48 神器創造

 床に滴る雫に気付き、それが自分の頬を伝い落ちているのだと感じて驚く。


「なんだこれは。何が起こった……。なんで俺は、二人の事を忘れてたんだ?」

「ごめん、エイ兄……」


 目に涙を浮かべ、身体を震わせながら、鈴音が語り始めた。

 ようやくここで、俺は真実を知ることになった。




 俺が魔界送りになってからのことは、先に聞かされていた。

 だけど、その話には、重要な部分が抜け落ちていた。それは……


「エイ兄の身体を守るため、シズ姉とユカ姉は、エイ兄の魂を戻したんだよ」


 鈴音が一生懸命に教えてくれているのは分かるが、その意味が分からなかった。


「あー、すまん鈴音、もうちょっと詳しく教えてもらってもいいか?」


 魂から引き離された俺の身体は、霊力の供給が途絶え、生命活動の維持ができなくなった。そこで二人は、契約を交わした時に預かっていた魂の欠片を、俺の身体に返すことで霊力を供給しようとした。

 ほんの少しの時間稼ぎだが、そのおかげで俺は死を免れたことになる。

 その代償とでも言えばいいのか、契約解除によって俺の中から二人の記憶が消えてしまった。さらには世界樹システムによる修正力が働いて、関わった人たちからも二人の記憶が消えた。


「なるほどな。鈴音の元気がなかったのは、そういうわけか。雫奈や優佳を差し置いて、一人だけ俺と一緒にいるのが申し訳ない……とか思ってたんだな」

「ボクもするって言ったんだけど……」

「たぶん、優佳だよな? あいつに止められて、後のことを託されたんだろ?」

「うん、そうだけど……、なんで分かったの?」

「そりゃまあ……、あいつが考えそうなことだ」


 もし、これで鈴音まで縁を切ってしまったら、本当に俺との繋がりが消えてしまう。だから、保険のつもりで残したんだろう。

 直情実行タイプの雫奈と違って、優佳は用意周到に策を巡らすタイプだ。他にもいろいろと、何か仕掛けを施していたに違いない。

 そう考えれば、パソコンのデータが残っていたり、部屋にある秘密の通路が残っていたり、雫奈の画像が残っていたのは不自然だった。それらにも修正力とやらが働いていても不思議はないはずだ。

 たぶんそれも、優佳の仕業なのだろう。


 苦痛は消え去ったものの、体力……いや、この感じは霊力のほうかもしれないが、とにかく消耗していて立ち上がる気力が湧かない。

 それでも、なんとかベッドに這い上がって寝転がる。

 あの拷問のような精神の不調には覚えがあった。

 真っ先に思い出したのは、雫奈や優佳と契約した時の不調だ。だが、あの時は、ここまでの苦痛はなかったはずだ。

 神と悪魔……白と黒を同時に注入された影響か。それとも、記憶の封印が解かれた反動なのか。あるいは、その両方が同時に襲い掛かってきたからなのか……

 

「やっぱ、こんなに辛いのは、二人の神器の影響だよな……。これって、シズナとユカヤから祝福を受けたってことでいいんだよな?」

「えっと……ちょっとまってね」

 

 考え込んだ鈴音は、何も無い天井へと視線を彷徨わせる。

 すぐに答えが出た。

 

「うん。そうだって」

「だから記憶が戻ったのか……」

「う~ん、それは分かんない」

 

 神様が言うことだけに、本当に分からないのか、それとも俺に伝えられない内容なのか区別がつかないが、とにかく、あの苦痛に耐えたご褒美だと思うことにする。

 俺を挟んで、犬耳姿の鈴音と粋矛も寝転がる。

 三人並んで、ボーっと天井を見つめる。

 

「鈴音や粋矛の時は、こんなことなかったのにな……」

「ふむ、付喪神と異界のモノとの差かもしれぬな」

 

 人のことは言えないが、粋矛の声もどこか気怠そうだ。

 

「異界のモノ……か。……あれ? だったら、秋月様はどうなる? 秋月様の時も平気だったが、付喪神ってことはないだろ? いや、違いがよく分からんが……」

「無論、天界の女神に違いない。が、何かコツがあるのだろうな。もしくは、断ち切った縁を再び結び直すほうに問題があったのやもしれぬ」

 

 俺はただボーっとしているわけではない。その時を待っているのだが……

 待望の瞬間は、なかなかやってこない。

 

「なあ、鈴音」

「ん?」

「もしかして、雫奈と優佳を顕現させようって思ったら、新しいイラストを描かなきゃダメだったりするのか?」

 

 素材ならパソコンの中にある。だから、また、そのデータを使って二人が現れるもんだと思ってたのに、その気配がない。

 新しく描かなきゃならないっていうのなら、いくらでも描くんだが……

 

「エイ兄、身体はもう、大丈夫?」

「えっ? ……まあ、たぶん普通に動けるとは思うが、それがどうした?」

「じゃあ、いつでも出かけられるように、準備しよっか」

「まあ……そうだな」


 散歩に連れ出したんだから、神社に送り届ける必要がある。

 もっとも、美晴にしろ時末さんにしろ、鈴音が神様だって知っているから、瞬間移動で帰ったところで驚いたりはしないが……


「あー、粋矛のことを頼んどかないとな……」


 まあ、鈴音も一緒なんだから、粋矛が犬の姿で現れて、自分のことを神様だと言ったところで受け入れてもらえるとは思うが、俺からも頼んでおきたい。

 起き上がって、準備を始める。

 ……といっても、いつものカバンにケータイと財布、部屋の鍵を手にすれば、それで準備は完了だ。

 一応、日が落ちて涼しくなった時のために羽織るものを、カバンの中に詰める。

 カバンの中には折り畳み傘と、お地蔵さまや祠などを簡単に掃除する道具、買い物カバンなどが入っている。


「じゃあ、行くか」

「うん」「承知した」


 二人はそう言うと、犬の姿になった。

 そこで重大な事に気付く。


「あー、粋矛の首輪がないな。リードも……」

「大丈夫だよ」

「いやまあ、リードが無けりゃ抱きかかえて行きゃいいけど、足がな……あれ?」


 そういえば、足の違和感がなくなっていた。

 調子がいい……どころか、思い通りに動くし、なんなら前以上に動く気がする。


「エイ兄なら作れるよ」


 鈴音の大丈夫は、足のことを言っているわけではないらしい。


「いやいや、鈴音。俺に作れって?」

「うん。で……」


 鈴音は軽くジャンプをして俺の左腕にじゃれついた。

 正確には左の手首だ。ここには狛音コマネ神の力が宿っている。


「……冗談だろ?」

「本気だよ。ほら、お手本ならここにあるよ」

「分かった、やってやるよ」


 要はイメージが大切で、服や小物をデザインするのと同じ要領だ。

 できるだけ細かく、素材や強度、色や肌触りなどを思い浮かべ、どういう機能があって、どの様に変化するのか……

 人型にも対応するよう、変身した時に無理なく変形させる必要がある。


「いくぞ!」

「エイ兄、がんばって!」


 俺は三度目にして、ようやく目的のモノを生み出すことに成功した。


「どうだ、粋矛。違和感とか無いか?」

「うむ、しっかりと馴染んでおるぞ」


 鈴音に指摘され、俺が霊力を物質化する能力で作ったのは、鈴音が付けてるのと同じリード収納機能付きの首輪だった。

 鈴音の首輪は淡いピンク色だから、こっちは男の子っぽく水色にしてみた。


「リードも……問題はないな。あとは人型になった時に上手く変形するかだが……」


 緊張の一瞬だ。上手く作動しなければ粋矛を苦しめる事になってしまう。

 再び犬耳少年姿になった粋矛は、首を動かしたり手触りを確かめたりしている。


「粋矛、苦しかったり、気になる部分はないか?」

「ふむ、見事なものだ。全く問題がない。にしても、まさか栄太が、神器を生み出すとはな」

「いやいや、俺は神じゃないんだから、神器って呼ぶのは変だろ?」

「何を言っておる。栄太はもう、立派な土地神だぞ?」


 本物の神様を知るだけに、冗談はやめてくれ……とは思うが、こんなモノまで生み出せるようになったら、ただの一般人だと主張しても通用しないだろう。

 これは早いうちに、奇術マジックを習得したほうがいいかもしれない。

 ともあれ、初めて作った首輪に問題はなさそうだ。それに、連絡先や名前も、俺が思い描いていた通りに書かれてあった。


 ピンポーン!


 このタイミングで呼び鈴が鳴った。


「まさか、大家に見つかったのか? 粋矛、犬に……いや逆だ。鈴音、人型になって押し入れ……いや、浴室へ」


 さすがに犬を連れ込んでいるとバレたらヤバイ。

 かといって、子供を連れ込んでるってバレるのもヤバイ。下手をすれば社会的に死ぬ。だったらまだ、犬のほうが……


「エイ兄、落ち着いて。ミハ姉だよ?」

「……えっ?」


 やはりまだ、俺は本調子ではなかったのだろう。絶対に、そうに違いない!


 鈴音の指摘通り、扉の前の気配は美晴だった。

 接近に気付かなかっただけでなく、すぐに気配を探って相手の正体を確認しなかったのは、大きな失態だ。

 さすがに気を抜き過ぎていたと反省しつつ、俺は玄関のドアを開けた。

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