友達未満

武内ゆり

第1話

東京のイベント会場を出たのは夕方だった。空の端はレモン色に染まり、行き交う車にライトがつき始めた。昼頃は雨が降っていたが、止んでくれたようだ。濡れたアスファルトにライトが反射して眩しい。水たまりに傘の先が吸い込まれて、尾を広げていく。


「三木さんはこの後、どこか寄る?」


たまたまエレベーターで一緒になった彼女に、一応聞いておく。


「いえ、そんな……予定はないです」


「まっすぐ帰る?」


「帰ります」


三木さんはイベントのボランティアをしていたからか、いつもよりおしゃれな服を着ていた。それにしても、僕から参加費をもらい損ねて、申し訳なさそうにやってきたり、同じ人に二重にお茶を出していたり……何というか、ひよこみたいだ。


「なら、一緒に帰りましょうか」


最寄り駅は同じだ。何となく一人で帰すのは……と思わせる頼りなさを、彼女は持っていた。


「はい」


静かな返事が来る。目が一瞬、きらりと光った気がした。


 そして僕の後ろを、ひよこみたいについてきた。うん、確かに、付き合ってもいない男女が横並びで歩くのもおかしいだろう。けれども僕が道を間違えかけたら、一緒になってちょこちょこついてくるのは、どうにかならないのか。


 ずっと黙っているのも気まずい。僕は会話の糸口を掴もうとして話しかけた。


「三木さんはかるた部だったかな」


「はい」


「この前、かるた部は何か賞を取っていたよね」


「あ、そうですよね、そうなんです……先輩もよく、地域の清掃活動をされていますよね」


「ん?」


僕の頭が止まった。


「あれ、違いましたか」


「行ってないこともないけど、でも一度しかなかったような」


その一度というのも、奨学金のための活動だ。


「あ、人違いかもしれません。ごめんなさい」


三木さんは謝った。とんちんかんな会話が止まり、また沈黙が生まれた。何だか調子が狂うな。僕はスマホを取り出し、電車の経路を確認する。乗り換えは少ない方がいいだろう。


たくさん出てくるルートから一つ、これにしようと決めた。


「僕、お手洗いに行くけど、三木さんは」


「あ、大丈夫です。…………えっと」


「先にホームに行ってくれていいよ」


迷っている三木さんを見かね、そう伝えた。待っているのもおかしな話だ。


 お手洗いを済ませるとホームへと向かう。三木さんはどちらの階段に行ったのだろう。彼女のことだから、ちょこちょことまっすぐ歩いていそうだと思って進むと、本当にいた。


 三木さんは僕に気がついたみたいだ。けれども、近づこうとはしなかった。僕も別の列に並んだ。そして電車に乗った。


「次は、上野、上野」


「ん?」


アナウンスが流れてくる。いつもなら聞くはずのない駅名に、不吉な予感がした。その予感は当たった。どうやら乗る電車を間違えたらしい。周りを見渡しても三木さんが、いない。彼女は無事正しい電車に乗れたのだろうか。


「電車を乗り間違えたようだ。二〇時に帰りますので、心配なさらず」


スマホの送信ボタンを押すと、三〇分後に返信が来た。


「あ、やっぱりお声がけした方がよかったんですね。先輩がとても堂々としていらっしゃるので、乗り換えできるのかなと思って見送ってしまいました」


……そこは遠慮せずに、言って欲しかった。


 車窓から中秋の名月が見える。オレンジの円が夜空に浮かんでいる。


 彼女にも、同じ月は見えているのだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

友達未満 武内ゆり @yuritakeuchi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ