和菓子と紫陽花

藤泉都理

和菓子と紫陽花






 一月 あんみつ

 二月 姫椿の煉切

 三月 花見団子

 四月 道明寺の桜もち

 五月 柏もち

 六月 水無月

 七月 水羊羹

 八月 菊の花の和三盆

 九月 おはぎ

 十月 栗饅頭

 十一月 求肥入りの最中

 十二月 どら焼き




 これから一年間、月に一回和菓子を届けますから。

 頑張れという叱咤だろうか。

 頑張っているという褒美だろうか。

 たった一文の手紙と一緒に同封されていたのは、これから一年間届けられるだろう和菓子のお品書き。

 最初で最後のこの手紙は、捨てられなかった手紙になった。


 試験は、二月。

 勉強を始めたのも、二月。

 だから和菓子が最初に届けられたのも、二月だった。

 それから滞りなく和菓子は届けられ続けた。

 十一月までは。

 届けられた和菓子は十個。

 届けられるはずの和菓子は十二個。

 二個、届かなかった。


(どら焼きとあんみつ。楽しみにしてたのに)


 和菓子を販売する友達と連絡が途絶えてから、五年が過ぎた。

 友達の両親はその内帰って来ると、のんびり言い、警察に行方不明届けを出さなかった。

 かくいう私もあまり心配してはいなかった。

 逞しい友達の事だ。

 虹の向こう側に存在する未知の世界で楽しく生きている事だろう。

 きっと、あまりに楽しくて、和菓子を贈るという約束も忘れてしまったのだろう。

 戻れないのかもしれない。

 贈れないのかもしれない。

 約束を破らざるを得ない理由も考えたが、きっと。

 忘れてしまったのだ。


 永遠なんてないのだ。

 ましてや永遠の友情など霞よりも儚いもの。

 そう、わかっているのに。




(楽しみにしてたのに)




 いくら紫陽花が好きだからと言って、近い将来絶滅する紫陽花を保護する仕事に就いてどうする。

 もっと身になる仕事に就きなさい。




 孤独な勉強を迎えるはずだった。

 親兄弟親戚一同にも反対されて、友達だけが唯一応援してくれた。

 とても、心強かった。

 のに。


(いけないいけない。仕事中なんだから)


 新型紫陽花インフルエンザが猛威を振るってから、紫陽花の数は激減。

 今やすべての紫陽花が絶滅危惧種に認定される中、その珍しさを狙う悪徳犯罪者や他の動植物から保護する仕事ができた。

 その仕事に就職するための必須条件が、勉強していた資格だったのだ。




 虹の向こう側に存在するという未知の世界に行く為には、紫陽花が必須だった。

 友達は家に植えられていた紫陽花を使って行ったらしいが、今は個人宅だろうがあらゆる面で紫陽花を使う事は禁止されていた。

 友達は運が良かったのだ。

 もう少し遅れていたら、行けなかったのかもしれない。


 行けなかったならよかったのに。

 薄情な私は思った。

 そうしたら、残り二個の和菓子も食べられていたはずなのに。

 友達ともっと一緒に日々を過ごせたはずなのに。




 憧れだった仕事に就いたのに、どうしてだろう。

 時間が止まったように。

 心が動かない。






 ばかばかばか。

 どうして約束の最中に行っちゃうのよ。

 せめて約束を果たしてから行きなさいよ。

 そうしたらきっと、今頃笑えたのに。

 心の底から、あっちで楽しく生きているって、笑えたのに。

 寂しいなんて、泣き言を溢すこともなかったのに。




 涙が零れ落ちる。

 紫陽花の黄緑の葉に、ひとしずく、またひとしずく。

 ヤバイと思って、水で洗い流そうとした時だった。

 声が、聞こえた。

 友達の声が遠くから。




 いつか。

 いつか必ず、帰るから。

 帰れなくても、和菓子は贈るから。

 だから。




「ばか。遅い」


 もう試験には合格したんだよっ。

 紫陽花から離れて、大粒の涙を流した。

 幻聴だったのかもしれない。

 それでも。

 ようやく時間が、心が動き始めたような気がした。











(2023.5.27)


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

和菓子と紫陽花 藤泉都理 @fujitori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ