事情説明っぽいこと

「はい、ふざけてないで入った入った」


 そして二階の部屋、というか休憩に使うこの家の居間に入る。


「はい座る」

「ハイ」


 まるで流れ作業。

 椅子に腰掛け、ベティも座る。真ん中にはそれなりの大きさのテーブル。


「で?」


 笑顔のベティが、テーブルに肘をかけながら圧もかけてくる。


「何? 今のは?」

「えー……今の、と言いますと」


 なんとなく視線をそらす。


「あの、食堂で話してたひとの事でしょうか」

「うん、誰? なに? どういう関係? あんたが行方知れずになったのと関係してんの? 敵? 味方? 一発殴る?」


 ぐいぐい来る。やべえぐいぐい来る。


「敵違う殴らないで大丈夫だから! 話すから!」


 ちゃんと説明しないと怖い……出来るだけ上手く話そう。


「今私は、ウチの代表として聞いてるんで、分かるな?」

「うす」


 下手なこと言うと、こってり絞られるということ。


「まず、私がヴリコードからいなくなったのは人攫いにあったからな訳でね」


 ベティが少し目を丸くする。けどそれだけ。

 まあ、このへんは誰でも想像出来るしね。


「そこから逃げて迷って……あのひとに会って、道教えてくれたり助けてくれて……で」


 身振り手振り、ベンさん達の話ははしょっていいかな?


「ヴリコードに来たいって言うから、じゃ一緒に行きましょうってなことになりまして」


 パンッ、と両手を叩き合わせる。


「無事ヴリコードここに着きました! あのひとは観光目的! やましいことはありません!」


 さすがに、精霊様のことは話せない。

 そこは本筋ではない。はずだから、話さなくても問題ない、と思いたい。


「…………ふぅぅぅぉぉぉぉおん……?」


 一応納得した、しかし一応である。

 そんな感情を隠しもしないでベティは私を見る。だから怖いって……。


「じゃあなんで、私が『そういう人がいる』って言った時なんにも言わなかったワケ?」

「あー、それは……話が長くなるかなーって」


 どうせ帰ってきたことは後でみんなにお知らせするし。事情を話すのはそん時でも、なんて……


「そんなふうに考えてたもんだから」


 外から見れば、ただの観光客を連れてきただけだもん。


「ハナはぁ……だからぁ……」


 その時、チリンチリン、と壁の鈴が鳴った。


「があ! 今! か!」


 休憩終了の鈴を睨んでから、ベティは髪を縛り直し、軽く整えた。


「今の母さん達に話すからね! いいね!」

「うっす! 了解っす!」


 バタン!

 勢い良く閉まったドアの音と一緒に、私は一人残された。いや、休憩なんだけど。


「いやーあー」


 釘を、刺された。あーこの天井も久しぶりだなー。


「そんなー駄目かー……顔? やっぱり顔がああだから?」


 イグル様の、この世のものとは思えない美しさ。

 精霊様だと言えれば、多分みんな納得すると思うんだけど。多分。


「……ふぅ」


 しっかり休憩しろって言われたから、イスに座って一応、肩の力を抜く。


「…………」


 そんで、床下から漏れ聞こえる食堂の音に耳を澄ませる。

 イグル様、あの後何もなきゃいいけど。


「あ!」


 私がイグル様を連れて来ちゃったから! こんなに忙しいのかもって! 伝えるの忘れた!


「あ、まあ、ベティが言う、かな?」


 食堂したは相変わらず騒がしい。でもそのくらいしか分からない。


「変な音とか声とかしないから、大丈夫……?」


 チリンチリン


「あ、はーい! 行きまーす」


 休憩終わり! 階段を下りてまた厨房……っ?


「……何か、ありましたでしょうか……?」


 クレアさんが目の前で、腕を組んで、立っていて。


「ハナ、聞いたよ」

「ひぁいっ!」


 こ、怖い!


「あんた、それでいつ他の人らにそのことを言うつもりだったんだい?」

「え、えーと」


 このまま仕事して帰ると夜だし、ご飯にかぶる。


「んーと」


 その後はイグル様にちゃんとした宿を紹介して、次の日は観光案内するから……。


「明日の朝の、忙しい時間になっちゃうけど一言言って回る……とか」

「つまり考えてなかったんだね」

「……そう、です……」


 ううう、説明する事だけは頭にあったんです……。


「ウチに集まって貰うからね。そん時に話しな」

「へっ? そんな、前みたいに夜も雑務出来ますよ!?」


 お金欲しい!


「あんた……みんながどれだけ無事を祈ったか、分かってんのかい?」

「うっ」

「贖罪だと思いな。みんなが集まったら上がりだよ。上で、何から何まで全部吐きな」

「うあ、はい……」

「それと」


 まだ何か……?


「その、イグル様ってやつも連れて行きな」

「は」

「ここまで一緒だったんだろ? あの、どこぞの貴族みたいな人にも、きちんと話を聞かないとね」


 まじで。それは、どう話せばいいのか。


「はい! じゃ仕事だよ!」

「はいぃ!」


 背中バンって! 勢いで食器棚にぶつかりそうになった。


「おやすまんね」

「大丈夫、ですっ」


 クレアさんはさっさと厨房から食堂へ。私は全体を見渡して、


「エルマー、私、洗ってればいい?」

「……いいんじゃねえか」


 よし! 袖をまくって、山になった食器と向き合う。

 これ洗ってゴミまとめて出して足りなそうなもの持ってきて──


「あ」

「なんだよ」

「いや、ちょっと思い出しただけ」


 みんなが集まったらって、いつ頃になるんだろ?



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