最終話 結末は白銀色じゃない

 翌朝。祝日の十時。

 ミツグは筋肉痛でぐったりしていた。

 夕べあんな無茶な動きをさせられたのもあったが、何よりも精神的疲労もひどかった。

 正直何もかも夢であってほしかったが、スマホを見るとキリオからユラコが意識を取り戻したという連絡が入ってたのであのひどい出来事は現実だったんだな、と痛感するしかなかった。

 キリオからのメッセージの続きを見ると、ユラコが退院した時に渡す快気祝いのプレゼントでも探さないか、という内容だった。

 なんでこいつはこんなマメな男なのにデスゲームではあんなエグい裏切りが出来るんだ、とミツグはため息をついて痛む身体にムチを打ちながら支度をする。

 天気は快晴、絶好のお出かけ日和。こんな身体でなければ良かったのになと思いながら歩いていると、反対側からの歩道からこちら側に向かって小さな子犬がリードを引きずりながら車道に飛び出してきたのが見えた。飼い主らしき女の「待って!」という叫び声が上がる。

 どうやら飼い主の隙を突いて逃亡をはかったいたずらっ子のようだが、車道に飛び出すと危険である事をこの子犬は知らないので、見ている側はハラハラする。

 追いかけてきた飼い主よりもこちらの方が位置が近かったので、ミツグは痛む身体に耐えながら車道に出て子犬を捕まえた。少々乱暴だが、リードを踏んづけて子犬がひるんだところを抱えれば楽勝だった。

 だが、捕まえてほっとした瞬間、長いクラクションと共にトラックが一人と一匹の方へ突っ込んできた。向こうも前方不注意で存在に今気付いたといった感じだったが、もう遅い。


 そこで、世界が暗転した。




「……あれ?」

 ミツグは子犬を抱えたまま歩道に立っていた。

 今、確かにトラックにひかれたはずだったのに、身体はなんともないし、子犬も無事だ。

「すみません、捕まえてくれてありがとうございます」

 向こうから飼い主と思わしき女がやってくる。

「……って、相岡あいおか君?」

「げ。譲木ゆずき!?」

 子犬の飼い主はあの譲木ゆずき花梨かりんだった。反射的にデスゲームの一件を思い出して身が固くなる。

「? どうしたの?」

「あ、いや、なんでもない」

 平静を保ちながらミツグは子犬を返す。譲木花梨は不思議そうな顔をしていたが、それ以上は追求する事なく子犬と共に去って行った。

 残されたミツグは自分の身に何が起きたのか分からず、首をかしげていた。




「……やれやれ。まさかワタシが与えた加護をこんなすぐに使われるとは思わなかったよ。っていうかどこまで死にやすいんだよ、彼は。あれ一回っこっきりの死亡回避の秘術だったのに、半日足らずで発動するかなあ」

 困惑しているミツグを影からこっそり見ている男・ラモールはさらに困惑した表情だった。

「ま、犬好きなワタシとしては好感度アップな姿勢だけどね」

 そしてラモールは通信機を取り出した。ランプがチカチカと点滅している。

「あれ? おかみからの通知が来てる。どれどれー? ……え!?」

 ラモールの顔から一気に血の気が引いていく。

「冗談、でしょ?」




 それから数日後の登校中。

 すっかり元気になったユラコは出会って一番に「休んでる間に面白い動画を見つけたんだ」と嬉しそうな顔でミツグにスマホの画面を見せつけてくる。

 画面はいつも見ている動画サイトのもので、タイトルは「歴代戦隊ものメドレーVol.1を踊ってみた」。サムネイルには左半分が黒、右半分が白で塗りつぶされており、下の方にアルファベットで何か書いてあったが、編集ミスなのか小さすぎて読めない。

「この人初投稿らしいんだけど動きが完全にプロだよ。とにかくすごいんだって」

 ものすごい興奮気味のユラコに軽く引きながらミツグは再生ボタンを押す。

 けたたましいイントロと共に現れたのは、だぼだぼの下ぶくれの派手な衣装に、白黒ツートンの仮面を着けたピエロ……

 どう見てもあのゼンゼンマンだ。あの恰好でキレッキレのダンスを踊っている。

「ね、ね、こんな着ぐるみみたいな恰好なのに全然着崩さずに踊れるんだよ。すごくない?」

「何やってるんだあいつはぁぁぁぁぁぁ!」

 動画の投稿日を見るとあのデスゲーム騒動の二日後になっている。コメント欄には何も知らない一般人の賞賛の声で埋め尽くされており、投げ銭もされていた。

「そもそもあいつ任務終えて帰ったんじゃないのかよ……どういうことなんだよ」

「こういうことなんだよ……」

 いつの間にか目の前に二メートルほどの長身にダブダブのスウェットを着た、少しくすんだ金髪の男……ラモールが立っていた。両手には新品の軍手がはめられている。

 いつものようなふざけた雰囲気はどこへやら、ものすごく落ち込んでいるようだった。

「え、なになに? この人ミツグの知り合い?」

「ちゃんと説明してもらおうか」

 ユラコの言葉を無視してラモールに詰め寄るミツグ。

「い、いやー、上司の調書で分かったらしい事があって……こっから先の話はキミにだけに知ってほしいんだけど」

 ラモールが申し訳なさそうにユラコの方を見る。美青年気取りの仕草に、ユラコは年頃の少女らしくドキッとした表情をすると、あっさりそれを承諾した。

「じゃミツグ、先に行ってるから!」

「ありがとー、ユラコさん。元気になって何より。あとこの調子で動画みんなに広めてねー」

「調子に乗るな!」

 ミツグはラモールの脇腹に一撃入れた。

「で、何の話だよ。てかあの動画は何なんだよ」

「あー、うん……順を追って説明したいんだけど、ミツグ君、こないだ犬を助けようとして死にかけたでしょ?」

「あれはお前の仕業だったのか!」

「違う違う! 何か誤解してると思うんだけどキミが助かったのはワタシの加護のおかげだよ!? むしろ助けたんだからね!?」

 あの不可解な助かり方をしたのはそういう理由だった、という納得がいく答えを出されてミツグは黙るしかなかった。いや、唸ってはいたが。

「けど上司の調査で分かったんだけど、イフ空間使って何回もデスゲームやってループさせたじゃん? あれでちょっとキミのだけ因果律が狂っちゃったみたいでさ」

 因果律。何か中二くさいアニメでたまに聞く単語だが、これが何のことを指すのかミツグには全くピンとこない。

「それでもって悪霊獣に追い回されて死にそうな思いもしたよね?」

「わかりやすく言え」

「ざっくり言っちゃうと何回も死にかけたり死んだりしたせいで、キミは日常的に死にやすい体質になっちゃったわけ」

 沈黙が走る。

 ミツグがそれを理解するまでに時間がかかったのである。

「まあ、死から遠さげた環境に置いておけばそのうち元に戻るから悲観しなくても大丈夫だよ。それまではワタシが責任を持ってこの町にとどまってキミを守る事になったからよろしく。か、勘違いしないでね。おかみの命令で仕方なく」

「やかましい!」

 ラモールの任務と戯れに巻き込まれたせいで自分は死にやすい体質になってしまい、それが治るまでこいつにつきまとわれる、という所まで理解したミツグからわき上がる感情は怒りしかなかった。

「いや、ワタシだってこんな事になるとは思わなかったんだよ! いいアイデアと思ったし実際上手くいったためにこの仕打ちよ! ワタシ、可哀想だと思わない!?」

「知るか! 全部てめえの自業自得だろ!!」

「だから少しでもこちらでの生活を楽しくしようとネットで踊り手デビューしたからチャンネル登録してくれると嬉しいな。あっちはゼンゼンマン名義でやってるけど正体は秘密って事で」

「どこが可哀想だ! めちゃくちゃ満喫してるじゃねーか!」

 通行人の存在などお構いなく、ミツグの怒鳴り声が響く。


 どうやら彼の災難はまだまだ続くようであった。




デッドエンドラブコール 終

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デッドエンドラブコール 最灯七日 @saipalty

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