第2話 エンディング後の世界で

 ――十六年が経った。

 『エクレウス皇国』と『デネボラ連合帝国』の戦争が終わってから、十六年。


 『帝国空中戦艦グロワール』での決戦の後、『エクレウス皇国』と『デネボラ連合帝国』の間で和平協定が締結。

 帝国軍は事実上敗北を認め、自国へと戻っていった。


 戦後、ゲームで語られたようにグレイは救国の英雄として祭り上げられ、皇位を継いでエステルと結婚。

 国に平和と活気が戻り、死線を潜り抜けた俺たちはようやく安寧を手にしたのだ。


 そして――無論、俺もそんな安寧の中で十六年を過ごしたワケで。


「ふわぁ~あ……。今日も領地は平和なようで、大変結構」


 現在、俺クーロ・カラムの年齢は三十二歳。

 戦場を駆け抜けた青春時代の若さはどこへやら、もうすっかり中年の仲間入り。


 今はしがない辺境侯爵として、ハーフェンという小さな領地を治めている。


 そう……こうして小さな屋敷に引きこもり、自室の大きなソファに寝そべって、盛大にあくびをするのも仕事なのだ。


 ”我が領地は今日も今日とてこともなし”を確認して、ぐだぐだと怠惰に一日を過ごす。

 まったくもって立派なお仕事である。


 あとは茶と菓子でもあれば完璧だが、自分で用意するのは面倒くさいなぁ。

 だからこのままゴロゴロしていよう。

 うん、そうしよう。


 ――クーロ・カラムとしてこの世界に転生した俺は、戦後に皇王グレイから侯爵の地位と辺境の領地を賜った。

 この恩賞は俺自身が申し出たものだ。


 グレイからは「参謀として、これからも一緒に国を支えてほしい」なんて誘われたけど、「戦後は静かに暮らしたい」と適当な理由をつけて断った。


 ……グレイのことが憎いとは思わない。

 彼は底抜けにいい奴だし、なんなら今でも親友であり戦友だと思ってる。

 正直、誘いを断ったことにちょっと罪悪感すら感じてる。


 だが――とにかく俺は、エステルの傍にいられなかったのだ。


 グレイの手を取る彼女を、どうしても直視できなかった。

 見てられなかったんだよ。

 ……我ながら情けない話だ。


 とはいえ、皇都から離れた田舎暮らしは気に入ってる。

 都会に比べれば辺境領主なんてやることは少ないし、大抵のことは執事がなんとかしてくれるし。


『――クーロ様、いらっしゃいますか』


 丁度その時、部屋のドアがコンコンとノックされる。

 噂をすれば執事殿の登場だ。


「ああ、入っていい」


『失礼致します』


 ドアを開けて入ってきたのは、もう十六年も俺の執事をやってくれている老紳士セルバン。

 既に八十歳を超える白髪白髭のご老体だが、田舎育ちで丈夫なためか身体は元気そのもの。

 執事業務を引退することなく、今も領地運営を手伝ってくれている。


「おやおや、また昼間からゴロゴロと自堕落な……。たまには剣の鍛錬でもされてはどうですか」


「いいんだよ、領主が退屈そうな方が領民は安心できるってもんだろ?」


「相変わらず口だけはお達者で。ところで、お手紙が届いておりますぞ」


「へえ、どこから?」


「プロヴラン領のオーレマン様からですな。おそらくご縁談の返答に関してでございましょう」


「その手紙、暖炉で燃やしておいてくれ」


 ソファでゴロゴロしたまま、俺はサラリと言い捨てる。

 それを聞いたセルバンはため息を漏らし、


「またそのような……」


「俺はどこからも縁談を受けない。いつも言ってるだろ」


「いつまでも領主に奥方がおられないとあっては、民に示しがつきませんぞ。それに土地を引き継ぐご子息はどうされるのです」


「俺が孤独死したら、どうせ皇都の適当な貴族が相続するさ」


 実際、ハーフェンを治めていた先代領主家は帝国の侵略によって一族が断絶。

 相続人を失っていたために、俺が領主になれたという経緯もある。


 要は建前さえあればどうとでもなるのだ。


「ともかく俺は縁談なんて受けないからな。話が済んだんなら昼寝でもさせてくれ」


「……クーロ様のお心には、それほど忘れられないお方がいらっしゃるのですか?」


「……」


「それではいつまでも孤独なままです。いい加減、過去の呪縛を斬り捨てなされ」


 俺は答えない。

 セルバンに昔のことは話していないが、彼は薄々勘付いているようだった。


 ――エステルは、俺が生まれて初めて本気で好きになった女性だった。


 どうして彼女に惚れたのか?

 彼女のどこに絆されたのか?


 俺がクーロ・カラムという攻略対象メインヒーローの一人だから愛したのだろうか?

 元から彼女を好きになる仕様――いや運命だったのだろうか?


 正直、上手く説明できない。


 ただ初めてエステルの朗らかな笑顔を見た時、俺は心奪われたのだ。

 もはや彼女のことしか目に映らなくなるほどに。


 ……だが、所詮は未練だ。

 彼女はグレイを選び、彼と添い遂げた。

 俺は彼女を忘れ、異なる道を歩むべきなのだ。


 頭ではそう理解しているのに――


「わかりました。先方には爺やから断りのお返事をしたためておきます。それでよろしいですな」


「……ああ、頼む」


 俺の短い返事を聞くと、セルバンは部屋から出て行こうとする。

 すると、その時――


 ドン、ドン!


 ――というノック音が、屋敷の中に響き渡る。

 誰かが正面玄関のドアを叩いたらしい。


「おや……? 来客ですかな?」


「ん~? 今日は誰とも会う予定なんてないはずだけど」


「見て参ります」


 セルバンは様子を見に、部屋を後にして玄関へと向かう。

 しかし――僅か数分と経たぬ内に、


「――ク、クーロ様! 大変、大変でございますッ!」


 老体に鞭打つように息を切らせ、焦り切った顔で彼は戻ってきた。

 もう全力でダッシュしてきたのだろう。


「!? どうしたセルバン! 敵か!?」


 ただならぬ彼の様子に、俺はソファから飛び起きる。

 そして部屋の片隅に立て掛けてあった剣を掴み、鞘から引き抜こうとした。


 だがその直前――


「……安心してくれ、剣は必要ない」


 聞き覚えのある声が聞こえた。

 やや低めで男らしい、けれど優しい喋り方の声。


 同時に、全身をコートで覆い隠し、頭にもすっぽりとフードを被った長身の人物が部屋へ入ってくる。


 ――俺には一瞬でわかった。

 彼の正体が。


 いや、わからないはずがない。

 俺にとって、あらゆる意味で忘れられない”友”なのだから。

 

「お前……グレイ・エクレウスか……!?」


「久しぶりだね、クーロ」


 彼はフードを払い、その素顔を見せる。

 短く切った金色の髪、

 白い肌に蒼い瞳、

 そして紳士という言葉がぴったりな優男風の顔つき。


 常に微笑を絶やさず、なのに一分の隙も感じさせない、まるで牙を隠した獅子のような雰囲気の持ち主。

 あの頃からまったく変わっていない。


 そう――目の前に現れたのは、この国の最重要人物にして治世者たる皇王グレイ・エクレウスその人だったのだ。


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