22 悪魔の悪魔

 秋津静奈姫アキツシズナヒメは、静熊神社に祀られていることにより現世の神という地位は揺るがないが、現身を失ったことによって現世での活動が著しく制限されてしまった。


 もちろん栄太に出会う前のように、憑依したり霊体として現世に潜り込むことはできるけど、それだと誰にも気付いてもらえないだろうし、気付く者がいたとしても超常現象だと思われて、気味悪がられ、怯えられてしまうだろう。

 その上、今のところ唯一と言っていいであろう、現身を生み出せる可能性のあった栄太との繋がりを断ってしまった。

 栄太の命を繋ぐためには仕方がなかったとはいえ、もう以前のような関係には戻れないのだと思うと寂しい。


 水霊石が砕かれたことで、豊矛様の試練は失敗ってことになるだろう。

 それによるペナルティーは特にないらしいけど、いわば今の状況こそがペナルティーのようなものだ。

 これ以上の悲劇は何としても食い止めたい。その為には……


「栄太、絶対に助けてあげるからね」


 そう呟くと、他のモノには相談せずに独断で、シズナは分身を魔界へと潜入させた。




 神にとって魔界は危険な場所である。


 清浄な天界とは違い、魔界は邪気で満ちている。

 世界樹システムの管理官であるシズナは、隠世で邪気に触れ、ある程度の耐性は持っている。とはいえ、魔界に漂う邪気は濃密で、場所によっては魔族ですら避けるほどだ。

 それに、神に対して敵対的な悪魔は多い。もし神が単独で魔界にいると知れば、まず間違いなく襲われる。

 もちろん偽装はしているが、ほんの少しでも霊力が漏れればすぐにバレるだろう。だから、何をするにも慎重に行わなければならない。


 天界もそうだが魔界にも果てがない。とはいえ、距離や時間は関係ない。

 とにかく感性を研ぎ澄ませて、意識を広げて世界に何か異変がないか、栄太の気配がないかを注意深く探っていく。

 本来ならば最低限の安全を確保した上で、隔離世に隠れて行うべきことだけど、世界を改変すれば悪魔たちに気取られるだろうし、隔離世からだとどうしても感覚が鈍ってしまう。

 だから、危険と効率を考慮した上での妥協点が、悪魔の姿になって魔界で栄太の気配を探る……だった。


 隠世で神のフリをしている悪魔はいるが、神が魔界で悪魔のフリをするなんてことは……前代未聞ってわけじゃないだろうけど、まず考えられないだろう。

 なにせ、神にとって悪魔のフリをするのは屈辱であり、やましいことがあると言っているようなものであり、己の穢す行為である。下手をすれば堕天……天界から追放される可能性もあるのだから、好んですることではない。

 だからこそ、誰にも告げずに単身で乗り込んできたのだが……


「…………」


 やはり、そう簡単にはいかないようで、まだ何の成果もない。

 そもそも、栄太の魂が、本当に魔界にあるのかも分からない。

 栄太の気配ならば、すぐにでも気付く自信があるけど……

 こうなると、祝福を解除したのは失敗だったかもしれない。栄太との繋がりがあれば、少しは何かを感じ取れたって可能性もある。

 ミクロンやナノでも表せないような薄膜のセンサーを魔界全域に張り巡らせるような繊細さで、意識を拡散させている。

 だけど、栄太の気配は感じない。


 もし、すでに隠世に戻っているのなら、隠世の分身が察知しているはずだ。

 連絡が無いのは、栄太の魂がまだこの魔界のどこかに存在しているからだと信じ、根気よくを待ち続ける……


 そそんなシズナの様子を、物陰に潜んで見つめるモノがいた。

 それも複数……

 変装していてもシズナが格上だと分かるはずだが、小鬼……いわゆる下級悪魔たちが、興味深そうに……もしくは、舌なめずりをして見つめていた。

 もし相手を喰らうことができれば、その霊力──悪魔の場合は魔力になるのだろうか──を取り込んで、自身の力に変えることができる。

 本来ならば格上を見つけたら逃げ隠れる小鬼たちだが、彼らにも武器がある。犠牲が出るのを厭わずに大人数で襲撃するのだ。

 シズナが動かず、何かに意識をとられていると見て、襲うチャンスだと思ったのだろう。仲間を集めているようで、どんどん数が増えている。


 そんなことはシズナも察知していたけど、今は栄太を探すのが先決だと放置してい。だけど、そろそろ無視ができなくなってきた。

 様子見なのだろう。まずは五匹ほどが襲い掛かってくる。


「……邪魔しないで!」


 どれだけ格好を真似ても、こういうところで悪魔とは違う部分が出てしまう。

 侵入してきたのは自分なのだから……、あまり騒ぎになって悪魔たちが集まってきたら困るから……、などと理由をつけて、できるだけ穏便に済ませようと無意識に思ってしまう。

 シズナは気迫だけで小鬼を蹴散らしたのだが、なにが起こったのか分からない小鬼たちは、無傷だと分かると、再びシズナに向かって襲い掛かってきた。今度は十五匹ほどで……

 どれだけ多くの小鬼が群れになっても負ける気はしないものの、霊力を使わずにとなると厳しい。


「いい加減にしてよ!」


 今まで感情を押し殺していたのだろう……

 今度は五十匹ほどが群れで飛び掛かって来るのを見て、とうとうシズナがキレた。


「邪魔するなって言ってるでしょ?」


 鋭い回し蹴りの一撃で、襲い掛かってきた小鬼たちを文字通り蹴散らした。

 さらには、銃器のような弦楽器──調律神器ノクティガンドを取り出すと、おもむろに弦を弾く。

 もちろん、そんなことをすれば穢れの無い上質な霊力が丸わかりとなるわけで、すぐにでも悪魔たちに気付かれるだろう。


「なんでこんなことになってるの! 試練ってなによ! なんでそんなことのために栄太が死ななくっちゃいけないの?」


 小鬼にとっては甚だ理不尽な言葉を投げかけつつ、調律神器ノクティガンドで旋律を奏でていく。


「封印の石って何よ! あの悪魔も操られてたってなに? この気持ち、どこにぶつけたらいいのよ!」


 ますますヒートアップしていく言葉と旋律、そして踊り……

 シズナは踊りながら、性懲りもなく襲い掛かろうとしてくる小鬼たちを容赦なく蹴り飛ばしていく。


「魔界とか、こんな場所があるから悪いのよ。こんなもの私が……」


 演奏が終わって準備が整ったのか、シズナは動きを止めると……


「ぶっ壊してあげるわ!」


 ビシッ小鬼たちに向かって弦の先を突き付ける。

 一瞬、その気迫に押されて下がったものの、相手の動きが止まったのを見て、小鬼たちは一斉に飛び掛かった。


「お前らも、まとめて浄化してやる!!!!」


 とても女神らしからぬ言葉を叫んだシズナは、容赦なく弦を引き、躊躇なく弾丸を調律神器ノクティガンドから発射させる。……いや、乱射した。

 その弾丸も、花火のように空中で爆ぜ、周辺一帯に大きな被害を与えていく。散弾というよりはクラスター爆弾といった感じだろうか。

 その効果は強力な浄化。なので、ねっとりと絡みつくような不快感を伴った邪気が次々と祓われていく。

 そして、邪気を消し飛ばされた小鬼たちは、その大半が存在を維持できなくなって消えた。残った小鬼モノも力を失い、もはや魔界では生き残れないだろう。


 自分に害悪を与えるモノを悪魔と呼ぶのだとしたら、今のシズナは、悪魔にとっての悪魔だと言える。

 悪魔の格好をしたシズナは、その後も容赦なく周囲に浄化の力を振りまいて……

 その結果、魔界の中に聖域が出来上がってしまった。

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