02 竜の裁定

 竜の背に乗った王子レイナード。地竜、スピナーの腹に巻いた革紐は、転落防止程度の役割しかないので心もとない。城から見下ろす遠くの町よりも、現実味がある高さは優越感よりも恐怖が勝る。その上、揺れがひどく気分が悪い。


ディアナ「下ばかり見てると落ちるぞ」


レイナード「黙ってろ。

      いちいち命令するな」


ディアナ「命令だって? これは忠告。

     ビビってしがみつくより、

     前を見たほうがいい」


レイナード「だからビビってなどいない!」


 地竜が深い雪をかいて、揺れる背にディアナと王子を乗せる。歩く地面の流ればかり見ていたレイナードは顔を上げて、ディアナの背中越しに前を見た。


 宰相も竜屋の主人も居なくなれば、ディアナは粗野そやな態度を取った。こちらが素である。


 移動先はこの雪国の領地であり、王子の警護の必要もない。王子と平民と1頭で観光。


レイナード「はぁ…なんなんだ…」


ディアナ「王子さまでも

     使役竜に乗ったのは初めて?」


レイナード「なにがおかしい」


ディアナ「何も笑ってはいないだろ。

     誰だって初めてはあるんだ、

     私がスピナー…、この子に

     乗せる客はみな初めての人

     ばかりだからな」


レイナード「上から目線で言うな。

      俺は王子だぞ!

      うわっやめろ!」


 ディアナにふたたび息を吹きかけられる。レイナードは背後に避けようにも、竜の背の上では逃げ場がない。


ディアナ「いまのあんたは私の客。

     肩書きなんて関係ない。

     手綱たずな握ってるのは私の方だ。

     スピナーの背に文句があるなら、

     さっさと飛び降りればいい」


レイナード「それが俺にしていい態度か?」


ディアナ「天竜さまに挨拶するんでしょ?

     そんな子供のお使いひとつ、

     まともにできないやつが

     王子を名乗れるのか?」


レイナード「下僕しもべのくせに! 許さんぞ」


 レイナードが拳を固め、怒りをあらわにするが、動く竜の上では弱々しい。


ディアナ「私はあんたの

     召使いじゃない」


 対照的にディアナは手綱を脚にからめて、軽業師のように器用に立ち上がり抗議する。


レイナード「おれはこの国の王子だぞ!

      先程から好き勝手…

      無礼なやつだ!

      女ならば言葉をつつしめ!」


ディアナ「あんたのその地位は、

     自分で獲得したもんじゃない。

     竜と国民が王家を他国から守って

     これまで続いてきたもんだ。

     そんなことも理解できないやつを

     この子には乗せられないな」


 そう言ってディアナはレイナードを、スピナーの背から蹴って突き落とした。


 死を覚悟したのは一瞬で、それから深い雪の上に落ちて一命をとりとめた。


ディアナ「機会を与える。

     こんな場所でひとり

     取り残されたくなければ、

     ただちにこうべれろ」


レイナード「なんだと!」


ディアナ「この状況が理解できないほど、

     王の愚息ぐそく矮小わいしょうなのか?」


 止めたスピナーの背に立ち、見下ろすディアナ。父親さえもバカにするような言い分だったが、スピナーにもにらまれてひるむ。そして雪と泥にまみれた自分の姿に、無力さを痛感してその場でひざをついた。


レイナード「これでいいか?」


 ディアナは無言のまま見下ろして金の髪をかき上げては挑発し、白い息を吹きかける仕草をした。


レイナード「なんて女だ…」


 ぼやき、足元を見て、泥にまみれた両膝に手をついて頭を下げた。


 王族である祖父母や両親、それから兄弟以外に、レイナードははじめてひざまずき、へりくだった。平民相手に初めてのことで、それは屈辱くつじょくでしかない。目には涙を浮かべ、殺意さえも抱いた。


 スピナーの顔が近づき、巨体を維持する体温が空気を伝わり、鼻息が不快感を与える。


ディアナ「裁定さいていの時間だ!

     食われんようにな」


 レイナードはスピナーの金色の目でにらみつけられ、恐怖で身がすくみ動けない。それから大きな口が開いた。まばらだが鋭い歯が並び、悪臭が立ち込める。


レイナード「ひっ!」


 スピナーの大きな舌が間近に迫り、レイナードは顔を、上半身を舐め尽くされた。ザリザリとした質感に、唾液だえきが顔や髪にこびりつく。


レイナード「うわぁっ」


ディアナ「ふひひっ!

     スピナーから許しを得たんだ。

     良かったな」


 袖で唾液だえきを拭うも泥にまみれていて、酷いありさまだった。


ディアナ「早く乗れ、日が暮れるぞ」


レイナード「待て、待ってくれ…」


 と、レイナードは後ろを振り向き、自らズボンを降ろして勢いよく排尿はいにょうした。あやうく失禁しっきんするところで、背筋を震えさせた。


ディアナ「愚息ぐそく愚息ぐそくもやはり

     また矮小わいしょうであったか」


 スピナーの背から飛び降りたディアナが、レイナードの縮みあがった男性器ちんちんを見つめてそう言った。


レイナード「なんで見てるんだ!」


 レイナードは唾液だえきと泥まみれの顔を紅潮させた。

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