7話 魔の曲がり角

 ソフィの部屋を出てすぐにある曲がり角。

ここはいくら急いでいても気をつけなければいけない。何故かここの曲がり角での事故発生率は異常なのだ。


 俺は今までここでお嬢、メイド長、ソフィ、アーシャ、マリンという錚々たる面々との大事故を引き起こしている。魔の曲がり角なのだ。


 因みに事故を起こした面々の中でお嬢とメイド長には超叱られた。他の皆はお互いにごめんねと言い合って別れたというのに。やはりあの天敵二人組は器が小さいな。ふにゃふにゃ二人組とは大きな違いだ。もしユニット総選挙があればふにゃふにゃ二人組の圧勝だろう。


 そんな魔の曲がり角を前にしてこのまま走り抜けるなど愚の骨頂。最強天才のルナ様はしっかりと過去の経験から学んでいるのだよ。こういう場合は顔だけ出して曲り角の先を確認すればいいのさ。


 全く、俺はなんて頭がいいんだ。


 壁に背を付き、顔だけ曲がり角から出して奥を確認すれば、丁度メイドの一人であるルルが布の掛けられた重そうなワゴンを持って歩いて来ていた。


 ふっ、こんなところでぶつかる俺ではないのだよ。本来なら確認せずに出て行ってルルに激突していたところでも今日の俺は一味違う。やはり確認は大切だ。


 ルルが通り過ぎたところで曲がり角を曲がる。………蹴り飛ばされた。痛い。


「ん?なんか蹴ったか?」

「なんか蹴ったか?じゃない!!何してくれとんじゃこの不良メイドが!!」

「誰が不良メイドだ!今尚仕事中だろうが」


 余裕綽々で曲がり角を曲がった先に待っていたのはすらっと伸びたきれいな脚だった。

 正直な話、避けられないこともなかったと思うんだけど、唐突に出てきた綺麗な脚に見とれてしまった部分もある。その結果、俺はルルの後ろから歩いて来ていたルルの妹で不良メイドのララに蹴飛ばされていた。


「ん~?どうしたのララちゃん…ってルナちゃんもいる〜。気絶してるって聞いたけど大丈夫なの〜?」


 俺とララの言い争いに気づいたのかルルが荷物を置いてからこちらを振り返った。真っ先に俺の心配をしてくれるなんて優しい子だよ本当に。


 それに比べて妹ときたら…


「そっちはもう大丈夫だけど、今お宅の不良メイドに蹴飛ばされた」

「あらあら」

「おい、人聞きの悪いことを言うんじゃねーよ。ただの事故だろうが。というか曲がり角の先を確認しないお前が悪い」


 妹の非行行為を姉に告げ口すると、鋭い目でにらみながら理不尽なことを言ってきた。

 全く、俺が確認をしてなかったとでも思っているのか?


「確認したんだよ!した結果ルルしか見えなかったんだよ!」

「ルルが通ったあとにもう一回確認すればよかっただけだろうが。人のせいにするんじゃねぇ」

「正論はやめよ!繰り返す正論はやめよ!」


 なんで不良メイドのくせに頭が回るんだよ!言われて見ればその通り過ぎて何も返せないじゃないかコンチキショーめ。


 超ムカつくんですけど!


 ムカつくからどうにかいちゃもんをつけられないか悩んでいたら、予想外な方から援護射撃がきた。


「ん~でもぶつかっちゃったのは事実なんでしょ〜?なら謝らないと駄目だよララちゃん」

「そうだそうだ」


 まさかルルがこちらの援護をしてくれるとは。これで一気に形勢逆転だ。今この場において一番強いのは間違いなくルルである。戦闘力とかそういう話ではなく、ね。 


 そんなルルがこちらに付いたということはララは一気に不利な状況になった。お姉ちゃんに勝てる妹なんていないのだ。アーシャ、ソフィ、俺の関係性みたいにね。


 つまり俺は今、鬼に金棒ペットに魔銃状態だ。誰にも負ける気がしない。


「ほらほらララちゃ~ん。私痛かったなぁ。見てよ尻尾も萎びれてるんだよ。ごめんなさいの一つくらいあってもいいんじゃないかな〜」


 尻尾をフリフリ耳をピコピコ上目遣いでララに迫る。ララの目付きはどんどん鋭くなっていくけど、もう勝負は決しているのだよ。大人しく俺に謝りたまえ!


 若干ニヤケが抑えきれなくなってきたとき、後ろからこんな言葉が聞こえてきた。


「う〜んでも、あまり前が見えてない状態のララちゃんの前に飛び出すルナちゃんのほうが悪いのかな〜?お姉ちゃんどっちか分かんなくなってきちゃったよ〜」


 あれ?ルルさん?援護射撃が俺の肩を貫通してララの方に飛んで行ったんですけど?気の所為かな?


「ん~。それにルナちゃんのことだから、避けられたんじゃないのかな〜。眼の前にルナちゃんの大好きなララちゃんの綺麗な脚があったから、見とれてる間に蹴られちゃったとかなのかも〜」


 痛い!!え?ルル!?今俺を狙って撃たなかった?背後から急所へ一直線の弾丸が飛んできたんだけど?

 なのかな〜とかそんなレベルじゃなくて完璧に正解を当てられてるんですけど?

 というかなんで俺がこの不良メイドの脚が好きなの知ってるの!?まさかララに膝枕されたいという俺のささやかな願いも見透かされてないだろうな?


 やはりルルは侮れない。


 段々とこの場に危険な匂いが充満してきた。このままここにいると、俺が不利になるのも時間の問題だろう。


 ここは逃げるが吉だな。


「全く、不良メイドは謝ることもできないなんてね。ここは私が伯爵家のペットとして寛大な心を持って許してあげようかな。ルルの言っていることが図星で敗戦が濃厚になってきたから逃げるとかそういうのじゃないよ?やっぱ私は伯爵家のペットだからさ〜。皆の模範となるような行動を心がけないといけないんだよね〜。伯爵家のペットも楽じゃないよ本当に。じゃ、そういうことで」


 俺は超長い捨て台詞を早口で捲し立て、脇目もふらずに走り去る。


 これで勝ったと思うなよ不良メイド!いつか『先日は申し訳ありませんでした。お詫びと言ってはなんですが膝枕をどうぞ』って言わせてやるからな!脚を洗って待ってろよ!














 …………あれ?俺は一体何してたんだ?

 夜ご飯さらに遅くなるじゃん!


 このあと走るスピードが一段速くなったのは言うまでもない。




新しい登場人物

ルル・スクワート(ルル)24歳 人族

桃色の髪に黄緑の瞳を持つゆるふわ系垂れ目お姉さんメイド。

スクワート男爵家の三女で双子の妹ララとともにメイドとしてベネット伯爵家にやってきた。

基本的に誰にでも優しく、聖母のような女性だが、怒ったときにはあのメイド長以上の無言の圧力を発するらしい。

天然で人の急所を抉る言葉をかけることがある。

年齢がそこまで離れていないこともあり、マリンととても仲がいいらしい。


ララ・スクワート(ララ、不良メイド)

24歳 人族

赤色の髪に黄緑の瞳を持つ麗人系吊り目メイド。

スクワート男爵家の四女で双子の姉のルルとともにメイドとしてベネット伯爵家にやってきた。

仕事態度は真面目で主人や客の前ではお淑やかなメイドとしての完璧な仮面を被る。

その揺り戻しかルナやルルの前ではガサツな言動をするため、ルナには不良メイドと呼ばれている。

美人で冷たい印象があるがその実内面は乙女な部分があり、レイラの護衛騎士であるエインに恋をしている。

ルナに渾名を付けられている二人、結構お似合いなのかもしれない。




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