第4話 婚約者

 その後のお父様との話で、婚約者の男性が一か月後にはここに訪れると教えられる。


 期待と心配で胸がいっぱいになるが、私は笑顔で頷いた。


 私の事を思ってくれる父が認めた人だもの、絶対にいい人だわ。


 ドキドキとワクワクで眠れなかったせいか、私は次の日熱を出してしまった。


 しかも三日ほど下がらず、学園にも行けない日々が続く。


「最悪ね……」


 朦朧とした意識の中で、昔の事を思い出した。



 ◇◇◇



 太陽のような煌めき、そして息せき切って走った為に、変わる情景。


「君が誰かに取られるなんて、嫌だ!」


 そんな事を言われて、大人の制止を振り切って女神様の所に来た。


 彼に恋をしてなのか、それともいけない事をしてなのかわからないが、ドキドキが止まらない。


「僕と彼女の結婚を認めて!」


 そんな事を叫び祈るが、女神様は応えてくれない。


 やがて来た大人達に、「まだ認めて貰えないようだよ」と慰められ、二人でしょんぼりしながら礼拝堂を出る。


 特に彼の落胆は酷いようだったが、すぐさま顔を上げた。


「じゃあ女神様に認めてもらえるように努力すればいいんだ」


 彼はガシッと私の肩を掴み、決意を秘めた目で見つめてくる。


「待っててね、ヴィオラ! 僕は絶対に君に相応しい男になって帰ってくる!」


 そう言って彼は走り出してしまった。


 周囲の大人は苦笑い。


 暫く経った時に私は彼の名も知らない事に気づく。


 お父様に聞くも「彼の名は……まだ内緒かな」と、はぐらかされてしまった。


 ライフォンに当時の話をして、似たような令息がいないかと聞くも、わからないと言われる。


 思い出せたのは金の髪と青い目、そして元気いっぱいな性格。何故か顔は思い出せない。


 何もかも輝かしく、懐かしい思い出だ。



 ◇◇◇



 ようやく熱が下がり、学園へと行けるようになった。



 たった三日休んだだけだけれど、何かあったらしい。


 なにやら教室が騒がしいし、人集りがある。


 どうしたものかと考える。


 人垣を越えるには私の体格では不利だ。潰される可能性がある。


 声を掛けて避けてもらうにしろ、その声すらもかき消されそうだ。


 そんな人垣を前に立ち尽くしていると、ライフォンが見知らぬ男性を伴って近づいて来た。


「おはようございます、ヴィオラ様。体調はどうですか?」


 私が体調不良であった為に、さすがに遊びに来るのは控えてくれていた。


 しばらくぶりに会う、と言っても四日ぶりなだけだけど。


「ありがとうございますライフォン様、お陰様ですっかり落ち着きましたわ。ところで、隣の方はどなたですの?」


「あなたが休んでいる間に転入して来たのです。名前はアル、俺の友人です」


 ライフォンの紹介で私に頭を下げるアルの顔には戸惑いと、迷いが見える。


 こんな子どもが学園にいるなんてと、驚くのも無理はないだろう。


「俺はアル、と言います。話には聞いていましたが、アラカルト侯爵令嬢は本当に花のように可憐な方ですね」


 アルは何と跪き、キラキラした目で私を見つめてくる。


(演技めいてるけど、冗談を言ってるようではなさそうね)


 茶色の瞳は真っすぐに私の目を見ており、その表情はとても真面目で、どう見ても嘘をついているようには見えなかった。


「あ、ありがとうございます、アル様」


 そんなお世辞に私は苦笑した。


 跪いているというのにいるというのに、目線の高さはあまり変わらないのも何だかおかしいものだ。


「ずっとお会いしたかった。あぁ……やはり実物はいいですね」


 頬を染め、そんな事を言ってくれるが、逆に引いてしまうわ。


 一体どんな話を聞いてるのだろうか。


「そこまでにしてください、アル様。ヴィオラ様が怖がっていますよ」


 ライフォンが取り成して、ようやくアルが立ち上がってくれる。


「すみません、つい取り乱してしまいました。あなたに会えた事が嬉し過ぎて。どうかライフォン様同様、僕もあなたとお話をする権利を下さい」


 熱心にそう言われ、私は戸惑い、ライフォンに目線を移す。


「悪い人ではないので、俺からもお願いします」


 ライフォンからもそう言われ、私は渋々頷いた。


「わかりました。でも私には婚約者となる人がいます、なので節度ある距離での交流をお願いします」


 好意なのか愛情なのかそれは知らないけれど、牽制は必要だろう。


 私に対してのこの態度がなんなのか、わからないんだもの。


 良い感情ではあるんだろうけどさ。


「承知しております。許可を頂きありがとうございます、アラカルト侯爵令嬢」


「ヴィオラで結構です。ライフォン様の友人ならば悪い方ではないでしょう」


 義弟となるライフォンは妹の前ではアレだが、普段は良い令息だ。


 その彼の友人だし、悪い人には見えない。


 多少ライフォンと同じ、アレな人に思えるから警戒はするが。


「名前呼びまで許可頂けるなんて! ありがとうございます、ヴィオラ様」


 音がしそうな程の勢いで頭を下げられるなんて、恥ずかしい。


「良いのです、それよりも私の話とはどう言ったものを聞いてるのでしょうか?」


 話題を変えたくて別な話を振ってみる。


 自分の噂というのはなかなか当人の耳には入りづらいものだ。改めてアルに聞いてみるのはいい事だろう。


 貴重な話を聞けるかもしれない。


「アラカルト侯爵家には花の女神の祝福を受けている、可憐な姉妹がいらっしゃると。特に姉君への祝福は強く、いまだ少女のような清らかさで、女神様が手放したくないと思うくらいに愛されていると聞いております」


 誰がその様な妄想じみた事を話しているのか。


 子どもっぽいを良く言うと少女のような清らかさ、なんて表現になるの? 中身は普通に成長してるんですけど。


「祝福というか、呪いの様なものですよ。十六にもなるのにいつまでも子どものままで」


 そして愛されてるなんて虚言は止めて欲しい。


 女神様と話せる人なんて、私以外のアラカルト家の人だけなのに。


 私まだ声を聞いた事もないもの。


「女神さまの加護でしょう。見た目ではなく、あなたの内面と人柄を正しく見れるものを選ぶようにと」


 どんだけ女神様を良く見ようとしているのかしら。


「あなたは私と話したい、ではなく女神が好きなのですね?」


 さっきから女神様贔屓な話し方に違和感があるのよね。きっとそういう事でしょう。


「違います、純粋にあなたと話がしたくて……」


「どうでしょうね」


 本心だとしても疑わしい。小さい子が好きとか、そんな趣味でもあるのかしら。


 とにかく初対面でのテンションもおかしいし、要注意人物ね。


 いくらライフォンが良いと言っても男女で感じ方が違うし、私からしたら警戒人物。


 あまり近づかないようにしよう。


 そんな話をしている中で始業の合図が鳴る。


 ようやく人が散ったので、私達はやっと教室に入ることが出来たのだった。


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