バラバラトラベル

地崎守 晶 

「バラバラトラベル」


「この一億の薔薇の花束を、かわいいかわいいキミに……」


 黒髪白衣の少女の瞳をのぞき込みながら、白髪黒衣の女が芝居がかった声音で囁く。


「花束って言うか、埋め尽くされてるだけでしょうが。さっさと歩きなさい」

「やーん、つれへんなあ。こーんなロマンチックな世界やのに」


 すげなく返し、歩みを再開する。彼女は相変わらず軽薄な表情だ。一睨みすると、彼女が手を広げて示した光景を見やる。

 行く手に広がる、銀の円錐型の高層建築の立ち並ぶ大都市。

 そこにあってしかるべき住民の活気は感じられない。

 それはこの、かつては栄華を極めた世界が既に支配されているからだーー赤い花の洪水、むせかえる甘い香りに。

 花束や花畑などと生やさしいものではない。二人が辿る、埋もれかけた線路がなければ都市へ向かう道筋さえ分からないほど、薔薇の赤が咲き誇っている。

 人の手なしに拡大する薔薇の園。棘が足下に当たるため、黒髪の少女はお気に入りスカートを履いてこれなかったのが少し不満だった。

 暗い陽光に鈍く光るレールの傍らでは、時折哀れな野犬の亡骸が根で覆われている。当然、そこから伸びる茎の先には大輪の花をつけていた。

 かつてこの線路を走っていただろう車両も、彼女たちの後方で赤い花と茨に覆われたオブジェと化していた。

 天を突く銀の塔と、地平線の彼方まで続く赤薔薇。それがこの世界の全てだった。


「どこがロマンチックよ。不気味なだけよこんなの」

「んー、うちのお姫サマはお気に召さへんかあ」


 薔薇に淘汰された世界。それが、世界から世界を渡る二人の今回の旅の舞台。

 すでに文明が滅び朽ちるばかりのこの星で、彼女たちの果たすべき使命は。


「ほんなら、街についたら草刈りといこか」


 白髪黒衣の女は鉄の軌道を後ろ歩きで踏みながら、愛用の鎌をひょいと振って見せた。小首を傾げて笑いかける。


「ええ、さっさと片づけましょう」


 黒髪白衣の少女は小さく頷き、ポケットの中の鋏を確かめ、後に続く。


「あ、でもせっかくやからホンマに花束にせーへん? 好きな数だけ贈りっこしよーや、確か十一本で……」

「いいかげんにしないとそこらの薔薇を切ってその減らず口に詰め込むわよ?」


 軽口を叩きながら線路を歩く少女たち。その道標の先には薔薇の海に浮かぶ空っぽの都市。

 そこに、薔薇の発生源――この世界を滅ぼした元凶がある。

 薔薇たちは、自らの根元をバラバラにしようとする者を畏れてか、冷たい風にその身をさざめかせた。

 

 


 

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バラバラトラベル 地崎守 晶  @kararu11

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