正体

私は元々、ルルトという町で生まれ育った。

両親がいて、姉と弟がいて…

とても幸せだった。

けれど、私が5歳の時…

家族はみんな、家に入り込んできた男に殺された。

当時人が殺されるという事を知らなかった私は、血まみれで倒れたみんなを寝ていると勘違いした。

けれど、いつになってもみんなは目覚める事はなかったー



私はその後、過程はよく覚えていないのだけど、両親と以前から親交があったおばあさんに引き取られ、育てられた。

近くに同年代の子供はいなかったけど、幸い近所の料理店で働くお姉さんたちがいて、その人達によく遊んでもらった。

そして、その人たちから沢山の事を聞いた。


彼女らは生まれつき人間ではなく、「水兵」という種族の「異人」だということ。

私の家族は、殺人者と呼ばれる異人に殺されたということ。


あの人達との日々は、家族といた時と同等、あるいはそれ以上に楽しいものだった。 

でも、時折家族の事を思いだすと、涙がこぼれた。

そのたびに、水兵さん達が言ってくれた。


この世界では、死んだ人間は「異人」となって転生する事がある。だからあなたの家族は、きっとどこかで生きている。頑張って生きていれば、いつか必ず会える、と。


そして私は9歳の時、戦闘の訓練を始めた。

水兵さん達にも協力してもらって、色んな技術を身につけた。

ある時水兵さん達は、私に言ってくれた。

「あなたはまだ小さいのに、色んな技術をぐんぐん習得してる。この調子で訓練を続ければ、きっと異人にも負けない強さを得られる。

そうなれば、自分を、あるいは自身の大切な人を、守る事ができる」

私はこの言葉を心の支えにして、鍛練の日々を送った。


それから一年後のある日。

私は、家の裏の高台で弓の訓練をしていた。

そしてふと、以前に水兵さんたちがやっていた技を思い出した。

華麗なバックダイブをしながら身を捩(よじ)って攻撃を交わしつつ、素早く弓をつがえて反撃する。

あの技は、本当にかっこよかった。


私もやってみたい…そう思って、高台の真ん中でやってみた。

勿論すぐには上手くいかなかった。けれど何度も練習して、夕方にはそれっぽく動くことができるようになった。

あたりも暗くなってきたので、これで最後にしようと決めて技を放った。

結果、今までにないくらい上手くいった。

でも、飛ぶ距離が長すぎて、高台から落ちてー





気づくと、私はどこか既視感のあるような部屋にいた。

妙な目線の高さに違和感を覚え、近くにあった鏡を見てみたら、背丈が大幅に伸びていた。

さらに髪は金髪のセミロングヘアになり、肌の色は少し薄くなり、瞳は綺麗な瑠璃色になっていた。

そして何よりー

あのお姉さん達と同じ、セーラー服のような服を着ていた。

その時、部屋のドアが開き、私と同じような格好の女性が数人入ってきた。

そして、口々に言われた。

「あら、お似合いじゃない」


「え?」


「あなたが転生してきた子ね?ようこそレークへ…水兵の町へ!」


「あなたはもう人間じゃない。私たちと同じ、水兵になったのよ」


こうして私は、異人として…

「水兵」として、生まれ変わった。


それからは色んな事があった。

異人の人間との違いを学んだり、料理店で見習いとして務めたりした。


料理店で務め始めて一年たって、本格的に働くようになった。

異人は加齢·体の成長の速度が人間とは異なる。

水兵は5年に一度、一つ年をとる。

つまり私は、10歳のうちに店で正規に働けるようになったのだ。

これは水兵の中では歴代最年少との事で、私は同じ水兵にも、人間や異人のお客さんにももてはやされた。


そして、それから20年。

私は14歳になり、すっかり一人前の水兵になっていた。


幸運にも、この町の水兵はみんないい人だった。

しかも、人間だった時に私を世話してくれた人達もいた。

おかげで、私は楽しく生活できた。


町のみんなとの生活は、本当に楽しかった。

しかも、町には水兵しかいない訳でもなく、人間や他の異人もいた。

彼らとの交流も楽しかったし、外部からくる人との交流ももちろん楽しかった。


私は、幸せだった。

人間だった時よりも、幸せだった。



そんな矢先、町に異変が起きた。

20キロほど内陸にいった所にある、この辺一帯を支配するリアースという国の兵士が押しかけてきたのだ。


兵士達は、私達のリーダーである水兵長のいる「シルミィ水神殿」の前で声明を出した。

それは、"リアースは最近の戦争で多くの兵を失った。そこで兵を補うため、この町の水兵達を徴兵する"というものだった。

当然私達は反対したけど、長のユキさんを始めとした上流階級の人達がみんな拘束され、逆らうのならばこの者達を全て殺す、と言われてしまい、多くの水兵が従った。


けど、最後まで逆らった水兵もいた。

もちろん、私もその一人だった。


私はわざと兵士たちの神経を逆なでするような発言を連発し、激昂した兵士が向かってきた所で攻撃を躱しつつ矢を放った。


そしてそのままの勢いで、兵士を全て倒した。

と思ったのだけどー


私が見ていない間に上官達が捕まってしまい、首に槍を突きつけられていた。

そして、"こいつらもとい自身の命が惜しければ大人しく投降しろ"と言われた。

私は仕方なく弓を下げ、兵士達に連行された。


その直後、みんなの悲鳴が聞こえた。


その瞬間、私は家族を殺された時と同じくらいのショックを受けた。

振り向かなくても、何が起きたのかわかった。




そして生き残った私達は城に連行され、掃除や料理、警備などを命じられた。

でも、その環境はひどいものだった。 

食事は昼に一回、それもパン一つや固形のバー一本などの、味気も栄養もない物だけ。

外出は許されず、自由時間は基本的になし。

入浴や歯磨き、洗濯は週に一回。

仕事に不備があれば処罰という名目で、鞭打ちや火炙りなどの拷問を受けた。

やがて、多くの仲間が栄養失調や拷問によって死んでいった。あるいは、発狂した人もいた。

私はまだましな方だったけど、なかには王の暇潰しという名目で辱しめを受けたり、虐殺されたりした水兵もいた。

そうして、みんなはどんどん死んでいった。


このままでは、私も死んでしまう。

いや、死ななかったとしても、こんな所では生きられない。

そう思った私は、隙をみて奪われた武器を取り戻し、警備が手薄になる深夜に城を抜け出した。

でもその途中、連日の吹雪に逢ってしまい…





「という訳なんです。

そしてその途中、あなたに助けてもらった…」


「なるほどな…」


「あ、私はアレイと言います」


「アレイ…か。いい響きじゃないか」


「そうですか?ありがとうございます。

あ、あなたは…」


「俺か?気にするな」


「そうではなくて…

やっぱり何でもないです」


「ん?」

この人からは何か、言葉にできない違和感を感じる。

この人を簡単に信用してしまったけど、念のため…


異人は特殊な能力を持っている事がある。

そして私もまた、水兵になった時に能力を得た。

「追憶」、場所や物、人の過去や記憶を見る事ができる。

それが私の能力。

これを使えば、この人の名前や種族もわかるはず…。




どこかの家の部屋。

その隅に正座した男の子がいた。きっとこの子が…

そう思った矢先、部屋の扉が開いて大人の男性が入ってきた。父親だろうか。

男性を見て、少年はおどおどし始めた。

それを見た父親は少年に近づき、いきなり頭を殴り付けた。

何してるの!?と驚いたけど、こんなものではなかった。

父親は無言で少年の髪を掴んで引っ張って持ち上げ、何度も顔を殴り付けた。

少年は当然泣いていたけど、父親はやめようとしなかった。


それから、時間と場所を越えて記憶を辿ったけれど、どれも見るに絶えないものだった。

私が見ただけでも、少年は木槌で頭を殴られたり、煙草の火を手に押し当てられたり、階段の上から蹴落とされたりしていた。

それも、大抵は父親の言うことを聞かないから、という理由で。

私は確信した。

この人は、父親に虐待されていたんだ。



そして、やっと最後の記憶にたどり着いた。

それは、私にとってはどこか既視感を感じるような…

けれど、目を疑うようなものだった。


床や家具に大量の血が飛び散った、リビングらしき部屋。

あたりには両親と祖母らしき老人、そして二人の男の子が首や胸から血を流して倒れている。

そんな中に、血のついた長刃の刃物を持って佇む青年。

彼は刃物についた血を指先で絡めとり、にんまりと笑った。






「アレイ?」


「はっ!」

もう、この人の正体はわかったも同然だった。

この人は私と同じく、かつて人間だった。でも…


「ご、ごめんなさい…

私、人の過去を見れるんです。それであなたの過去を見たら…」

私は震え声でそう言った。


すると男性は、険しい顔で私を見た。

「ほう…」


改めて男性の顔を見ると、さっきから感じていた違和感の正体に気づいた。

私とこの人は、焚き火を挟んで向かい合っている。

つまり男性の瞳には、私と焚き火が映りこむはず。

なのに、何も映っていない。

男性の瞳は黒いけど、光沢が全くない。

暗闇の中で見た水面のような、ただ暗いだけの瞳。

光がなく、何も映らない瞳。

「あなた…は…」


男性は、私を睨むように見てくる。

「もう、わかるだろ?」


彼の言う通り、私にはもうこの人が何者なのかほぼわかる。

そして男性は、とうとう名乗った。

「俺は冥月龍神、セントルから来た殺人鬼だ」

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