20.包囲網と作戦.T
―――カラオケボックス
7月の始めの土曜日、俺とみやびさんはカラオケボックスにいる、2人きりでカラオケデート……なら良かったんだけど、他にも4人いて、智行(前出)と哲平(大鷹)、それに中広(ももか)さんと矢矧(さな)さん、つまり俺の友達とみやびさんの友達で一緒に来ているという訳だ。
智行達は俺に協力してくれて、中広さん達もある意味俺に協力してくれている。
普通なら心強いと言えただろうけど、不安がある、それはみやびさんが普通の女の子では無いという事だ。
ノリと勢いが何処まで許されるか、俺にはその加減が分からない、それにこの前慎重に行こうと決めたばかりだというのに、いきなりこんな包囲網を敷いてしまって大丈夫なんだろうか。
一応、智行と哲平は中広さんや矢矧さんと仲良くなりたいという下心もあるようだけど。
始めの座る位置はお互いに3人ずつ横並びで向かい合ってたんだけど、歌わないみやびさんがどんどん後ろへ、そしておれがその隣となった。これは多分智行達はそうなるようにしてると思う。
「みやびさんは歌わないんですか?」
「まだこの身体で歌った事が無くて、不安でね」
と小声で返してくれた、たしかにぶっつけ本番は不安だろう、だけど失敗してもいいじゃないか、笑うような連中じゃない、と思うんだけど。
「大丈夫ですよ、皆は笑ったりしませんから」
「そうだね、そうだよね、……あともう一つは今の歌を知らないんだ、少し前の歌になっちゃうんだけど」
「それも大丈夫ですよ、5年くらい前なら聞いたことあると思うんで、それくらいならいけそうですか?」
「うーん、そうだね、それくらいならあるよ、フルで歌えるかは分かんないけど」
「大丈夫です、それで行きましょう、入れますよ」
「え!―――ちょっと待ってまだ心の準備が……」
「もう入れました」
Another View
「なんだか2人でコソコソ話してるね」
「イチャイチャしてる感じ?」
「いつもイチャイチャしてるけど、なんか今は敏夫が押してる感じに見えるな」
「珍しく弱気だよねみやびちゃん」
「確かに、いつもなら背筋を伸ばして堂々としてるもんね」
「今光野くんが入れたの女性ボーカル?」
「見てた感じだと光野さんの歌っぽいな」
「みやびちゃんの歌聴いた事ないからから楽しみだな、でもちょっと古い歌だよね」
TOSHIO View
初めてみやびさんの歌を聴いたんだけど、ヤバい、メチャクチャ上手い、そして声が綺麗でしっかり出ている。
皆が聴き惚れていたように感じた、本当にそれくらい上手かった。
歌い終わったらみやびさんは直ぐにジュースを入れに行ってしまって俺も付いていった。
「みやびさん凄く上手かったですよ、皆聴き惚れてました」
「そうかい?自分でもビックリしているよ、女性ボーカルがこんなに歌えるだけでも良かったけど、高い音なんかも出たからね」
「もっと沢山聴きたいなあ」
「うーん、正直あまり歌いたくないかな」
「なんでですか?恥ずかしいとか?」
「それはあるけど、皆に歌って楽しんで欲しくてね」
「それならみやびさんももっと歌わないと、皆から見たらみやびさんが楽しんでないように見えて、気を使っちゃいますよ」
「あー、そういえばそうだね、うん、じゃあ順番に歌う程度には歌うよ、敏夫君、ありがとう」
哲平からメッセージが。
"中平さんと話をして、外に行け"
どう言う事だ?
「みやびさんそろそろ戻りましょうか」
「うん、そうだね」
要領を得ず、部屋に戻り中平さんに話しかけた。
中平さんは俺とみやびさんの顔を見て、話し始めた。
「此処じゃアレだから外行かない?」
「え?別に良いけど、なに?」
「まあまあ、ね」
そうやって、俺の手を引っ張って、外へ連れ出された、店内じゃ無くて、外へ。
え!?外!?
「ちょっとコンビニで時間潰そっか」
「え?どういう事?」
コンビニに行き、飲み物を買って店内スペースに座って話し始めた。
「うんとね、みやびちゃんって危機感が足りないと思わない?」
「危機感…というと?」
「敏夫君を誰かに盗られる危機感、かな」
ますます分からんのだけど、俺を誰かに盗られるって、そもそもそういう関係じゃないし。
「あ、先に確認なんだけど、みやびちゃんの事、本気で好きなんだよね?」
「ああ、本気で好きだ」
「おおう……、そんなに真っ直ぐに返事が来るとは思ってなかったよ」
当たり前だ、俺は本気なんだ。
「みやびちゃんと敏夫君は凄く仲がいいけどまだ付き合ってないんだよね?」
「あ、ああ、そうだね」
「例えばさ、その状態でみやびちゃんに彼氏が出来たら、敏夫君は盗られたと思わない?正直に話してね」
正直に、か。うん、そりゃあそう思うかな、本気だし、盗られたくないって思ってるし。
「うん、思うね、悔しくて眠れなくなるかも知れないな」
「だからみやびちゃんが他の男の人と仲良くしたり、一緒にいなくなったりしたら心配にならない?」
「まあそりゃ心配に……そういう事か」
「そう、そういう事、ちゃんとみやびちゃんに牽制してるから」
「だから態々外にまで……全く……」
「でも敏夫君に気があるならこれは効果があると思う、なんかみやびちゃんさ、絶対敏夫君の事好きだと思うのにあえて気付かない振りをしてるように見えるんだよね。だからさ、これで自分の気持ちに気付く切っ掛けにならないかなって思って。
それにさ、みやびちゃんと付き合いたいでしょ?だったら協力に感謝して欲しいな」
「まあそうかな……そうかも?ありがとう?」
「いえいえ、じゃあもう少し時間潰そっか」
そうやって大体30分くらいたった。
「あー、今さなちゃんから連絡入ったけど、大分落ち込んでるみたいだね」
「大丈夫なのかこれ、ちょっとやり過ぎじゃないか」
「まあコレくらいの荒療治じゃないとね、みやびちゃんには早く自分の気持ちに気付いて欲しいんだよね、なんか焦れったくて」
「あ、俺にもみやびさんからだ……帰るぞ」
「そうだね、そろそろ戻ろっか、戻ったらちゃんと慰めてあげてね」
「言われなくても分かってる」
部屋に戻るとみやびさんの目が一瞬輝いたように見えたけど、直ぐに見るからに落ち込んでいた。
みやびさんの所へ戻る。
「ただいま、みやびさん」
そう声を掛けると顔をハッと上げ不安そうに話し始めた。
「……敏夫君、どこへ行ってたんだい?……し、心配したじゃないかあ」
「ちょっと中平さんと話しがあって、でももう終わりましたから、それにすみませんでした、置いて行ってしまって」
「わ、私の事、嫌いになった訳じゃないよね?」
「はは、俺がみやびさんの事嫌いになる訳ないじゃないですか、心配性だなあ。
ほら、大丈夫ですよ、ヨシヨシ」
本当に効果テキメンみたいで、俺と中平さんが居ない間に何があったのか気になるくらいだった。
あまりに弱っていたように見えたので思わず頭を撫でてヨシヨシしてしまった。
そうすると嬉しそうに気持ちよさそうにしていた。
「ふふ、頭を撫でられるのは心地いいものなんだね」
「俺も髪の手触りが良くていいですよ」
スマホにメッセージが、"デュエット曲入れたから、最低でも歌ってる時にアピールしろよ"と、余計な事を、智行は雰囲気と勢いだと云ってたけどどうだろう、今ならいけるんじゃないか?やってみるか。
「みやびちゃん次デュエットだからね」
「え!え?デュエット!?誰と?」
「んー、誰が良い?選んでいいよ」
矢矧さんが怖い振りをする、大丈夫だ、俺が選ばれるはずだ自信を持て。
みやびさんは真っ直ぐ俺だけを見て。
「敏夫君、お願い」
「任せて下さい!」
分かってたけどね、それでも嬉しい。
1番が終わり、間奏中に俺は思い切ってみやびさんの肩を抱いて引き寄せた。
驚いて俺を見あげるみやびさん、俺もみやびさんを見てウィンクした、一瞬驚いた顔をしていたけど照れていた。
皆は大盛り上がりで、さらにみやびさんは照れて紅く染まっていた。
「大丈夫ですか」
「な、何が?あ、うん、大丈夫」
実は拒否反応が出てたら不味いなと思って確認したけど平気そうだ。
この歌には2番にお互いに"好き"という歌詞が入っている、擬似的ではあるけど告白が出来る、あくまで擬似的に。
歌詞をちらちら確認しながらもお互いの顔を見ながら歌っている、いい感じだ。
さてそろそろだ、肩は抱き寄せたままみやびさんを見つめるみやびさんも俺を熱い瞳で見つめている、ような気がする、もしかして、期待してくれているのだろうか、まさかそんなと思う、だとしたら嬉しいけど。
"好きだ"の部分を"好きです"に変えて、真っ直ぐ見て、歌った。
みやびさんの肩が跳ね上がるのが分かった、分かっていてもドキッとしてくれたんだろうか、皆は盛り上がった。
みやびさんの"好きです"と歌う場面はずっと俺を見つめていて、熱さを感じた、歌詞はそのままに歌っていたけど、皆は凄く盛り上がった。
歌い終わり、拍手の中席に戻った。
俺はみやびさんに何も言い出せずにいたけど、みやびさんから話しかけてくれた。
「コホン、えーと、うん、疲れたね、でも、うん、気持ちよく歌えたね」
「……はい、そうですね、とても気持ちが籠もってました」
そう言って、お互いに見つめ合っていた。
思い切ってまたしても肩を抱き寄せた、みやびさんは特に抵抗しなかった。
みやびさんは俺の胸に手を当てて、俺を切なそうに見上げていた。
―――ああ、もしかして、このまま……
周りはシーンとしていて、皆が固唾を呑んで見守っていた。
ハッとして、俺はみやびさんの肩から手を離した、みやびさんもそれで気付いたようで俺の胸から手を離し、辺りをキョロキョロとして、頬どころか顔全体を紅潮させ、俯いた。
「なんだよ、最後まで行けよなそこはー」
「哲平うるさい、皆が見てる前で出来るわけないだろ」
「そ、そうだよ、皆見すぎだよ、流石に恥ずかしいんだからね」
「お?ってことは、2人ならキスしてたって事かー、失敗したなー」
「いやいや、いくらなんでも2人で盛り上がりすぎでしょ、流石に」
「そうだぞ、場所を考えてくれよな」
「いやそれは、…すまん」
「みやびちゃんゴメンね、敏夫君借りちゃって、ちょーっとアドバイスしてたんだけど長引いちゃって」
「ううん、大丈夫、気にしてないから」
「でもこれで今までよりももっと親密になれたし、みやびちゃんも自分の気持ちに正直になれたでしょ」
「あー、うん、そうだね、ちょっと自分の気持ちが分かった気がするよ」
「みやびちゃん、今の自分の気持ちを大事にしたほうがいいと思うよ、素直になろ?」
「……うん」
こんな事があって、カラオケは終わった。
―――自宅
カラオケから帰る時、晩ご飯の準備までお互い無言で過ごした。
でもそれは嫌な空気じゃなくて、なんだか暖かい、馴染むような空気だった。
晩ご飯の時間はいつも通りだけど、少し違う気がした。
当然悪い意味では無く、いつもより料理は美味しく感じられ、いつも通りの会話なのに何か暖かく、俺達はより親密になれたような気がする、そんな時間。
……今日はなんというか、皆のお陰で大きな、大きな一歩を踏み出せたと思う、それに今までと違いみやびさんもこちらに踏み出してくれた。皆には本当に感謝している。
というか、本当にあの時はキスまでいけたのだろうか、でも今ならしなくて良かったような気がする。
してしまったらその後が大変な事になりそうな気がする。気がするばっかりだけど、分からないんだ。
こんなに関係が進むなんて思わなかったから。一気に進みすぎてまだ実感が湧かない。
明日、目が醒めたら夢だった、そんな気がしてしまうほど今は夢見心地な気分だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます