第8話 異議申し立てと証拠

 ライフォンとオニキス様の打ち合いはほぼ互角、に見える。


 ダメージを負ったように見えないからそうなんだと思うのだけど、私にはどちらが優位なのかわからない。


 でも長く続いているという事は、いい試合なのだろう。


 浮かぶ汗や表情が変化してきていた。


 疲れが蓄積されてきたのだろう、そんな時にオニキス様が上段に大きく構える。


「うっ?!」


 ライフォンが呻き、動きが止まる。


「危ない!」


 防御の姿勢も取れぬままに、オニキス様の木剣が勢いよく振り下ろされた。


 結果としてオニキス様の木剣は半分程の所で折れた。


 ライフォンに当たる直前、突如地面から出てきた太い木の根によって攻撃は遮られ、それによって吹き飛ばされたようだ。


 これは恐らく女神の加護。花の女神というけれど、その力は植物全体に及ぶので、このような事が出来たのだろう。


 ライフォンにこのような魔法の力はない。


「卑怯者め! 負けそうだからとそのような力に頼るとは!」


「くっ」


 オニキス様の怒号にライフォンは反論も出来ずに呻く。


 確かに負けそうになっていたライフォンを庇い、女神様が力を貸すなど、公平ではない。


「このような不正を行うものが花の乙女の婚約者とはな」


 自身を貶める言葉だが、ライフォンは言われるがままだ。


 女神の力で助けられたのは事実だから何とも言えないのだろう。


(でも女神様が手を出すなんてするかしら?)


 多少怪我はするだろうけど、命の危機というものではない。


 それなのにこうして力を貸すなんて、何だかおかしいわ。


「お待ちください」


 ざわめく中で静かに手を挙げて発言したのは、アルだ。


「試合の途中に妙なことがありました。それのせいでライフォン様は妨害され、あのような事になったようですけど。どなたか心当たりはありませんか?」


 より一層ざわざわしてしまう。


 えっと、どういう事かしら?


「何の事だ。妙な事をしたのはライフォン殿だろう、それともこの国ではそのようにして言いがかりをつけて、都合の悪い事は隠蔽するつもりなのか?」


 オニキス様は眉を顰め、アルを睨む。


「オニキス様の後ろから誰かが光を放ち、ライフォン様の視界を遮っておりました。それ故にライフォン様は防御が遅れ、女神様の加護が発動したようです」


 オニキス様の後ろに、彼の側近達がいる。


 視線は一気にそちらに移った。


「あなた方、何かしましたね? 女神様が思わず干渉してしまうような程の事を」


 アルが問い詰めるが、側近達は当然だが首を振って否定する。


 妨害していたとしても否定しただろう。


「オニキス様、この者達の身体検査を要求します。不正を行なった可能性がありますからね」


「何を言う、たかが平民の癖に。それにこんな手合わせ如きで――」


「平民であろうと関係ありません。それに、たかが手合わせ如きで花の女神様が力を貸すものですか。何かがあったと、そう考えた方が自然な事です」


 もしも本当にそうであれば大変なことだ。


 国が認める花の乙女のパートナーに、他国の貴族が手を出した。


 それも王族の側近がなんて……話は学園の中だけ収まらないだろう。


 下手したら国同士の話し合いになるのでは?


「まぁ疚しくなければ身体検査をしても問題ないでしょう。さぁ」


 アルの詰め寄りにオニキス様は口元を歪ませた。


「貴様如き平民に指図される謂れはないな、断固として拒否をする」


「では私が要求します。彼らの身体検査をぜひ」


 私は手を上げて、真っすぐに殿下を見つめた。


 その提案は意外であったのだろう、皆が驚いていた。


「ヴィオラ嬢までそんな事を……」


 オニキス様も私にそう言われるとは思っていなかったのだろう、酷く戸惑っているようだ。


「花の女神様と、そして義弟となるライフォン様の名誉がかかっていますのでね。何もなければアラカルト家として正式な謝罪を行います」


 私は覚悟を決めてそう言った。


「何を言うんですかヴィオラ様」


 まさか私が矢面に立つとは思っていなかったようで、アルも戸惑っている。


「あら、アル様が言ったのですもの。間違いなわけないでしょう?」


 大きい賭けではあるけれど、短い期間でアルの為人はわかったつもりだ。


(アル様は根拠もなくそんな事を言わないわ)


 それにライフォンの様子がおかしかったのもある、オニキス様側の人間が何かをしたと考えればしっくりするわ。


「誤りであったとしたら、その際はグラッセ家からもお詫びをします。ですからあの者達を調べてください」


 ライフォンもそう言うので、学園の教員は応援を呼び、別室にて彼らの身体検査を行う。


 オニキス様は僅かに苛立たしそうにしており、クラスメイト達は何も言わない。


 沈黙が広がっていた。


(何も出なかったらどうしよう)


 今更ながらそんな事を思ってしまった。


 家の名を勝手に出してしまったし、私に乗ってライフォンも家の名を賭けている。


 もしも冤罪だったとしたら……カミディオン国相手への賠償を、貴族の二家で出来るだろうか?


「大丈夫ですよ」


 尻込みし震える私に気づいたのか、励ますようにアルが笑いかけてくれる。


 不思議とその笑顔に安心感を覚えられた。


(一体アルって何者だろう)


 あの木の根を花の女神様の力だとすぐに気づいたし、こうして王子様相手に臆することなく会話も出来る。


 間違っていたら、殺されてしまう可能性だってあるのに。


 それなのにアルの言葉を信じて、意見に乗っかってしまった私も、我ながらどうかしているのだろうなと思った。


(こんな短時間の付き合いしかないのに信じるなんて、本当に何でかしら)


 何とも妙な事である。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る