術の訓練

それ以降、私は彼が作ってくれた特殊な空間(名前はわからないけど、生活に必要十分な施設がそろっている。時間もゆっくり流れるらしい)で食事と休養をとって体力を回復させた。

食事、と言ってもトーストとサラダ、カレーライスといった簡単なものだったけれど、今の私にとってはどんなご馳走よりも美味しかった。

龍神さんはそれらを喜んで食べる私を見て、本当に飢えてたんだなと苦笑いした。

実際その通りだ。城にいる間はまともな物を食べていなかったし、城を逃げ出してここにくるまでの数日間は、ほぼ飲まず食わずだったのだから。


それから1週間。

肋が浮き出て、ミイラみたいになっていた私の体はほぼ元に戻った。

「お、元通りだな」


「はい!この状態なら、訓練は十分出来ます」


「だな。じゃあまずは術から始めよう」

彼はそう言って、透明な手のひらサイズの球体を取り出した。

「何ですかそれ?」


「これはエレメント·クリスタと言ってな、使用者の属性を計り、その属性の術を覚醒させる事ができる代物だ」


「属性?」


「あー、まだそこを説明してなかったな。

事前知識として、術には8つの属性ってのがあってだな…術士はその中からどれか一つを自分の得意属性とする。

火、水、電、地、風、氷、光、闇…

それぞれに相性の良し悪しがあって、相手の弱点属性で攻めると効果が大きくなる。

術は単独で放ってもいいが、複数人で同時に放つと合術(あわせじゅつ)と言う強力なものにできる。

…まあ基本はこんなとこだ。まずはこれを持って、意識を集中してみろ」

彼に言われるがまま、球体を手に持って意識を集中した。

すると、球体の中心に黒い濁りが出てきた。

それは小さく渦を巻いていたけれど、次第にもやのように球体の全体に広がった。

そして最後には、球体全体が黒く濁った。

「…これでわかったんですか?」


「いや、まだだ。これからくるぞ…」

これからまだ変化があるの?

私はそう思いながら、球体を見つめた。


再び中心が濁ってきた。ただし、今度は少し青っぽい白色に。

やがて濁りは球体全体に広まり、球体自体が青白くなったー。


「おお!」

彼が声を上げた。

「今度こそ、わかったんですか?」


「ああ。

この球体は、使用者の属性を濁りの色で判断する。

青白くなったって事は、君の属性は氷だ」


「氷…

物を凍らせたり、雪を降らせたりできるとかですか?」


「まあそんな感じだろうな。ただしどこまで強力なものが使えるかは、当人の魔力と適正と努力次第だ。

君の場合魔力と素質は十分だから、努力次第でどんな強力な術でも使えるようになるだろうさ」


「努力って…、何をどうすればいいんですか?」


「何度も使い続けてればいいだけだ。

それと術の使い方だが…」


「はい」


「難しいことじゃない。自身の魔力を高めて唱えるだけだ。

術を使える者の魔力が高まると、特定の文章が頭に浮いてくるから、それを唱えるんだ。

やってみろ」

私はよくわからないまま、それとなく左手を目の前にかざした。

すると、なにか不思議な力が体の底から沸いてくるのを感じた。同時に、今まで言った事も聞いたこともない言葉が頭に浮かんできた…

「氷(ひょう)法(ほう) [白(はく)銀河(ぎんが)]」






私の目の前の床一面が、一瞬で雪に覆われた。

手を入れてみると冷たい。床が凍っている。

間違いなく、本物の雪だ。

「すごい…これ、本当に私が…!」


「こりゃすげえ…

初回でこれだけの範囲に術の効果がおよぶとは…

やっぱり君は、間違いなくシエラの血を引いてるな」


「どうですか、今の!」


「すげえよ、完璧だ。

普通、初回でここまで広範囲にはできない。

これからも使い続ければ、どんどん上達するだろう」


「わかりました!

じゃ、これから自主訓練しますね!」


「ずいぶんと積極的だな。まあいいんだけど、無理はするなよ?術は結構体力と精神力を使うからな」


「はい!気をつけます!」

彼が部屋に戻って行った後、私は自主訓練をすることにした。

(その前に、この雪を片付けないと…

どうすればいいのかしら?)

少し考えて、右手をかざして右から左へゆっくりと動かしてみた。

すると、雪は綺麗に消え去った。

(すごい!!

私、雪を出すだけじゃなく、消すこともできるんだ!)

それからは、思い浮かぶ限りの術を何度も何度も放った。それくらい嬉しかった。






「起きろ」


「んん…あっ!」

龍神さんに起こされた。

(そうだ、私は術の練習をしてて…)


「興奮してやり過ぎて寝落ちしたか?

まあいい、食事は作ってあるから食べよう」

食卓にはご飯とお刺身、それと味噌汁が並んでいた。

「あら、お刺身ですか?」


「お、知ってるのか?」


「もちろんです!私、日本文化も和食も好きなので」

私たちがいるのは、ノワール界という世界。

それとは別に、異人がおらず沢山の人間が暮らす「人間界」という世界があることを数年前に知り、興味を持って以降人間界、特に日本という国の文化や言葉をたくさん調べ、学んだ。

「和食」という独特の食べ物は私の口に合った。

特に私は、新鮮な魚を使った「刺身」というのが大好きだ。レークにいた頃はよく食べていた。


「いただきます」

久しぶりに箸を使い、山葵(わさび)醤油で食べた鮪(まぐろ)の刺身は、本当に美味しかった。

聞けば龍神さんも刺身が好きで、しかも彼は日本出身らしい。

「日本語、話せるのか?」


「日常会話程度なら…」

そんな話をしながら、食事は進んだ。




「ご馳走さまでした…

ふふ、久しぶりの和食、とても美味しかったです」


「もしかしてレークの連中って、刺身を日常的に食ってるのか?」


「いいえ。私みたいに好きな人は食べてますけど、普通の人はあまり食べないですね」


「へえ…

いつかレークに行く事があったら、食べていきたいもんだな」


「いいですね!いいお店があるので、私がお連れします!」


「はは、そうか。

でも今は、別途でやらなきゃない事がある。それを完了させてからだ」


「わかってます。弓の訓練ですよね」

術の訓練が終わり次第、弓の訓練をつけてもらう。

昨日のうちに話をつけておいたのだ。

「弓の訓練部屋はこっちだ」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る