最終話 真実のラストシーン

「おーい、黒須、授業中だぞ」


「あ、はい、すいません」


 僕は先生に注意された。


 と、そこまでのシーンがモニターに映っていって、そこでいったん映像は静止した。


 白衣を着た何人もの研究員たちがその画面を注視している。備え付けられている大きな装置を何人もで操作してひとつの作業を行っている。装置と繋がっているガラス張りのカプセルルームのなかにいる患者の脳へのイメージのインプット状況を逐一確認している。


 再び同じ場面が再生された。


「おーい、黒須、授業中だぞ」


「あ、はい、すいません」


 そして、もう一度これをインプット。


 ── ここは、地下にある総合研究実験棟の実験室だ。ここを「カエル部屋」と呼ぶものもあれば「アヒル部屋」と呼ぶものもある。いくつもの棚や水槽が並ぶ。


 まぶしいくらいに明るい蛍光灯で照らし出された四つのカプセルルームがちょうど、人間の脳にある四つの脳室と同じように並んでいる。


 そしてその中には四人の小学生の患者がそれぞれ横たわって入っている。


 アギト、トミ丸、ガールジェシカ、そしてかずゆきだ。


 彼らは、秘密生物兵器である遺伝子時限装置による“クローン死”の状態にある。この兵器はおもに脱走クローンに使用されているものだ。


 ── そう、つまり、彼ら四人はクローンなのだ。


 そしてまもなくこの実験室において、かれらのクローン蘇生の作業は終わる。今は意識に働きかける最終段階のところだ。クローンに生まれつき組み込まれているネガティブな脳内イメージに対処するためのプログラムを行っているのだ。もちろん彼らを救うためだ。


 ちなみにインプットされているこのストーリーはAIが彼らのジャンクDNAを読みとってつくられたストーリーである。


 四人の脳は装置によって、今は、ブルートゥースのようなワイヤレス伝達式に細胞外スペースで繋がっていて同じイメージのそれぞれの目線のなかにいる。


 そしてこの施設は、生命倫理上において許すことのできない蛮行を繰り返す今の独裁者に抵抗する地下組織によって密かに運営されている。


 再びインプット映像の形成作業だ。


「無限大なんだ」


「無限大なんだ」


 という最後の力強いシーン。


 何度も繰り返しインプットして意識下に擦り込んでいく。


 と、そこで、コツ、コツ、コツとい重い足音が部屋に通じる通路の奥から聞こえてきた。


 その音を聞いて、研究員たちが一斉に作業をやめ、姿勢を正して迎えた。


「みなさん、おはよう、進んでいますか」と、室内に入ってきたその声の主の姿は異様なものだった。── なんと、首から上だけがアヒルの人間だったのだ。


「はい、研究室長。順調であります」と一人が答える。


「そうですか、それはよかったです。」とアヒル氏はうなずく。彼は地球上に存在しない生物をつくろうとした合成生物学の実験の過程で生まれた。


 昔から科学者は人間と動物のキメラをつくろうとしてきた。彼はそんな狂喜のキメリズムの犠牲者だった。そしてこの組織の指導者的な立場になった。


 アヒル氏は後ろ手に組み、室内を歩きながら語り始めた。


「彼ら四人は私と同じで、この歪んだ世界の犠牲者なのです。実効支配を円滑にするために人種差別緩和策をとる上でガス抜きとして独裁者が行ったクローンの弾圧という愚行のです。最下層のクローンという階級を意図的に作り出して弾圧したのです。しかも子供たちに三大制限を課して、その真実を隠そうとした。生命を操作する技術の悪用はゼッタイにあってはならないのです。彼らは子供ながらも立ち上がって、クローン自由民権運動を展開しようとしたが、やがて力尽きてしまった……。かわいそうに、ずっとマンホールチルドレンのように息をひそめて、それぞれが別々の場所で発見されたのです。彼ら四人は互いに面識はないが、自由を求める気持ちはいっしょのはずです。このクローン蘇生によって再び蘇り、彼らは自由と権利のために立ち上がりつづけるでしょう。ここにおられるみなさん、どうか、彼らの未来のためにできる限りのことをしてあげてください」


「はい」と、一同声を揃え、またそれぞれの持ち場へと散り、作業を再開した。


 そのなかである若い研究員が他愛無い会話の中で生命科学の一端をガチャに例えて話したので、それに対してアヒル氏が叱責しっせきする場面があった。


 そのあとで、『夢補正ゆめほせい』の作業に入った。患者たちがイメージの全てをただの夢だと軽んじてしまわないように夢のエッジをぼかしていく細かい修正作業だ。その途中で、ある研究員がなにかに気づいて声を上げた。


「おい、このストーリーにある町のマンホール配置図と、ずっと我々の懸案だったバイオ暗号遺伝子地図の二つの図が完全に一致してやしないか?見てみろよ」


 その声にみんなが集まる。


 しかしそこでも、アヒル氏はいさめた。


「やめるのです、みなさん。もうこれ以上、生命の設計図でゲームをするなんてことは」


「は、はい。申し訳ありませんでした」と一同。


 アヒル氏はさらに言う。


「冒険の情熱は人間の遺伝子に組み込まれていると言われています。それならば、クローンの遺伝子に勇気を組み込んでみようではないか、とうのがこのプロジェクトの唯一の目的なのです」 


 そこまで言って彼はひとつのカプセルルームの前に止まった。


 そのなかには、かずゆきが眠る。


 ガラス部分に手を触れ、そっと小さな声で彼は言った。


「決して振り返ってはいけない」と。









                   

           終

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