第6話 〔目隠し皇女〕

 儀礼としての謁見を終えた俺は、グレイとエステルに案内されて王宮の廊下を進む。


「さっきはごめんね。まさかダルトン大臣があそこまで言うとは思ってなくて……」


「い、いやぁ平気だよ。エステルも気にするな」


「でも……」


「いいやクーロ、気にするべきだ」


 グレイがピシャリと言う。

 彼は不機嫌そうにしながら、


「キミは僕と並ぶ大英雄であり、希少な【全属性使いオールエレメンター】なんだ。それに娘を預ける身なんだぞ? もっと気高くいてもらわないと困る」


「ハ、ハハ……努力するよ」


 そう言われちゃ返す言葉もない。


 でも気高くとか誇り高く振舞うのって苦手なんだよなぁ。

 謙虚に目立たず生きてた方が気が楽だし。


 もっとも、これからは立場的にそんなことも言ってられんかもしれんが。


「さて――着いたぞ」


 グレイとエステルが、とあるドアの前で立ち止まる。


 ドアは小さく、ここが皇女殿下の部屋というワケではないだろう。

 恐らく中はこじんまりとした応接室になってるのだと思う。


「よし、それじゃようやく娘さんに――」


「クーロ」


 グレイがこちらに背を向けたまま、俺の名を呼ぶ。


「……今からなにを見ても、決して口外しないと約束してほしい。それと……どうか驚かないでくれ」


「? なんだよ今更。事情が事情なんだし、わかってるさ」


 皇女殿下はスパイに狙われる身。

 俺が口を滑らせれば、どんな危険が及ぶかわからない。

 それくらいは理解してこの場にいるつもりだ。

 

「……ありがとう。では――」


 グレイはコンコンとドアをノックし、


「シャノア、いるかい?」



『――はい、お父様。どうぞ入っていらして』



 若い女性の声が室内から返ってくる。


 少し聞いただけでもわかる、透き通った美しい声色。

 それに、口調は異なるがどことなくエステルとも似ている。


「失礼するよ」


 グレイはドアを開け、中へと入っていく。

 それにエステルも続き、最後に俺。


「どうも、失礼し――――!」


 部屋の中へと入った俺は、気軽に挨拶しようとした。

 だが思わず、言葉を詰まらせてしまう。


「まあ、貴方がクーロ・カラム様ですのね! お待ち申しておりました!」


 部屋の中央に向かい合うように置かれたソファ。

 その片方に、少女は腰掛けていた。


 ――似ている。

 そっくりだ。

 エステルの若い頃に。


 顔立ちはエステルに瓜二つ。

 体格も細身でエステルに似ており、彼女の双子の妹と言われても信じてしまえるかもしれない。


 ただ明確に違うのは、長く伸ばした髪の色だけグレイ譲りの金色であること。

 それによってグレイの面影も感じられ、皇家らしい麗しさが備わっているように思える。


 一目見れば、誰でも彼女がグレイとエステルの実子であると見抜くことができるだろう。


 だけど――俺が驚いてしまったのは、そこではない。


 彼女がエステルに似ているから驚いたんじゃないんだ。

 それくらいは予想できていた。


 なによりも俺を驚かせ、視線を奪ったのは――彼女の顔に巻かれた”目隠しアイマスク”。


 サテン生地に装飾が施された独特の目隠しで、両目を完全に覆い隠しているのである。

 

「さあさあ、どうぞお掛けになってくださいな!」


「あ……ああ……」


「ウフフ、この日をとても楽しみにしておりました。ああ、なにからお話すればいいかしら……色々考えたのですけれど……!」


「シャノア、少し落ち着き給え」


「そうよ、まずは自己紹介からでしょう?」

 

「そ、そうでしたわ! 私ってばはしたない……!」


 あたふたと慌てる彼女の両隣に、グレイとエステルが腰掛ける。

 俺も反対側のソファに腰を下ろし、


「では改めまして――私の名前はシャノア・エクレウス。皇王グレイお父様と皇后エステルお母様の一人娘です。どうぞ、以後お見知りおきくださいませ」


「お、俺はクーロ・カラム。えっと、よろしく……?」


 目線を合わせられないことに戸惑い、若干しどろもどろに挨拶を返してしまう俺。

 するとシャノアもそれを察したのか、


「――あ! 申し訳ありません、初対面でコレ・・をしたままなのは失礼ですわよね。少々お待ちを……」


 顔に巻かれた目隠しを外し始める。

 後頭部の結び目をハラリと解き――ようやく彼女の両目が露わとなった。


「――ッ!!」


 だがそんなシャノアの”瞳”を見た瞬間、俺は愕然とする。


 ――――濁った灰色だったのだ。

 彼女の瞳はグレイともエステルとも違う、濁った灰色をしていた。


 そして――そこには、俺の姿は映っていなかったのである。


「私、生まれつき目が全く見えなくて・・・・・・・・・……ですから普段は目隠しを巻いているんです。どうかご容赦くださいな」


 ニコリ、と可愛らしく微笑んで見せるシャノア。


 エステルそっくりな顔は、妖精を彷彿とさせるほど見目麗しい。

 類稀な美貌の持ち主だ。


 だが、決して俺と目が合うことはなかった。

 声の聞こえる向きから、こちらの場所が大体しか把握できないらしいのだ。

 

「――」


 俺は愕然として、思わずグレイとエステルへ視線を流す。


 こんなの聞いてない――

 想像すらできなかった――

 まさか皇女殿下に視力がないなんて――


 しかしグレイは黙ったまま目を瞑り、エステルも物憂げな表情で俯いていた。


「お父様たちから常々お話は伺っておりました。クーロ様――いえ”先生”は『エクレウス皇国』を救った大英雄にして、あらゆる魔術を使える【全属性使いオールエレメンター】なのですよね?」


「それは……まあ、一応……」


「私、先生のような偉大な魔術師になりたいんです!」


「俺のような……?」


「はい! 私の夢は……お父様とお母様、そして先生が通われた『アルヴィオーネ魔導学園』への入学し、そこで学んだ魔術を国のために役立てることなのです」


 シャノアは自らの顔に手を当て、細い指で目元をなぞる。

 

「……私は目が見えません。誰かのお役に立つどころか、日常生活を送ることすらままならない。もしかしたら、皇位を継げるかも危ういでしょう」


「まってシャノア、私たちは貴女を絶対――」


「いいんです、お母様」


 エステルの言葉を遮り、話を続けようとするシャノア。


「そんな私でも……魔術だけは得意だと胸を張れるんです」


 彼女は両腕を前方へと突き出し、左右の掌をこちらに見せてくる。

 そして両手に魔力を込めると――


「――ッ! これは、まさか――!」


 掌に刻印が浮かび上がる。

 両手にびっしりと刻まれた、二つの術式と八つの画数。


 右手には【聖術式】〔炎〕〔風〕〔雷〕〔光〕の刻印が。

 左手には【呪術式】〔水〕〔土〕〔氷〕〔闇〕の刻印が。


 間違いない。



 彼女は――シャノアは、俺に続く史上二人目の【全属性使いオールエレメンター】だったのだ。


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乙女ゲーム世界の負け侯爵、〔目隠し皇女〕の魔術教師となる ~かつて主人公に攻略されなかった負けヒーロー、辺境貴族として怠惰に暮らしていたのに主人公の娘である皇女殿下の魔術教師を任されてしまう~ メソポ・たみあ @mesopo_tamia

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