8話 誘拐と男の娘

「料理長〜夕飯よこせ〜!」


 場所は変わって厨房前。俺はいつものように料理長の名前を呼んだ。そうすれば料理長は必ずやってくる。なにせ俺は伯爵家のペットだからな!


……………………………ペットなんだけど?


「こらー料理長!伯爵家のペット様を待たせるんじゃないよ!何考えてんだこの熊公!」


 ちょっとこれはおこですよ。伯爵家のペットを待たせるなんていい度胸してるじゃんあのデカ熊。俺を怒らせたらどうなるか思い知らせてやるわ!


 厨房の扉を蹴破る勢いで開けながら中に侵入する。そりゃもう肩を怒らせて、がに股で足音を意図的に鳴らしながら一直線よ。

 どうせ料理長のことだから食料庫の中に居るに違いない。あそこにいると外の声が聞こえなくなるから俺の声が聞こえなかったんだろう。


 ま、どんな理由であれ伯爵家のペットの命令を無視した罪は消えないけどね。今回はアーシャがいないから俺の最強猫パンチが止められることはない。料理長の命運も今日までだな。


 固く閉ざされた扉のドアノブに手をかけ、回しながら開ける。そうすれば扉は驚くほど簡単に開いた。

 そしてその先の光景に俺は思わず絶句してしまった。


 そこには二人の人物がいた。


 一人は当然料理長。筋肉ムキムキの身体に似合わぬ可愛らしいクマ耳を付けたデカブツ。

 そしてもう一人、クマ耳が超似合うチャーミングな美少女がいた。歳は俺より幾分か上に見えるけれど20代はいっていない。


 そんな少女が32歳の料理長と密室で二人きり……これはついに料理長がお縄に付く日が来たのかもしれない。

 

「料理長……いくらモテないからって誘拐は良くないよ。今ならまだ間に合うかもしれないからごめんなさいしてお家に返してあげな?」

「あ?あー、またややこしい馬鹿が来やがったな」


 俺はできる限り優しい声を心がけて料理長に告げる。ここで変に刺激すると女の子を人質にとって立て籠もるかもしれない。

 伯爵家のペットとしてこの屋敷内で事件を起こさせるわけにはいかない。できる限り犯人を刺激せず、かつ人質の救出をしなければいけない。なかなか難しいミッションだが、必ずや成功へと導いてやる!


「犯人に告ぐ!その両手に持った10本の凶器を置いて人質を解放しろ!当然両手もあげるんだぞ!!」

「これはただの爪だろうがバカ猫!そもそも人質なんか取っちゃいねぇよ」

「じゃあ隣りにいるクマ耳が超チャーミングな子はなんだと言うんだ!!どうせモテないからって誘拐したんだろ!!」


 くそっ!なかなか人質を解放しない。俺の完璧な交渉術を持ってしてもどうにもならないのか!?


「はぁ、本当にめんどくせぇ奴がめんどくせぇタイミングで来やがったな。いいかバカ猫。こいつは俺の甥だ」

「そんなわけ無いだろバカ料理長!!料理長みたいな頭まで筋肉でできてるような奴の甥が…………ん?甥が……………………んん?甥!?」


 え?待って待って待って。これは俺を混乱させるための策略なのか料理長がガチ馬鹿なのか女の子が男の娘なのかもうなにがなんだか分かんなくなってきたぞ。


「料理長がロリコンで誘拐犯で女の子が人質で男の娘で…ん?え?あ?」

「あの、叔父さん。あの子大丈夫ですか?」

「それは頭の話か?頭の話なら何一つとして大丈夫じゃねぇよ。見てわかるだろ?お前もここで働きたいならあのバカ猫の面倒まで見ることになるぞ」

「ははは…頑張ります」


 るなのあたまはしょーとした! 

 おほしさまがみえる〜。

 

「あ~、バカの頭が更に馬鹿になってんな。ノエル、初の仕事だ。まずはあのバカをギリギリ許せるレベルのバカに戻せ」

「えっと、どうすればいいのかな?」

「とりあえず近づいて頭でも撫でてやれ。こいつの中でお前は最初に女認定されてたし、多分復活するだろ」

「そんな適当な…えっとこの子の名前は?」

「ルナだ」

「じゃあルナちゃん。ほら起きて」


 む?むむ?むむむ?

 頭に優しい感触…これは…ナデナデ!!

 ルナの頭は復活した!!

 目の前には優しそうなクマ耳お姉さんが頭を撫でて……あれ?お兄さん?お姉さん?お兄さん?んんん?…ま、いっかぁ。


「料理長〜」

「復活したかバカ猫」

「この子本当に男の子なの?」

「ああ。ちゃんとついてるぞ」

「そっかぁ。どうしよう…私の恋愛対象女の子なのにこの子ならいいかなって思いはじめてる」

「知らねぇよ」


 全く、冷たい奴だ。俺の恋愛観が変化した記念すべき瞬間だというのに。


 というかこんなに可愛い男の子っていたんだね。恋愛小説とかの物語の世界だけかと思ってた。もしこの子が40年前に存在していたら女好きの狐耳聖女に猛烈アプローチされていたこと間違いなしだな。


「おいノエル。もう撫でなくていいぞ。一応そいつに自己紹介しとけ。そいつはバカだが顔が広いからな」

「おい!バカは余計だぞバカ料理長!!知ってるか?バカって言ったほうがバカなんだぞ!!」

「ならお前はバカ決定じゃねぇか。何故その言葉を言う前に俺に対してバカと言ったんだお前は…」

「うるさいうるさいうるさーい!」


 全く、どこまでもムカつく奴だ。

 だけど今は許してやろう。料理長なんかよりもクマ耳がチャーミングなお兄さんの自己紹介のほうが重要だからね。 


「えっと、じゃあ自己紹介するね。ボクの名前はノエル。ベルン叔父さんの甥で今年で17歳になるよ。ここに来たのはベルン叔父さんに頼んで料理人になるための勉強をさせてもらうためなんだ」


 ふむ。なら本当に料理長が誘拐したわけじゃないのか。恋人ができない腹いせに凶行に及んだとばかり思っていたのに…。


 さて、相手に自己紹介させておいてこちらはしないなんていうのは礼儀に反する。ここは俺の完璧な自己紹介をもってノエルに伯爵家のペットの凄さを知ってもらうことにしよう!


「私は伯爵家の最強天才美少女ペットのルナ!気軽にルナ様って呼んでいいよ!」

「よ、よろしくね…」


 うーん、ちょっと地味すぎたかな?ノエルの反応が薄いや。

 もっとドカーンとど派手な自己紹介のほうがノエルの心をキャッチできたかな?

 少し派手さを足すために追加情報渡しとこ。


「因みに私の前世は五英雄の一人のシスだよ!だから魔銃の扱いは世界一なのさ!」

「えぇ!?」


 ホルスターから魔銃を引っこ抜き、手の中でくるくる回しながらノエルに教えてあげる。

 え?前世のこと隠してないのかって?隠すわけ無いじゃん。前世が英雄っていうのは伯爵家のペットとして当然の嗜みだよ?泊付けと言い換えてもいい。アーシャやお嬢とかにもしっかり伝えているからね~。何故か誰一人として敬ってくれないんだけど…。


 そんな俺の追加情報を聞いたノエルはグッジョブな反応をしてくれた。やはり英雄バリューは凄まじいらしい。

 うんうん。この反応を待っていたんだよ。本来なら伯爵家のペットと明かした時点で『伯爵家のペット様なのですか!?ははー!!』くらいはなる想定だったんだけど、まぁいいか。


「自己紹介が済んだならバカ猫、何しに来たか要件を言え」


 ノエルの反応にうんうんと頷いていると、料理長にそんなことを言われた。

 そういえば夜ご飯を貰いに来たことをすっかり忘れていたよ。

 思い出したら超お腹空いてきた。これはまずい。ソフィとアーシャも待たせてるんだった!


「そうだよ料理長!夕飯をよこせ〜!私のお腹と背中がくっ付いちゃうでしょうが!!」

「あ?何いってんだお前?夕飯はもうソフィア様の部屋に持ってかれてるだろうが」

「は?」


 この料理長は何を言ってるんだ?一体誰がソフィの部屋に料理を運んだと言うんだよ。

俺はここに来るまでの間、誰にも………


「え?料理長もしかしてなんだけど、ルルとララに運ばせた?」

「ああ。暇そうなあの双子に頼んだぞ。途中であっただろ?本当に何しにきたんだお前は…」


 料理長がバカを見るような目でこちらを見てくる。

 いや、ちょっと待ってよ。確かに言われて見ればルルが料理を運ぶようなワゴンを押してたような気がするけど……そんな小さなヒントでわかるわけ無いだろいい加減にしろ!

 というかそもそも…


「なんであの双子メイド私に教えてくれなかったんだよ!!無駄骨じゃん!!」

「人望がないバカ猫だからだろ」

「おい!さっき言った顔が広いっていうのは嘘か!?嘘なのか!?」

「人望の有無と顔の広さは同義じゃねぇだろ」

「もういい!帰る!お腹空いた!!」


 料理長はムカつくけど、それより何より今は夜ご飯だ。ふん、今回は猫パンチはお預けにしといてやろう。


 俺は来た道を猛ダッシュで戻っていく。

 まさかあの双子メイドに謀られてるなんて考えもしなかった。次会ったらとっちめてやらないと気がすまないぞこれは。


 そんなことを思いながらスピードを緩めることなく走る。

 走って走って走って、その結果………魔の曲がり角でメイド長に激突した。


 超痛い……


「ルナ。何度も廊下は走らないと伝えたはずですが?」

「いやーそのー……にゃはは」


 メイド長の冷たい視線に俺は何も言うことができなくなってしまった。


「これはお説教が必要ですね」

「なんでー!!」


 俺は一体いつになったら夕飯にたどり着けるのか。それは前世が英雄の伯爵家のペットであってもわからない、まさに神のみぞ知ると言うやつなのだろう。




新しい登場人物

ノエル(ノエル)17歳  熊人族

紺色の髪に黒の瞳を持つクマ耳が超チャーミングな男の娘。

ルナの性癖に少しだけ影響を与えた魔性の子。

ベネット伯爵家の料理長である叔父のベルンに弟子入するため、遠路はるばるベネット伯爵領にまでやってきた。

ベルンと食料庫で二人っきりでいたのは普通に面接中であった。

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