断崖絶壁は、どれだけ盛っても巨乳とは言えない

「私もやる!」


 俺が体育祭の応援団に応募したということを、バイトで会った翠に話すと、翠はそうつぶやいた。


「でも翠って運動あんまり得意じゃないよね、文化部だし」

「苦手といえば苦手だね。でも運動部じゃないのは日向くんも同じでしょ」

「まあ、確かに」


 俺の中での翠は、活発といえば活発ではあるのだけどあまり泥だらけになって駆けまわったりはしないような印象だった。


 改めてそれだけ聞くとまるで、とある気に食わない陽キャ女子(名前は伏せる)みたいだが、どちらかといえば運動はしないという感じだ。


「翠って、行事は一人でちゃんとやるけどわざわざ矢面に立ったりしないタイプだと思ってた」


 俺と一緒に応援団員になるためだけに、選挙に出るという選択をしたのならば、それは俺の好きな翠とは違うと思う。


 まあ、それは陽キャになるためだけに応援団員選挙に出ようとした俺こそがその状態なんだけど。


「だけど、なんで応援団員選挙に応募したの?」

「やっぱり体育祭、本気でやるって日向くんも言ってるし、駆けずり回って泥だらけになって必死でやらないと失礼だから。立候補だけでもするよ!」


 こういうところがとてもまっすぐで誠実で、俺が翠のことを好きだと感じられる原因なんだろう。


「俺、翠のこと舐めてた。一緒に応援団員やろう。バイトは申し訳ないけど、少し休もう」

「そうだね、日向くん!」




 この高校における体育祭応援団員選挙は、演説がある。


 体育祭の後すぐに始まる文化祭の準備にもなにか備えを考えておかなければならないのに、演説もやるとはふざけているのかとも思えるが、大真面目である。


 で、俺はどの層にアプローチをかけていくか考えよう。


「翠、選挙の演説なんか考えてる?」


 バイトが終わった後に俺は、相変わらず狭さが軽減されない従業員控室で翠に尋ねた。


「まだ考えてないなあ……。あでも今のところ、本気っていうのをアピールしようと思ってるよ」


 俺が体育祭応援団員に立候補した理由の中には、なにかアピールすることがあるだろうか。


 大元を辿れば俺が立候補したのは、陽キャになりたいというあまりにも欲望に正直すぎる理由からだった。


 では陽キャになりたいとはどういうことだろうか。


 端的に言うのであれば友達を増やす。


「じゃあ、団結力を示していく方針かな……」


 とはいえ友達を増やすのが最終目標ということで、今この状態で友達がたくさんいるというわけではないというのがネックとなるだろう。


「じゃあ、団結力を高めるのを目標に……」

「やっぱ日向くん、やる気満々だね」

「いや、そういうわけじゃないんだよ。体育祭に対して特に熱意があるわけじゃいんだ。ただ、陽キャになりたいっていう願いだけ」


 翠と過ごす日々の中で、俺が心の底に秘めていた後ろめたさというか、翠のまっすぐさに毒された中で募った感情を、吐き出した。


「いいじゃん」


 何にでもまっすぐ翠は、俺に対してもまっすぐに寛容だった。


「陽キャになりたいっていう目標だったとしても、過程として体育祭が盛り上がれば皆嬉しいと思うし、そういう意思があるんだよね?」

「まあ、体育祭を盛り上げる予定はあるけど……」


 でもそれは、やっぱり最終的には俺が陽キャになりたい、体育祭を盛り上げることで注目されたいという承認欲求からきている。


 それよりかは、体育祭を盛り上げて、自分たちの組を勝利に導きたいという純粋な気持ちを持っている人たちが応援団員になった方がいいんじゃないか。


「それならいいじゃん。皆そんな動機だよ。私だって、本気で体育祭をやるために立候補とか言ったけど、結局は日向くんと一緒に応援団員になりたいってだけだから」

「尊敬して損したよ! そんな理由だったんだ!?」


 もちろん、そんなことは思ってない。


 どうせ翠のことだ、俺と一緒に応援団員になりたいから、なんて自分では言ってもやっぱり、体育祭を盛り上げたいって気持ちから立候補してるんだろう。


 むしろ、翠は俺を元気づけるためだけに、俺に対して自分を低く見せたということなんだから、尊敬度が上がっただけだ。


「体育祭なら騎馬戦で日向くんのあんなところやこんなところに触れるからねえ」

「騎馬戦は男子三年だけだよ」


 俺が事実を突きつけると、翠は残酷な現実に絶望して、自殺を視野に入れた女子高校生かのような表情に早変わりした。


「そこまでショックなことか!?」

「じゃあ真夏の海で好きな子がビキニで行くって連絡してきて、雨が降って中止になったとしたらどう思う!?」


 翠が仮定を突きつけると、俺はそんな情景を想像して、自殺を視野に入れた男子高校生かのような表情に早変わりした。


 翠の気持ちが分かった。


「……なるほど」

「納得するの!? 好きな子って誰!?」


 好きな子って誰、という質問に対しての答えは俺にとって翠だったが、そういうわけにもいかないので適当に誤魔化そう。


「某五つ子アニメの三人目」

「ロングのストレートで巨乳でおとなしめの子が好みのタイプなのか!」


 翠の方を見る。


 ロングかといえばまあ長くも短くもない普通くらい。


 ストレートかといえば髪を後ろで一つに結んでいるので、俺は女子の髪形にあまり詳しくないがたぶんストレートではない(確証はない)。


 巨乳かどうかは見ればわかる、絶対的に違う。百パーセントの断崖と百パーセントの絶壁でできた立派な断崖絶壁だ。


 で、おとなしめかどうかだが、体育祭の応援団員に立候補するくらいだし、どちらかといえば活発なのでおとなしくはない。


「なんかごめん」

「巨乳ってところは合ってるから!」

「……?」

「無言で首を傾げないで!?」


 翠の発言から会話のシリアスさが明らかに軽減され、なんかラブコメの雰囲気が出てきた。


「翠の胸は……盛りに盛って貧乳」

「盛る前は何だったんだろうね!?」

「今日も日々は平和だなあ」

「日向くん、翠ちゃん、勤務時間終わったなら帰ってね?」


 今日も店長に注意されたが、それ以外には大して変わりのない日々だった。

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