15 小さな助っ人と希望の祈り

 最初は気のせいだと思った。


 他にする事がないので、ベッドサイドに座り、何の気なしに男の子ネボコを見つめていたのだが……

 壁を突っついたり、眺めたり、考え込んだりしている様子を見ているうちに、なんとなく違和感に気付いた。

 それを確信した時には、ネボコの雰囲気が、ただの子供から勇ましいものに変わっていたのだ。


 とはいえ、年齢が変わったり、成長したりといった変化はない。変わった部分を強いて言えば、体つきや手足のバランスだろうか。身のこなしも変わった気がする。

 でも、決定的に変わったのは、子供が発する気配だろう。

 無理に言葉にすれば、鋭く澄み渡った感じというか、武術に秀でたものが発するような……ほんの僅かだけど時末さんに近い感じがする。

 さすがにこれは、そういうものなんだろう……と思考を停止して、スルーすることはできなかった。


「なあ、ネボコ。なんかちょっと変わったか?」

「ん? 何がだ?」


 自分では気付いてないのか? ……と思ったが、ネボコは不思議そうに俺を見ると、部屋の中を注意深く観察し始めた。


「あー、いや、部屋じゃなくて、ネボコの姿っていうか、雰囲気が変わった気がするんだが……」

「ん? 何を言っておる……」


 怪訝そうに自分の身体を調べ始めたネボコが、再び不思議そうに首を傾げて身体を動かし始める。


「ん? なんだこれは? 何やら力がみなぎっておるな」


 しばらく身体を動かした後、何かの武術らしき動きを始める。

 風切り音が聞こえてきそうな鋭い拳や蹴りだが、残念ながら音は聞こえない。


「すごいな。変わったのは、見た目だけじゃないようだな」

「うむ、どうやらそのようだ」


 自身に起こった変化を確認したネボコは、少し考え込んでから口を開く。


「おそらく……だが、名付けの影響だろうな。名を得たことで印象が形作られ、そうあるべきと姿が変化したのだろう」

「名付けって、そんなに重要なことだったんだな」

「まあ、重要ではあるが、今回はちと手順が違っておったからな。本来ならば時を重ねるにつれて印象が固められ、それを踏まえて名が決まるものだ」

「そりゃ、悪いことをしたな。俺の印象で勝手に決めてしまって」

「何を言っておる。頼んだのはワシのほうだ。それに、良き名を頂いたと感謝しておる。現世の神となり、お主に祝福を与えたのだ。それらも関係しておるのやもしれぬし、何にせよ良い方へと変化したのだから気にする必要はなかろう」


 まあ、名前が気に入らなかったら、いくらでも新しいのを考えてあげるつもりだけど、ネボコ自身が納得しているのなら、それでいいと思うことにする。

 しばらく身体を馴染ませるように動かしていたネボコは、ポンと手を打って俺を見つめる。


「ん? どうかしたか?」

「いやなに、ちと試したいことを思いついたのでな。上手くいけばここを脱出できるやもしれぬが……」

「上手くいかなかったら?」

「何が起こるか分からぬ。まあ、滅多なことにはならぬと思うが……。危険を伴う試みだが、やる価値はあると思うぞ。だが、栄太よ、決断はお主に任せよう」


 そんなことを言われても困るが、身体のことを考えれば、このままここに留まっているわけにはいかない。


「一応、何をするつもりなのか聞いてもいいか? あっ、あと、どうすれば元の世界に戻れるのかも、分かっていたら教えてくれ」

「ふむ。まずは、この領域の果てをぶち破る。ここが魔界から派生した隔離世ならば、それで魔界に行けるはずだ。その後は隠世に移り、栄太の隔離世に入れば、現世に戻れるだろうよ」

「……俺の、かくりよ? ちょっと待ってくれ、そんなにかくりよを連呼されると、何がなんだか分からなくなる」


 一応は説明を受けた。

 精神世界を意味する幽世は、ひと文字目の「か」にアクセントを付ける。そのため、微妙に「かくりょ」のように聞こえる。

 世界樹システムを表す隠世は、最後の文字「よ」にアクセントを付ける。

 隔離された世界という意味の隔離世は、三文字目の「り」にアクセントを置く。その流れで最後の「よ」も少し強めに発音する。

 どれも微妙な違いなので判別が難しいが、話の流れで聞き分けられる。とはいえ、これだけ連呼されると混乱してしまう。

 もう一度、噛み砕いた説明を受けて、なんとか理解することができた。


「最後にもう一度だけ忠告するが、魔界とは混沌の世界ゆえに何が起こるか分からぬ。栄太は、自我の境界を強く意識して、自分を守ることだけ考えれば良い。道中に何があろうとも心を乱すでないぞ。さすれば、ワシが必ず現世に戻してやる」

「ああ、了解した。頼りにしてるよ、音矛ネボコ様」

「おう、任せておけ」


 名前にちなんでなのか、手の中に矛を出現させたネボコは、自身の身長よりも長い武器を振り回すと、全力を込めて壁に向かって振り下ろした。




 どういうわけか、こんな日に限って参拝客が押し寄せてきた。

 さすがにそれは誇張し過ぎだが、それでも、特に何の催し物もやっていないのに、入れ替わりながらも十人以上の人が、常時敷地内に入っていた。

 そんな中、巫女姿の三藤淑子は、内心で冷や汗を流しつつも笑顔で接客を続けていた。

 せっかくだからと授与所を開いたものの、交代する人がいなくて困っていたのだ。

 そこへ、二人の子供が近付く。


「こんにちは。お姉さん、大変そうですね」

「よう、お越しくださいました……って、縁ちゃん!? ……と、功大くん?」


 いつもなら、全ての参拝客に気を配っているのだが、久しぶりの奉仕で気疲れしたのだろう。二人が目の前にくるまで気付かなかった。

 穏やかな笑顔の少女は鷹持縁たかもちゆかりで、少年は雅地功大みやちこうだいだ。


「二人とも、お久しぶり。元気にしてた?」

「僕らは元気だけど……。なあ、エイタ兄ちゃんが入院したってホントなのか?」


 今はたまたま近くに他の人が居なかったから良かったものの、あまり他人には聞かれたくない話だ。

 身を乗り出すようにして、二人にささやきかける。


「功大くん、そういう事は、あんまり大きな声で言わないでね。どこで聞いたのか知らないけど、それで雫奈さんも優佳ちゃんも向こうへ行っちゃったから大変なのよ。なぜか、こういう日に限って、お客さんが一杯だし……」

「あー、それってたぶん。兄ちゃんが早く元気になりますようにって、祈りに来た人だと思う」


 功大から視線で同意を求められた縁は「だと思います」と答えると、ポシェットから取り出したケータイを操作して淑子に見せた。

 そこには、栄太の名前こそ出ていないものの、神社のコラボグッズを手がけているイラストレーターが意識不明で入院したと書かれ、その例として、静熊神社の三女神のイラストが掲載されていた。


「これを見た人が、栄太さんの回復を祈りに来てるんだと思います」

「……そっか、それは盲点だったわ。二人とも、教えてくれてありがとう。今は誰もいないけど、家に入ってゆっくりしてって。私のお土産もあるから」

「その……良かったら、私たちが手伝いましょうか?」


 縁の言葉に、一瞬「えっ?」って表情を浮かべた功大だが、すぐに表情を引き締めて、大きくうなずいた。

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