座敷わらしの宿

ニッケルとリチウム

座敷わらしの宿


旅行がね、趣味なんですよ。

だから美容室でカットしてもらってる間とかはタブレットで旅行雑誌をよく読むんですけど。

その日はカラーリングで30分位空き時間があったから旅行雑誌を何冊か流し読みしてたんです。


その中の1冊、雑誌名は忘れたんですけど

『座敷わらしの宿特集』

みたいなのやってて。

最近テレビでもやるじゃないですか、芸能人が実際に泊まって座敷わらしに会えるか?みたいな。

それに出るような旅館が何箇所か載ってたんですよ。



何気なく読んでたら、その中の1つの旅館が何か自分の中で引っ掛かるんですよね。

自分がそこに泊まった事は無い筈なのに、その名前とその旅館がある地域に覚えがあるような気がして。

家に帰ってからも何となく気になったんでパソコンでその旅館を検索しようと思って検索窓に宿の名前を打ち込んでみたんです。

そしたら検索予測に

「(旅館名) 〇〇県」

て紫の文字、要は過去に自分が検索した履歴があったんですよ。


で、改めて検索して思い出したんですけど。

そこ昔、親戚が旅行先で泊まった旅館だったんですよね。でもその時自分が調べた理由が、親戚の「何か不気味な所だった。」って感想を聞いたからなんですよ。



そこ、その当時はマニアにはそこそこ有名な心霊スポットだったんですよね。



その旅館を検索すると実際に泊まった人達が

「真夜中、部屋の真ん中に家族以外の人影を見た。」

とか

「寝てる時に枕元を誰かが通った。」

とか、所謂心霊現象を経験したっていう主旨の書き込みが多かったんです。


でもこの旅館、他の心霊スポットとはちょっと違うというか変…まあ心霊スポットって時点で充分変なんですけど。

そういったところが2つあって


まず、心霊スポットと呼ばれる割にそういうことが起きるようになった「所以」が無い、というか調べても出てこないんですよね。

心霊スポットって大体は「そこで事故にあった男の…」とか「元々病院だった所に…」みたいな、要はその場所でそういった現象が起きる様になった「所以」がある筈なんですけど、そういうのが一切わからないんです。

まるで「ある時からいきなりそういった事が起きるにようになった。」みたいな感じで。


それで、2つ目なんですけど。

「宿泊者全員、見てるものが違う」んです。

普通、そういう心霊スポットでの体験談って一貫性があるんですよ。男の霊が出るとされる場所だったら「私も見ました!」みたいに同じような体験談が集まって、それで心霊スポットとしての方向性が定まってそこから有名になるみたいな流れがあるんですけど。

「洗面所の鏡に男が写った」「女が窓の外に立っていた」「老婆が枕元に正座していた」みたいに皆が違うこと書いてるんですよ。

「ぼんやりとした大きな影が部屋の隅にいた」なんてのもありましたっけ。

仮に心霊スポットとしてでっち上げようとするにしても、前の人の書き込みに便乗した方が信憑性が増すじゃないですか。でもそういうの完全無視で。結局そこに何がいるのかがいまいちわからないんです。

でもこうなると逆に、見てるものは全員違うけど「よくわからない『何か』がいる」事には間違いないと思うんですよね。だから心霊スポットになったんですよ、きっと。



話を現在に戻します。

どうやら今、その旅館は「座敷わらしの出る旅館」になってるらしいんです。

以前は「いつからいるのか、何故そこにいるのかもわからない『何か』が棲み着いている場所」だった旅館が、です。

順当に考えると今までの心霊現象は全部座敷わらしのせいで、旅館側が流行りに乗っかってそれをアピールしだした、って事になるんでしょう。

でもそういう事ではないと思うんですよね。



たぶん、旅館側も限界だったんですよ。自分達には全く身に覚えのない、でもそこに棲み着いてしまった『何か』に怯えるのが。

『座敷わらし』って事にしてしまえば、幸運を呼ぶ守り神なんだってことにすれば怖くなくなるじゃないですか。怯えなくて済むし、そうやって有難がっておけば悪さもしないんじゃないかって、そう考えたんじゃないかと思うんですよ。

そんなことしたって根本的にはなんの解決にもならないんですけどね。

これからもあの旅館はその『何か』を有難がり、それが棲み着く部屋に旅行者を泊めることでしょう。泊まった人にどんな影響を与えるかもわからないまま。



ところで、その雑誌の特集には宿泊者の感想が掲載されていました。

他の旅館は「子供の走る音が聴こえた」とか座敷わらしについて言及する感想だった中、件の旅館だけはそれについて一切触れていない、一見するとありきたりな感想が書いてありました。

読んだ当初は何とも思わなかったんですが、今になってその意味を考えてしまいます。



「生まれ変わった気分です。本当にありがとうございました。」



せめて何も起きていませんように。

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