19.好意の中身.M

MIYABI View


―――土曜、自宅


まだ朝は早く、出掛ける準備には早い、普段通りに朝食も準備するしね。

そう思い部屋を出て、顔を洗い身だしなみを整え、キッチンで朝食を作り始める。

そうしていたら敏夫君が降りてきて朝の挨拶を交わす、デート前に顔を合わせる事に違和感しかない、男の時でも同棲はした事無かったからね。


9時頃出発という事で逆算するとそろそろ準備が必要かと思い、自分の部屋へ。


おめかしが終わり、敏夫君に姿を見せると、めちゃくちゃに褒められた、なんだい女神様って、それは言い過ぎじゃないかなあ。


「褒めすぎだよ、なんだい女神様って。……そんなに似合うかい?」

「ええ、似合ってますよ、それに本当に綺麗です」


そんな事を大真面目な顔で言うんだから、私の顔は真っ赤になるのが分かり、落ち着かなく、手をもじもじとさせてしまう。

凄く気分が高揚していくのが分かる、気に入って貰えるように服を着て、褒められているのだ、そりゃあこうなるよね。

しかし敏夫君、それはあれだ、私のような人に言って良いセリフじゃない、いや似合ってると言われれば嬉しいけどね、凄く照れるじゃないか。


「褒めすぎだよ、恥ずかしいじゃないか」

「みやびさん」

「な、なんだい?」

「今凄く可愛いですよ」


この子はなんて事を言うんだろうか、私が可愛い?まだ男の心を持つ私はそんな事を言われても嬉しいはずが……。

―――嬉しい。

不思議な事に敏夫君に"可愛い"と言われて嬉しい事に気付いた、今までとは違う、嬉しさ。

昨日まではこのような感情は出なかったはず、それに今までは褒められてる事に対する嬉しさだったけど、これは違う、明確に"可愛い"と言われて、敏夫君に可愛いと思われる事が嬉しい。

もしかして、私の女の子として変化している部分が、そう感じているのだろうか。


「ちょ、ちょっと、……本当にもう、…ありがとう、嬉しいよ」


そう答えるのが精一杯で、心の中は溢れ出る"嬉しい"という感情に、戸惑っていた。


「それじゃあ、行こうか」


―――映画館


ようやく落ち着いてきて、でもまだ嬉しいという感情は残っている。


映画館に少し早く付いたようで、今時間を潰している。

映画鑑賞中の飲み物を買っておこうと思ったけど、ここは私が行くより敏夫君にお金を渡して行って貰ったほうが良いだろう。

そう思いお願いとお金を渡そうとしたら、ジュース代くらいは自分で出すと言って聞かない、しかし敏夫君は実家からのお小遣いでやりくりしているはずだ、なので奢ろうとする気持ちは嬉しいけどしっかり話しないといけないな。


「あのね、気持ちは嬉しいよ、でもそういうのは自分で稼いだお金でやりなさい、他はともかく私に対しては、ね」


そう、少ないお小遣いをここで使うのは駄目だ、私が普通の女の子であれば話は別だけど、そうじゃないのだから、私が出すべきだと思う。

バイトなんかして自分で稼いだお金だったら素直に受ける所だけどね。


「この映画の前作って見た?」

「ええ、といってもネットの動画サービスですけど、面白かったんで、どうせならと思って」

「私も家で見たな、でもタイトルだけだと続編って分かりにくくて、シリーズも一杯あるしね」


そんな感じでお説教した事を引きずらないように積極的に話かけた。


映画が始まって1時間ほどした頃だと思うのだけど、右の肘掛けに手を置いていたら、突然敏夫君が手を重ねてきた。


ビックリ、いやドキッとした。

間違えて手を置いた訳じゃないだろう、ずっと手を置いているし、そうなると意識して手を重ねてきた?

手を引くかどうか考えた、つまりこれはどこまで敏夫君に許すかという問題だ。


今日はデートだから、ある程度そういう事をしたくなるのも分からなくもない、相手が私とはいえ、見た目は女の子。そして可愛いと思ってくれている。

問題は私は男の心がまだあって、嫌悪感や拒否反応が何処で出るか、そういう事だと思う。

拒否反応が出るならとっくに出ていて、手を引いているだろう、だから多分そういう感情はない。

そして私はどこまで許すかだけど、どうだろう、ふと出掛ける前の事を思い返す……"凄く可愛い"その声と言葉を思い出すと、私はまたしても嬉しさに溢れ、急激に手を重ねている事、敏夫君と触れ合っている事が恥ずかしくなってきた。


手を引いた、恥ずかしすぎてとてもじゃないけど手を触れていいられない。

当然敏夫君の顔など見れず、紅潮した顔がバレない事を祈って映画に集中しているフリをした。

この後の映画の中身は殆ど頭に入らなかった。


映画が終わった後も私は恥ずかしさと自分の中の正体不明な感情の嵐で何も話せずにいた。

そうやって嵐が落ち着くまで大人しくしていようと思った矢先に。


「すみませんでした、手を重ねてしまって、……どうしてもみやびさんの手に触れたくなって、したくなってしまって、我慢出来なかったんです、ごめんなさい」


と頭を下げてきたのだ。

ちょっとまって欲しい、ここは人目もあるし、何より私自身がまだ落ち着けていない、どこかお店で落ち着いてから話をしよう。


「ちょっとまって、まずは何処かお店に入って落ち着いてから話をしよう」

「……はい、分かりました」

「それでね、私はお肉が食べたいんだけど、いいかな」

「それなら前回のステーキ店に行きましょうか」


入店待ちの時間で段々と落ち着いてきて、頭の整理が出来てきた。


まずは先程敏夫君が謝ってきた手を重ねられた事、これは正直、嫌な感じはしなかった、拒否反応が、男に感じる無理だと思う感情は出てこなかった。

ただ、我慢出来なくなってというのはいただけない、そこには釘を刺しておかないと暴走しても良い、という事になってしまう。


そして私の感情、可愛いと言われた事に対する反応、恥ずかしいだけじゃなくて、湧き上がる嬉しいという感情、そして正体不明な高揚感、私の女の子の心が反応してしまっているのは間違いない、だけど、それを受け入れるかどうかは話は別で、私にはまだ無理だと判断する。


まずは敏夫君と仲直りをしないとね。

丁度前回と同じステーキ店だし、敏夫君に頼らせて貰おう。

前回と同じ300グラムを注文した際、敏夫君もハンバーグセットを頼んでいた、これなら問題ないだろう。


案内された先の席で、私は敏夫君に奥のソファー席にエスコートされた、男の時なら自分がエスコートしていた場所に自分がエスコートされるなんて、女の子なんだもんなあ、と思い、素直に座った。


お互いが席に座ったので私は話をした。


「これは言おうかすごく迷ったんだけど、正直に言うとね、そんなに嫌じゃなかったんだ、だけどね、今日出かける前に言われたことを思い出して、急に恥ずかしくなってきて、思わず手を引いてしまったんだ」


それだけが原因じゃないんだけど、それは伏せた。


「あの、……俺のことを嫌いになったりは…」

「そんなことあるはずないだろう?君は私にとって大事な、大事な……なんだろうね、とにかく大事なんだよ。

それでね、確かに急ぎすぎかなという感じはするけど、手を重ねたことについて謝らないでほしい、私も何も言わなかったのが悪かったのだし」


そう、以前なら君は義母から預かった大事な息子さんだからだったけど、今は違う、私にとっても大事な人となりつつある、なんだか一緒にいたいと思わせてくれる。具体的に何が大事かと言われるとそれはまだ分からないのだけどね。


「そんな、悪いのは俺です、みやびさんの気持ちも考えずに自分が我慢できなくなったからって、手を重ねたりしなければ…」

「謝らないでと言ったよ、そこは反省してるようだし次からは気をつけてね。」

「…はい、分かりました」

「はい、この話はこれで終わり、ご飯は楽しくないとね」


慣れない事をしてるなあ、なんて思いながら会話を終わらせた。


少しあって食事が運ばれてきた。

そして、やっぱりというか、想定通りというか、4割ほど残してしまった。


「いやあ、やっぱり無理だったね、だからさ、敏夫君」

「分かってますよ、残りはいただきますね、全部交換しますよ」


そう言って、空のプレートとご飯に加え、今回はお箸やナイフとフォークまで交換してしまった。

え、そこまでするのかい。それはちょっとなあ……まあ、良いけどね。

今回は堂々とした間接キス、本当は残りを食べて貰って仲直りしたかっただけだったんだけどね。


「うん、やっぱり敏夫君は頼もしいね、ちょっと変態っぽいけど」


一応一言だけ付け加えて言った。


その後は敏夫君の見たい店に行って、私の服を買って、スーパーに寄ってから帰った。


映画館ではちょっと失敗しちゃったけど今日のデートは楽しかった、敏夫君も外に出られてリフレッシュ出来ただろうか。

また何処かに行きましょうとデート予告をされた、うーん、まあ、それなりの頻度なら良いけど。

でも明日はゴロゴロしていたい、そんな事を言っていたら敏夫君が外に連れ出すなんて事を言い出した。

外の楽しさを教えてもらう分には良いけど、ちゃんと教えてくれよ。


「任せてください、と言いたい所ですけど、俺も女の子を連れて行って楽しい場所は余り知らないんで頑張りますよ」


と思っていたら、"女の子"として、らしい、あー、うーん、女の子としての楽しさなんかも分かってきたら受け入れられるかなあ。



敏夫君は多分私に好意があるだろうと思う、でもそれは前にも思ったけど近すぎる場所に女の子がいるから起きた気の迷い、勘違いというやつで、こんな中身がおじさんを本気で好きになどなるはずが無い。

かと言って近すぎるのが原因なら分かれて別々に暮らす、というのも現実的な選択肢じゃない、それが出来るのならそもそも敏夫君は居候などしていないはずだから。


翻って私はどうなのか、今日少し実感してしまったんだけど、多分好意はあると思う。

でもそれは恋愛感情的なものではなく、家族的、保護者なものなんじゃないだろうか。

まだまだ33才おじさんの心がしっかり残っているのだから、その感情で合ってると思うんだけど。

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