第4話 担任との面談

 チャイムが鳴り、午後の授業もすべて終わった。


これで家に帰れる。疲労感ごとランドセルに詰め込んで帰り支度をすませると、僕はみんなより少し遅れて教室を出ようとした。


 すると、そこで先生に「ちょっと話があるから」と呼び止められた。


 再び窓際の席で対座する。先生は前の席のイスの背もたれの部分を胸に押し当てるように座っている。


 机の上に『児童翻訳機』という子供の心を理解するサポートをしてくれる機械を置いた。


「こういうのはほんとは使いたくないんだけどな、決まりだから」と言って先生はスイッチを入れた。


 先生の顔はどこか疲れて見えた。しばらくの間窓の外に目を向けて貧乏揺すりをしていた。そのあとでふと思いついたようにジャージのズボンのポケットからアメ玉を二つ取り出して一つを僕に勧めてくれた。そのときには先生の表情は緩んでいた。口の中に何かを入れたい気分ではなかったけど、断るのも気まずいので、受け取って包みから取り出すと口の中に入れた。


「内緒だぞ、みんなに言うなよ」と先生は大げさにおきまりごとを言って自分もアメ玉をなめた。


 あまり間をおかないようにと機械からの指示があり先生は話し始めた。


「今日は黒須の顔が見られてよかったよ。思ったよりも元気そうだな。うん、うん、どうだ、たまには学校に来てみるのも悪くないだろ。ずっと家にばかりいたんじゃ体もなまっちゃうだろうからな」


「……そうですね」


 公園で毎日からだを動かしていることは言わなかった。


 少しの沈黙があり、再び先生。


「黒須があの個人情報流出の件をずっと気にしているのはわかっている。被害が最小限に食い止められたとはいえ、あれは学校側として本当に済まないと思っている」


「そのせいで来ないわけではありません」


「いじめられてるとかそういうことでもないんだよな?」


「はい」


「じゃあ、黒須はほかに何か悩んでいることでもあるのか?ん?例えば勉強のこととか進路のこととか、家庭のこととか」


「特に悩みはないです」


 何かを言うことで結局は母さんを悲しませてしまうのでそう答えた。先生にわかってもらえるとも思わなかった。


 先生は頭の上に手を組みふーとため息をついた。

 地球にいつも同じ面だけを向けている月の気持ちわかる気がした。


「友達はいないのか」


「……はい」


「一人もか」


「……はい」


 まさかアヒルの友達ならいますとは言えない。


「そうか、いないのか……。じゃあ、まず、黒須はがんばって友達を作らなくちゃだな。友達っていいもんなんだぞ」


「……がんばってみます」


 この分断の世でどうしろというのか。そもそも友達制限を発令したのは大人たちなのです。そんな気持ちをアメ玉と一緒になめて溶かした。 


 チラッとそこで先生が腕時計を見た。


「よし、黒須、約束だぞ。男の一言は金鉄のごとしだ」


 そう言って先生はパンッと手をたたいた。その音は誰もいない廊下の方まで響きわたった。

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