その声は良く通る

「終わりましたー! ちょっと引っ込みます」

「おうよー!」


 手の水をぴっぴっと払う。そばのクロスで拭きながら、店の様子を覗く。

 イグル様、どこにいるだろ。


「あ」


 結構まん中にいた。目をキラキラさせて、多分、あれはシチューを食べてる。


「……みんなイグル様見てるなあ……」


 外で聞いた通り、イグル様目当てのお客さんが多いみたい。そのために、今日は繁盛以上になってるらしい。

 店内は今も空きがないし、外からも何人か覗いてる。……イグル様を。


「あそこに行くのか……目立つな……」


 みんな食べたり食べなかったりしながら、ちらちらとイグル様を見てる。

 イグル様がスプーンを持つ。静かにシチュー皿に入れる。それを丁寧にそれを口に運ぶ。そして美味しいと言う変わりに、顔をほころばせる。


「……」


 それら一つ一つに誰かしらが注目して。最後の笑顔に何人かがほぅっと息を吐いた。


「どうしよ」


 穏便に近寄って、ちょろっと話して戻って来たいんだけど。ちゃんと『休憩』だってしたいし。


「あ」

「ぅえ」


 なんということでしょう、イグル様と目が合いました。


「ハナ」


 しかも名前を呼ばれました。周りの人達が、一斉にこっちを向く。

 なんでそんなに良く通る声なんですか。食堂ここってそれなりに騒がしいのに。


「ここ、とても美味しいね」

「それは良かったです!」


 もういいや、うん。胸を張ってまっすぐに、イグル様のテーブルへ。

 どんな時でも堂々としてれば大抵は乗り切れるって、じーちゃんが言ってた。


「遅くなってすみません」


 まだ少しざわついてるけど、静かになった店内。イグル様の横にしゃがみ、少し声を抑えて話す。


「まだ夜まであるので、街巡りはやっぱり明日になっちゃいそうです」

「わかった」


 イグル様は、ふんわりと頷いた。


「これからどうしますか? 家に戻ってますか?」

「ううん、まだいたい。そろそろお酒が沢山出てくるんでしょ? ウィルジーのお酒のみたい」


 おさけ。なんだかこのたおやかな姿に、食堂の飲みのノリがぜんっぜん重ならない。


「……イグル様、これからはだいぶお客さんの種類が、ええと、元気な人達になりますけど……大丈夫ですか?」

「多分へいき」

「……そもそも、お酒強いんですか?」

「どうだろ。いっぱいのんだことはないけど……のむの、止められたことないし」


 ゆったりと上を向いて、思い出すようにイグル様は呟く。


「弱くはないんじゃないかなあ」


 首を傾げ、輝く髪がさらりと揺れる。

 呑めるなら、まあ……大丈夫、か?


「分かりました。……なんか変な人がいるなあとか、変なこと言ってくるなあとか、そういうのがあったらすぐ周りの人にいって下さいね! 私もすっ飛んでいきますから!」

「うん、わかった」


 お酒についても言いたい。けど、この感じだとイグル様の方が経験がありそうだし……。


「……じゃあ、私戻りますね。帰る時にまた声掛けますから」

「うん。行ってらっしゃい」


 にこやかに別れ、手をふりふりされながら厨房に戻る。


「…………」


 その間、当然の如く他のお客さんが私を目で追う。

 声はかけられない。というより、かけあぐねている感じがする。


「…………ふぅ」


 私が完全に厨房なかに戻って、また少しずつ喧騒が響いてくる。

 壁越しの声やら音やらに、肩の力を抜いた。


「じゃ、休憩行きまーうぇ」

「連行しまーす」


 ベティに思い切り腕を引かれた。そのままずるずると二階に上がらされる。


「えっなに……ってあれっ? 休憩中でしょ?」

「そーそー。あと少しで食堂あっち戻るから」


 ぐるっと振り返り、ベティはにやりとした。


「それまでに、ちゃあんと、聞かなきゃねえ?」

「こ、怖いよお。ベティが怖いよお……!」

「はい、ふざけてないで入った入った」



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