第22話 誕生日会の夜
ヤマモトモウタを救出してから二週間ほどがたった。
二月に入り、梅の花もほころび始めた。
町はすっかり平静を取り戻したように見えた。
だが、肝心のゆうかい犯の逮捕はないままだ。
『手がかりが極端に少ないので、おそらくは迷宮入りだろう』というのが世間の見方となっていた。
町が徐々に事件前の姿を取り戻していくのとは対照的に、僕を取り巻く環境は一変した。子供だけでヤマモトモウタを救出したということでマスコミの取材を受け、インタビューでは「遺伝子差別をなくそう」と訴えたこともあり、今やこの町ではちょっとした有名人になっていた。
そして、もっと驚くべきことに、僕はなんと毎日学校へ行くようになっていた。どうやら僕は『かべ』を飛び越えることに成功したみたいだった。三人の友達ができたことや、あれほど目立つことが嫌いだったのに目立ちまくってしまったことや、ヤマモトモウタの違う側面を見たことだったりで、僕のなかで何かがふっきれてしまったようだった。
学校ではヤマモトモウタが連日のように僕のことを命の恩人だと
事件が社会問題化したせいもあって、クローンの彼はそのままのクラスに在籍できることになった。担任の杉山田先生は、「黒須は一皮も二皮もむけたようだ」と僕をほめてくれた。
僕は知らず知らずのうちに学校生活に溶け込んでいった。あまりにもすべてがあっけなかった。こんなにあっけなくていいのだろうかと思ってしまうくらいだった。
そんな二月のある夜。
僕はトミ丸君の誕生日会に招待された。
もちろんアギト君とガールジェシカちゃんもいっしょだ。
トミ丸君のママ上がとっておきのご馳走を用意してくれた。僕らはそれを食べながらワイワイ盛り上がった。大勢でする食事って、話したり、食べたり、飲んだり、また話したりで忙しいものです。ひとりっきりで家で食べるときとは全然違う。そして何よりも僕は笑顔だ。みんなも笑顔。それは空腹よりもすばらしいソースだと思う。
ところで、僕には今夜、みんなにしなければならないことがあった。それはこの場を借りて、みんなへの感謝の気持ちをちゃんと伝えるということだった。
僕はグラスに入ったジュースを一口飲んでから「みんなちょっと聞いて欲しいんだ」と言って、イスから立ち上がった。テーブルを囲むみんなが一斉に注目する。なんだか緊張してしまう。でもちゃんと言わなくちゃだ。
「実はね、僕、この頃まいにち学校に行けるようになったんだ。それはみんなのおかげなんだ。みんなに出会えて僕は変わったんだ。だから本当にありがとう」
思っていた半分も感謝の気持ちをうまく表せなかった。気持ちを伝えるってすごく難しい。それでもみんなは僕が学校に行けるようになったことを、まるで自分のことのように喜んでくれた。僕はもう一度「ありがとう」を言ってから、席についた。
ママ上がバースデーケーキを運んできた。すごく大きなケーキだ。ろうそくに火をともしてから一本づつ吹き消した。最後の一本を消し終わったとき、僕らは一斉に手をたたいた。
すると今度はトミ丸君がイスから立ち上がった。
「みんな、ありがとう。実はねボクからもみんなに言うことがあるんだ」とあらたまった声のトミ丸君。僕らは注目する。
トミ丸君は大きく息を吸ってから吐いた。
「ボクね、今夜これから勇気を出して地上に出てみようと思うんだ。みんなといっしょに地上に出たいんだ。みんなとなら大丈夫な気がする」
その言葉を聞いて、僕はこの前、星の牢獄に突入する直前にトミ丸君が何かを言おうとしていたことを思い出した。
「トミ丸君、もしかして、このまえ貝フォン越しに言おうとしてたことってそのこと?」
「うん、そうだよ」
「ねえ、ねえ、地上にいけたらなにがしたい?」とガールジェシカちゃんが聞く。
「そうだなぁ。やっぱりみんなで星がみたいな。本物の星空が。それから、かず君と仲のいい公園のアヒルにも会いたいな」
「アヒルってなんのことだよ」とアギト君。
「アヒルはね、僕のピッチングコーチなんだ」
「なんだよ、お前のコーチはアヒルだったのかよ。どうりでナックルボールの『ナ』の字もつかねえような球なわけだ」と笑うアギト君。相変わらず一言も二言も多い。
そういえば、アヒルとはしばらく会っていない。学校に行くようになってからは忙しくなってしまい、公園に行く回数もめっきり減ってしまっていた。たまに行ったときもアヒルの姿はなかった。アヒルはいったいどこでどうしてるんだろうか。まだ僕のこと怒ってるんだろうか。アヒルに会いたくなった。
ケーキを食べ終えると、僕らは公園に行くことにした。公園の真下まではママ上が運転する車で地下道を行った。トミ丸君はすごく緊張しているみたいで、車の中では一言もしゃべらなかった。
公園入り口付近の地上に出た。僕ら三人が車から降り、つづいてトミ丸君もゆっくりと助手席から降りた。でも、トミ丸君はすぐにうずくまってしまい、そのまま動こうとはしなかった。
ひっそりと静まりかえって夜の公園の前で、僕らはトミ丸君が自分の力で、自分の意志で歩き出すのをただじっと待った。
しばらくしてトミ丸君は、意を決したかのように顔を上げた。そしてうずくまったままだったトミ丸君は、まるで蝶々がさなぎから羽化するときのようにゆっくりと立ち上がり、歩き出した。その歩幅はとても小さなものだったけど、トミ丸君にとって大いなる一歩だった。
僕らはトミ丸君を囲むようにして、公園の奥にある池までの道のりを往復した。そのあとで、今度はみんなで星を見るために、オブジェの上にのぼった。僕が魔球を投げた日に突如四つに数が増えたあのオブジェだ。
四人それぞれが四つのオブジェに分かれてよじ登る。僕は『空気』という名が付いた正八面体の上だ。
(空気かぁ……)
今の僕にはもう、空気のように誰にも気づかれない存在でいようなんていうネガティブな気持ちはない。それはもちろん、みんなに出会えたからだ。
僕はオブジェにしがみつくような格好のままで夜空を見上げた。満天とはほど遠い都会の星空だったけど、僕の目には今までで一番美しく輝いているように見えた。
地上に慣れてきたトミ丸君も隣のオブジェに登ってきて、夜空に感嘆の声を漏らす。
「わー、やっぱり外で見る星空が一番だよ、ボク、勇気を出してここへ来て本当によかったよ」
「だねー」な僕ら。
「あ、あれ見て!」とガールジェシカちゃんが夜空を指さす。みんなすぐさまその方向に目を向ける。
そこにはとても素敵なものがあった。
それは、一筋の流れ星だった。
流れ星はあっという間に消えてしまい、あとには靄のような流星痕だけが夜空に残った。
「みんな、今の見た?」とトミ丸君。
「オレははっきりと見たぜ」
「アタシ、初めて流れ星を見た」
もちろん僕も見ることができた。
夜空に残された
(永続痕かぁ……)
この永続痕のようにずっとずっと長くみんなと友達でいられたらいいなと僕は思った。
でも、僕のその願いは叶わなかった。
流れ星を見たこの夜がみんなの姿を見た最後となった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます