19 不可解な結末

 狂乱の魔女フェイトノーラが魔界へと還り、これでひとまず安心だと皆の緊張が解けた。

 その隙を突かれた。


「シズ姉! まだ魔族の気配が……」


 チュンチュンと鳴いて、枝の皮を突っつき始めたスズメを見て、鈴音が注意を促そうとしたが、一瞬だけ遅かった。

 スズメから抜け出た狂乱の魔女フェイトノーラは、オオワシに姿を変えると……

 

「間違いねぇ、これだ!」

 

 喜声を上げて、水霊石が納められた祠へと向かった。

 それを遮るように優佳が姿を現すが、オオワシは器用に翼を動かしてその横をすり抜け、祠に突進した。

 ……いや、その寸前で止まった。見えない壁に阻まれたのだ。

 

「うぜぇ! こんなもんで止められると、思ってんのか!」

 

 現世で悪魔の正体を現した狂乱の魔女フェイトノーラは、黒い煙に包まれた両手で、強引に結界をこじ開けようとする。

 そこへ銀の鎖が飛来して、巻き付きながら狂乱の魔女フェイトノーラを拘束していく。さらに、鈴音が牙を立てた。

 

「まさかノーラ、魔界に還ったのは囮だったの?」

 

 ユカヤが見つけた分身とは別に、スズメに憑依している分身が、どこかに潜んでいたのだろう。

 だが、狂乱の魔女フェイトノーラはユカヤの問いかけに答えない。

 いや、これは何かおかしい。この様子は、いつもの彼女ノーラではなかった。

 

「邪魔すんじゃねぇよ! この犬っころが!」

 

 鈴音を蹴り飛ばした狂乱の魔女フェイトノーラは……

 

「来い! 魔剣ディフレイザー!」

 

 悪意の黒き霧をまとった、なんとも不気味な剣が現れた。

 それで瞬時に銀の鎖を断ち切った狂乱の魔女フェイトノーラは、優佳の背後に現れると、片手で首を締めながら吊り上げて、雫奈に向かって無造作に投げつけた。


「キャッ!」


 傍若無人な蛮行は止まらず、再び祠へと向かう。

 その腕をつかんだのは、双頭の蛇神──水諸ミモロ様だった。

 気合と共に狂乱の魔女フェイトノーラを投げ飛ばすと、黒い霧に浸食されて結界が緩んだ祠の前に立ち、その行く手を阻む。

 

「ノーラ、僕に用があるんだろ?」

「やかましい! どけっ!」


 狂乱の魔女フェイトノーラは、完全に理性を失くしていた。

 とにかく封印の石を砕くこと、そのことしか頭にないようで、前に立ち塞がるモノは全て排除すべき障害物だと認識しているようだった。


 いつの間に現れたのか、中学生ぐらいの少年と少女が加勢する。

 眼鏡をかけた少年は、十六夜泉いざよいいずみと名乗る、出穂イズホ様──多散凍穂寝神タヂイツホイノカミの現身だ。

 そして、茶髪で活発そうな小柄で愛らしい少女は、十六夜泉いざよいいずみと名乗る、百舌鳥姫モズヒメ様──夜香鵙女ヤカモズメの現身である。

 動けない秋月様に代わり、お付きの二人が助っ人に現れたのだろう。だが……

 少年は植物のツタを伸ばし、少女は鳥の形代を飛ばして加勢しようとするが、禍々しい邪気に触れるとツタは枯れ、形代は変色して崩れ落ちる。


 その間に準備を整えた雫奈は、武器を構えて水諸ミモロ様を守るように立ち塞がる。


「ちょっとは、落ち着きなさいっ!」


 さすがに現世で調律神器ノクティガンドを使うのは気が引けるが、ここまで派手に暴れておいて躊躇するのも今さらだろう。

 隠世の視界でチャージした弾丸を、悪魔に向かって撃ち放つ。


 まさかこの距離で外すとは思わなかった。

 悪魔は尋常ならざる動きで弾道を避けた。だけど、この弾丸は敵を追尾する……のだが、大きく迂回して戻ってきた時には……

 強引に振り下ろされた魔剣ディフレイザーの一閃は、盾にしようとした調律神器ノクティガンドもろとも雫奈を切り裂き、祠ごとその中にある水霊石を断ち切った。

 皆が息を吞む中、調律神器ノクティガンドの破片が舞い散り、雫奈に突き飛ばされた水諸ミモロ様が地面を転がり、制御を失った弾丸が地面に穴を穿つ。


 赤い血を滴らせつつも、かろうじて立っている雫奈だが、どう見ても重傷だった。

 それでも、ふらふらとした足取りで狂乱の魔女フェイトノーラに近付くと……


「だから……冷静になって、周りを見なさいって……」


 雫奈が操作したのだろう。地面の穴から飛び出た弾丸が、狂乱の魔女フェイトノーラに吸い込まれた。

 それを見届けて笑顔を浮かべた雫奈は、光の粒子となって散った。


 弾丸の効果が出たのだろうか。狂気の去った狂乱の魔女フェイトノーラは、呆然と周囲を眺める。


「な…んだ、これは……? アタイがやったのか……?」


 震える手から滑り落ちた魔剣ディフレイザーが、地面に突き刺さる。

 正気を取り戻した悪魔は、信じられないといった表情で自分の両手を見つめると、そのまま頭を抱えるようにして崩れ落ちるように座り込んだ。

 今にも泣き出しそうな狂乱の魔女フェイトノーラを、双頭の蛇神──水諸科等神ミモロカラノカミが抱き締める。


「ノーラ。辛い思いをさせてゴメン……」


 そう耳元でささやくと、霞のようにその姿を消した。

 ここにいる全てのモノが敗北感に打ちひしがれる中、狂乱の魔女と畏れられし悪魔は、天を仰ぎ、滂沱の涙を流し続けた。




 ひと言でいえば、最悪の結末だった。


 水霊石は砕かれ、水諸ミモロ様は消滅し、おまけに雫奈の現身までもが消滅した。

 更に言えば、栄太の魂は戻らないまま、狂乱の魔女フェイトノーラは断罪されるだろう。

 

 隠世を捜索していたユカヤは、今回の騒動を起こした張本人を見つけると、無表情のまま見下ろした。

 例によって、コマネが匂い……ではなく、気配を探って見つけ出したのだ。

 

「どういうわけか、話してもらえますよね? 十畦とうねの鬼神さん」


 二本角を生やした野武士のような姿をした鬼神は、全てが終わったとばかりに晴れ晴れとした表情でうなずいた。


 連絡用隔離世に連行されてきた鬼神は、全ての疑問に答えた。

 その内容に皆が衝撃を受けている最中、更なる凶報が舞い込んできた。

 病室に戻った鈴音からのもので……

 再び栄太の容体が悪化し、心肺停止状態になったというものだった。

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