紐を短く持って、それを素早く回す。

 本当ならこれ、もっと大きく回さないととても音なんて出ないと思う。


「……なんだ、お客さん知ってたのかい?」


 おじさんは掲げてた腕を下ろして、少し肩をすくめた。


「知らない。なんとなく」

「こりゃたまげたな」


 笛を回すのを止めたイグル様。苦笑いのおじさん。


「その手が、あったか」


 それを、目をぱちくりさせて見上げるキャロル。


「良い音だね。これ頂戴」

「おお、そりゃどうも」


 イグル様は、そのまま鳴らした笛をお買い上げ。


「毎度あり。良かったらまた見つけてくれよ」


 お店の位置が変わったり、道が変わるなんてタクシャーラじゃ当たり前。


「ええ! ありがとうございました! またご縁がありますように!」


 だからこんな挨拶が定着した。


「今度はあっちの方、いい?」

「はい、少し奥ですね」


 また三人で歩き出す。


「ねぇ、ハナ」

「はい?」

「笛の鳴らし方、分かってたでしょ」


 はい?!


「え?! まじで?!」

「え、やっえっ」


 ばれっ……?!


「はい」

「は、い……はい?」


 差し出されたものを、泡食ったまま受け取ってしまった。

 え、これ。


「い、イグル様? これ、今買った笛……」


 ですよね……?


「うん」


 うんて。


「は、なん」


 おう、キャロルもびっくり。


「これ、ハナに合う音だと思ったから」


 なんとも満足そうに、ちょっと狼狽える私と小さくて短い筒を見つめてくる。


「えぇぇ……? あ、りがとうございます……??」

「は……あ?! イグルお前こっ?!」

「キャロルのはね」


 ふわふわの焦げ茶に、左手がポンと置かれる。


「まだ見つからないんだ。ごめん」


 長い前髪がさらりと落ちて、睫は哀しげな陰を作り。


「んぎっ……!」


 キャロルが変な声を上げた。

 ……陰のある美人って息を呑むよね。て事?


「イグル様、お手柔らかに」

「おて?」

「ちっげーし! 負けねえ!」



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