04 客と女

 荷物は血抜きされた裸の鶏と、パン、それから大量の薪だった。ディアナはナイフで薪を削ぎ、花びらのように割いてから着火する。そうすることで空気が通りやすく、燃えやすい。


 レイナードが積んだ石の上に鍋を置き、雪と一緒に鶏肉も入れた。鶏肉は凍っている。


レイナード「がさつな料理だ」


ディアナ「それはスピナーの食事。

     レイナードはこれ」


 投げ渡された石にそっくりのパン。レイナードはためしにかじってみたが、固くて食えたものではない。


レイナード「なんだこれは。

      本当に食い物か」


ディアナ「ふひひっ。

     それは湯にひたして食うんだ。

     軍が使うただの携行食だからな」


レイナード「こんなもので

      腹を満たしたところで、

      士気が高まるものか」


ディアナ「そう思うんなら、

     あんたが国を変えればいい」


レイナード「なんで俺が?」


ディアナ「説明しないとわからない?」


 竜に乗せ、観光で金を稼ぐディアナは、レイナードの事情を知りはしない。レイナードには兄弟がおり、軍事に関われるほどの権利は持ち合わせていない。それが劣等感となっていたが平民相手に説明など、レイナードのプライドが許さなかった。


レイナード「くっ! お前ってやつは…」


ディアナ「私の名前は、お前じゃない」


レイナード「なんと言うんだ」


ディアナ「知らないんじゃなくて

     忘れたんでしょ。

     竜屋で呼ばれてたのを

     聞いてたくせに」


 両のまぶたを強く閉じ、眉間に小さくシワを寄せて、ディアナの正論をこらえた。


レイナード「…すまない。

      ならば改めて聞かせてくれ。

      名前はなんというんだ」


ディアナ「そうそう。最初から

     そのくらい素直になればいいのに」


レイナード「名前は!」


ディアナ「ディアナ。姓はない。覚えた?」


レイナード「覚えた! 覚えた!」


 パンにナイフで切り込みを入れ、沸いた湯に浸して柔らかくする。それから解凍した鶏肉の足を切り落として、皮と身を挟みレイナードに渡した。


レイナード「いいのか?」


ディアナ「自分が客なの忘れてるでしょ。

     だからいいんだよ」


 鶏肉は生臭く、パンは砂のような味がしたが、香辛料が効いていて身体の中から温かくなり、口の中で溶ける。


ディアナ「スピナー! まだ熱いぞ?」


 ディアナに名前を呼ばれた地竜が、湯気を立てて口を大きく開ける。雪に落とされた片足の無い鶏肉を口に入れると、その熱さに口を何度か開閉を繰り返す。


 鶏肉の骨ごとバリバリと噛み砕き、満足そうに金の目を細める。


ディアナ「もうないから、

     ちゃんとしたごはんは帰ったらな」


 鼻の横から伸びるヒゲを根本から撫で、ディアナは自然とやわらかな表情を見せる。やがて両腕で撫で、乗り上げると手足を使って全身で撫でる。そうしてるうちに白い毛だらけになる。


 竜とともに育った女。


 レイナードもにわかには信じがたいが、彼女のその表情は、自分に向けられたものとは違うのがわかった。

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