02 侵入者

 嫌な気配を感じ取った優佳は、静熊神社を飛び出して現場へと向かう。


 まだ人通りが少ないとはいえ、さすがに全力疾走は危険なので、できるだけ早足で急いでいるのだが……

 それに先行して精神世界では、羽衣和装の土地神姿となった秋津結茅姫アキツユカヤヒメ──ユカヤの分身わけみが、気配を感じた場所へと向かった。

 向かったというよりは跳んだって感じだが……


 ユカヤの本体は自身の視界に留まっているのだが、ごく少量の霊力で分身を作って現場に向かわせた。もちろん、隠世かくりよ内の現場だ。

 その分身は、分身専用の視界に移ると、精霊たちの情報を元に視界を再構築して、一瞬にして該当する場所に出現する。それから、意識を隠世(世界樹システム)に切り替えた。

 要約すると、ユカヤは偵察用の分身を生み出して、現場近くの隠世に送り込んだってことになる。

 羽衣和装姿なのは、自分がこの地の土地神だと示すためだ。


 嫌な気配の正体は、大方の予想通り悪魔のものだった。

 そこには、何の隠蔽も偽装もしていない、女悪魔の姿と気配があった。

 もちろん、確認するまでもなく、それも分身だ。なにせ、どれだけ弱い管理官だとしても、全ての霊力を携えて隠世に現れたりしたら、周囲の魂に影響が出まくって大惨事になってしまう。そんなことは、システムはもとより他の管理者たちが許さない。

 もしかしたら、身に付けているフード付きローブで正体を隠しているつもりなのかもしれないが……

 それで肌の露出が抑えられているものの、切れ目から翼や尻尾を見せていては、とても隠しているとは言えない。それに、どういうつもりか、ローブの丈が短くて生足を……太ももから先を堂々と見せていたりする。

 それだけでも不審者確定だし、注目を集めるだろうし、精霊たちも騒ぐだろう。


 ユカヤは少し驚いた。

 てっきり侵入者は現世の生物に憑依しているものだとばかり思っていたのに、現世に現身も憑依体もないばかりか、堂々と悪魔の姿で隠世にいたのだから。

 強力で残忍な悪魔なら、まだ分かる。存在を誇示して、隠世を……ひいては現世を荒らし回るのが好きなモノもいる。

 だが、なぜか相手は、そんな姿で堂々と管理者のいる領域に入り込んでおきながら、ビクビクと周囲を気にしていた。


 ユカヤは土地神ではあるが、悪魔の烙印を押された存在でもある。……とはいえ、悪魔は天界の枷が外れたモノってだけで仲間意識は無いので、決して他の悪魔のことに詳しいってわけではない。

 だから、有名どころや危険な相手ならともかく、知っている悪魔も一部のみ。

 ……なのだが、この気配には少し覚えがあった。


「えっと……たしかあなたは……、フェイトノーラですよね? この様な場所で何をしているのですか?」


 ユカヤは、ついつい呆れた調子で声を掛けた。

 ……といっても、実際に声に出したわけではない。幽世での会話は思念で行うのだが、それに反応した女悪魔は、ビクリと身体を震わせて恐る恐る振り返った。

 フードの下のから、陰鬱な表情が現れる。それに、顔色も悪い。

 ニッコリと微笑むユカヤの存在に気付いたのだろう。相手は驚いた表情を浮かべたが、すぐに眉間にシワを寄せて不快そうな表情に変えた。


「ア、アタシを、あんなイカレ女と、一緒にしないで頂戴! アタシは、フェイトノーディア……よ。……そ、それより、アンタ……だれ? アタシに、なんか用?」

「相変わらずですね。ノッティー」


 クスリとユカヤが笑う。

 わざと名前を間違えたのは、昔から続いている定番の挨拶だ。これで相手も自分の正体に気付くと思ったのに……

 相手は語気を強めたが、それも徐々にしぼみ、最後はおどおどした態度で探るような視線をユカヤに向けた。気配で正体を探っているのだろう。

 それに対し、再びユカヤは呆れたようなため息を吐き、ポーズをキメて自己紹介をする。


「私は秋津結茅姫アキツユカヤヒメ、この地を守護する土地神です」

「き、聞かない名前だわ……。で、でも、その気配って……」


 相手は何かに気付いたようだが、確証が持てないのだろう。ユカヤの姿をジロジロと見つめながら、しきりに首を傾げている。

 その視線を受けながら、ユカヤは今までの淑やかな態度を崩していく。


「アナタには、こっちのほうがいいようね……」


 ユカヤの口調が変わり、声色に絡みつくようなねっとりとした色気が混ざり始める。……と同時に、衣装が光の粒子となって変化していく。

 角、翼、悪魔の衣装、そしてバサッとコウモリ状の翼を生やすと……


「我こそは、操心の二つ名で恐れられし悪魔、パルメリーザ様よ。この世界を欲望と快楽で満たしてあげるわ☆」


 最後に尻尾を伸ばすと、手にした巨大な鎌にしなだれかかり、ウインクをした。

 それを見たフェイトノーディアは、驚愕の表情で尻もちをつき、後ずさる。


「まさか……、ほ、本当に……パルメリーザ?」


 それを見て満足したユカヤは、再び土地神姿に戻って態度を改める。

 なんとも素早い変わり身だ。


「リ、リーザ……、こんな場所で…、なにを?」

「それはこちらの台詞ですよ、陰鬱の魔女さん。長く引きこもっている間に、外の歩き方も忘れてしまったのですか? そんなに目立つ格好をしておいて、周りの視線に怯えているだなんて、一体あなたは何がしたいのですか?」

「ああ……、うん、ちょっとね。……そ、それにしても……アンタが土地神?」


 目を泳がせながら、曖昧に答えるフェイトノーディアだが……

 ユカヤ自身も、まさか悪魔である自分が土地神になるだなんて思ってもみなかったので、相手が驚くのも無理はないと苦笑する。

 とはいえ、土地神となったからには、その務めを果たさなければならない。


「そんなわけですから、何か悪さをするのでしたら、私が管理する土地以外でお願いしますね。それとも、何が用事があるのですか?」

「いや、あの……そういうわけじゃ…ないんだけど……。で、でも、久々にアンタに会えて……その、嬉しかった」

「それはどうも。でも、用事がないのでしたら、速やかにこの場から離れて下さいね。あまりそのような姿で隠世にいるのは……」


 突然、領域の中で強力な気配が生まれた。

 それを察知したユカヤは、精霊たちに詳しい場所を調べてもらう。

 その結果は……


「静熊神社!? まさか、姉さまが儀式を行った影響……ってわけではないようですね……」


 その気配は、清浄とは程遠い禍々しいもの。

 恐らく、悪魔の影響モノだろう。


「ノッティー、用事がないなら早くこの場から離れて下さいね。それと……」


 振り返ったユカヤは、土地神姿のままでシナをつくると……


「私も会えて嬉しかったよ。ノッティー☆」


 ほんの少し色気を漏らしつつも可愛らしさを保ったまま、ウインクをして姿を消した。

 それを見送ったフェイトノーディアは、どこか遠くを見つめると……


「ノーラの奴、無茶してなきゃ、いいけど……」


 相当に緊張をしていたのだろう。

 そう呟きつつ汗を拭うと、全身から力を抜いて大きく息を吐いた。


「でもまさか、あのリーザが土地神なんてね。よりによって、この場所で……」


 立ち上がった陰鬱の魔女フェイトノーディアは、自嘲気味に笑い声を漏らすと、空間に溶け込むように姿を消した。




 静熊神社に現れた禍々しい気配を探るため、ひと足先に戻ったユカヤの分身は、すでに騒ぎとなっている現場を見て、ひと足遅かったと覚った。そして……

 遅れて戻ってきた優佳が見たのは、栄太を乗せて走り去る救急車の姿だった。

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