体育祭の演説でロックしたらしい(←!?)

 体育祭応援団員選挙が、六時間目に始まった。


 六時間目にそんなことをやると聞いてるだけで眠くなってくるのでやめた方がいいと思うが、そんな声たぶん学校側には届かない。


 そもそも応援団員選挙は応募人数が多すぎて~などと心の中で文句を言うが、そもそも俺だって応募しているのだから文句を言う筋合いはないはずだろうが。


 皆緊張しているのか、演説する側の人たちが待機する空間のスペースは地獄のように静まり返っていて、秋と思えないほどの極寒だった。


 だが、翠は緊張こそしていそうだが、とはいえあまり気にしていない様子でその場に座っていた。


 かくいう俺はどうなのかといえば、他の参加者たちとは比にならない程度には緊張していた。


「日向くんめっちゃ緊張してるね!」

「あんまり喋らせないでくれ、どこかから何かが逆流してきそうなんだ……」


 緊張でげんなりとしている俺に、翠はあえてちょっかいをかけてきた。


 普段は歯牙にもかけないが、今は普通に辛すぎて堪えてくる。


 怒ってはいないけど辛いので一度𠮟ろうかと思ったが、そもそも辛すぎて動けないので叱りようがない。自分が情けないです。


「ちょっとやりすぎちゃったね、ごめん……」


 身動きすらとることが出来ない俺の様子を見て本気で反省したのか、翠が謝ってくれた。


 そもそももともと怒ってはいないのだが、それを伝える気力すらなく、気が付いたら先頭の人の演説が始まる。


 その演説の信じられないほどのつまらなさと、身動きも取れないほどの身体の辛さが強制的に脳をシャットダウンした。




 俺が目を覚ましたのは、マイクと、すでにシャットダウンされた脳のフィルター越しに翠の声が聞こえてきたからだった。


「……私がなぜ体育祭応援団員になりたいかといえば、それは月並みになりますが、この体育祭を私たち、そしてあなたたちにとって最高のものにしたいからです!」


 気が付くと、さっきは俺の目の前にいたはずの翠が体育館正面のステージに堂々と立っている姿が目に映っていた。


「皆さん体育祭は大好きですよね!? 大好きなものは本気で楽しみたいのが常だと思います! ですから皆で楽しいことやりましょう!」


 なんか翠の演説が、怪しい薬を買わせようとしてくる先輩(だいたいはサボり部員)みたいになってきた。


 心の中で勝手に突っ込みを入れている間に翠の演説が終わってしまったようで、次は俺の番が回ってきた。


 ちょっと待って、まだ心の準備が出来てない。


 とはいえ時の流れが俺を待ってくれたりすることはなく、階段の手前にいる体育主任の先生に手招きされ、背中を押されるままに壇上に登るしかなかった。


 階段を降りている途中の、やり切った顔をしている翠と視線があって、こちらにウインクを寄こしてきた。


 結構器用だな。


 当然その程度で意識を失ってしまう(寝たことに対する都合の良い言い訳)ほどの俺の緊張を解すことはできなかった。


 壇上に登り、周囲を見渡すと何百人にも及ぶ全校の生徒たちがこちらに向ける視線を感じ、それからの記憶はない……。




 気が付いたころにはそこは体育館ではなく、翠といつもあってる非常階段だった。


「日向くん、すごいいい演説だった! 皆最高だったって言ってるよ!」


 本当に俺は何をしたんだろうか。普通に演説をしただけでこんな高評価を受けることがあるとは思えない。そんなことがありえるのはなろう系小説の世界だけだ。


 そもそも常人は体育祭応援団員選挙中に意識を失ったりしないということに俺は気づいていなかった。


「俺、何したの!?」

「壇上でロックしてた」

「ロックしてた!?」


 それは、よく高専に使う修飾語である『ロック』という言葉なのか、それとも単に音楽の『ロック』を指し示しているのか。


 一瞬翠に尋ねようかとも思ったが、まともじゃない答えが返ってきたら簡単に立ち直ることが出来なさそうに思えるので、やめておいた。


 俺の死因が『ロック』って言葉の意味を聞いてしまったことだったら笑い話にもできない。


 どちらにせよ、どこからどう見ても普通じゃないことをしているし、何日もかけて考え出した演説の原稿が無駄になって悲しい。


「いやあすごかったなあ。たぶん、全校のほとんどは日向くんに投票したと思うよ」

「ほとんど!?」


 いやマジで、何したら全校のほとんどが俺に投票するようなことが起こりうるのだろうか。本当に何したのか聞きたくなくなってきた。


「翠の演説もよかったと思うけど」

「日向くんのロックに上書きされちゃったからねえ」


 本心からよかったと思える翠の演説に対して、上書きとはこれ如何に。


「じゃあ天野とかは?」


 俺の記憶だと、天野と古月と打上が立候補していた気がする。


 彼らは俺よりも前だったから、俺が気絶している間に演説が終わっていた。まあ、俺より後だったとしても記憶がないだけなんだけど。


「天野くんと古月くんは無難にすごく人気が高かったね」

「あと打上って人は?」

「打上くん? どんな人?」

「四組のパリピ」


 実際、打上はたとえ打ち上げの場じゃなくても、制服を着ていたとしても、まあまあパリピな雰囲気を纏っている。


「ああ、パリピの人! 盛り上がってたよ、日向くんほどではないけど」


 俺は死んだ。


「まあ、当選してるかどうかは当選者発表があるまでわかんないし。俺が当選してない可能性だってあるし」


 もはや当選していたら残念に思うまであるほどのネガティブな感情を抱いていた。


「発表は今週末だっけ? バイトと被ってるね」

「まあ発表だけだったら被ってても問題はないと思うよ」


 だが冷静に考えて体育祭応援団員かつ体育祭終わってすぐに文化祭がある現状、学校生活のバイトとの両立は難しいだろう。バイトのシフトを減らさなくては。


「万が一にも当選してたら、店長に相談してバイトのシフトを減らした方がいいかもね」


 なんか、陽キャたちとかいう人員も増えていたので、俺が少し削っても業務は通常通りに回るだろう。

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