第2話 領地での生活

伯爵家の屋敷はそれなりに広い。

侍女たちが気をつけていてくれればお母様を会うことも無く過ごせる。

それでも万が一会うことになれば危険だと私はカツラをつけて過ごすことになった。


アンナが買ってきてくれたのは真っ黒い髪でつくられたカツラ。

少しぼさぼさのそれをつけて、目の色は魔術具の眼鏡で隠す。

魔術具の眼鏡をかけると色の補正がされて真っ黒い目に見える。

アンナには黒いカツラにあわせて黒目に見える眼鏡を用意したと言われた。

五歳の子がつけられるカツラは少なく、黒しかなかったらしい。


アンナは申し訳なさそうに謝っていたけれど、私は何色でもよかった。

静かに暮らせるのなら、黒髪が闇属性の色だとしても問題はない。

闇属性が嫌われていたとしても、命の危険があるわけじゃない。

顔をしかめられるくらいどうってことなかった。


初めてカツラと眼鏡姿でお母様の前に出た時はさすがに怖かった。

これでも怒られたらどうしようと思い、手が震えていた。

お母様は私のことを数秒見ただけで、何も言わずに立ち去った。

それ以降は、会ったとしても何も言われず無視されている。


幸い、屋敷の使用人たちは私に優しかった。

女主人であるお母様の意向に逆らえなくても、こっそり食事を届けてくれたり、

勉強を教えてくれたり、暗くなった後で庭遊びにつきあってくれたりした。



十歳になる時、数年ぶりにお父様が領地に帰ってきた。

玄関で出迎える時、久しぶりに会うお父様を見て、こんな人だったと思い出す。

土と風属性を持つお父様は薄い栗色の髪と茶色の目をしている。

ひょろりとした身体を見て、私の体型はお父様に似たのかと思った。


夕方になり、家族そろっての夕食に呼ばれることになった。

さすがにお父様がいる時に私を呼ばないわけにはいかないらしい。

食堂に入ったのは久しぶりで戸惑ったが、

そんなそぶりを見せたらどんな目にあわされるかわからない。

いつも通りの食事ですよ、という顔で席に着いた。


お母様と妹たちは晩餐用の綺麗なドレスを着ているが、

私は着古して生地が薄くなってしまったワンピース。

穴が開いたのを裏側から布をあて、その上から刺繍をしてごまかしたものだ。

丈も短くなり、足首が見えそうになるのを膝を少しだけ屈めて隠している。


お父様は服の違いがわからないのか、見ようとしないのかはわからない。

だけど、お母様たちと私の差に気がついていないのは事実。

家族のことに興味を持たないのかもしれない。


全員が席に着くと、食事が始まる。

誰一人話すことなく静かに食事は進み、終盤にさしかかったところで、

突然お父様に話しかけられた。


「リゼット、食事が終わったら執務室に来なさい。話がある」


「……わかりました」


私に話している間もお父様は食事から目を離さずにいた。

驚いてフォークを落としそうになったが、なんとか返事をする。


今ここで話せばいいのに、後から話すというのはどういうことだろう。

私だけ呼び出されたからか、妹たちににらまれているのがわかる。

お母様は私のことはいないものとして扱っているけれど、

気配から怒っているのが伝わってくる。

…呼び出されるのは私のせいじゃないのに、責められても。


きっとお父様が王都に戻った後で、何かされることになる。

食事を抜かれるか、他の嫌がらせをされることになるのか。

ため息をつきたくなるが、ぐっとこらえる。


ここに私の味方ができる使用人はいない。

皆、お母様の命令に従うしかできないとわかっていて、助けてという気はない。

私を助けてしまえばその使用人は解雇されるに違いないから。


初めてのちゃんとした食事の量にお腹が痛くなりそうだけど無理やり食べきる。

明日は食事を抜かれるかもしれない。食べられるときに食べておかなければ。


食事の後、私室に戻らずに執務室へと向かう。

ドアを開けるとお父様は煙草を吸いながら私が来るのを待っていた。

くるりと椅子をこちらに回し、私と目を合わせた時、少しだけ眉をひそめた。


「リゼット、久しぶりだな。…そんな色だったか?」


「お久しぶりです、お父様」


王宮の法務室で働くお父様は領地にはめったに帰ってこない。

だとしても、娘の髪色を覚えていないというのはどういうことだろう。

カツラをかぶり眼鏡をし始めたのは五年前…。

そういえばそれからお父様に会っていなかった。

多分、家令から報告されていると思うけど、読んでいないのか忘れたのか。

あのお母様を放置しているくらいだから、私にも興味がないのだろう。


「お前も気がついているだろうが、この家には女しかいない」


「はい」


「あれももういい年だ。これから男が産まれることは無いだろう」


私の二つ下と三つ下に妹がいるが弟はいない。

次女のカミーユと三女のセリーヌ。

どちらも土属性で茶色の髪と目の可愛らしい妹たち。

長身の私と違って、お母様に似た小柄で華奢な体型。

女の子らしく、おしゃれが大好きらしい。


関わるのは、お母様に嫌われた私が一人でいるのを笑いに来る時くらい。

カミーユとセリーヌはお母様と食事をし、馬車で買い物に行く。

お茶会にも連れて行かれ、同世代の友人も多い。


ここまで私がお母様に嫌われている理由もわからないけれど、

だからといって妹たちに見下されるのは納得できない。

ただ、言い返せばひどい目に遭うとわかっているから、黙って聞いている。

何年もこんな生活を続けているうちにあきらめてしまっていた。


きっとお父様に訴えても、何も変わらない。

うんざりした気持ちでいたら、お父様の話は意外なものだった。


「お前には婿を取ってもらい、伯爵家を継いでもらうことになる」


「…私がですか?」


「家庭教師の話ではお前が一番できがいいと。

 今後は領主になる勉強も必要になる。そのために王都の屋敷に住みなさい」


「王都の屋敷ですか?」


「ああ。どちらにしても十五になったら学園の寮に入ることになる。

 それまで王都の屋敷で領主になるための勉強をさせる。いいな?」


「わかりました」


考えてみたら三姉妹しかいないのだから、誰か婿を取らなくてはいけない。

長女の私に問題がなければ、私が婿を取ることになるのが普通だ。

私が領主の勉強をする理由は、優秀な婿を取れるとは限らないから。

婿入りできる二男や三男は領主になるための勉強なんてしていない。

どんな婿が来ても、私が仕事をできるようにしておけばいいということだろう。


領地から出られる。お母様と妹たちと離れられる。

いずれ結婚して領地に戻ればお母様とは顔を合わせることになるだろうが、

代替わりしたらお母様は王都に住むことになるかもしれない。


ようやく光が見えてきた気がして、自分の部屋に準備をしに戻る。

出発は明日の朝だ。ぐずぐずしている時間はない。


服をトランクに詰めていると、ノックも無しにドアが開けられる。

飛び込むように入ってきたのがカミーユだとわかると、途端に気分は暗くなる。


晩餐用のドレスから着替えたのか可愛らしいワンピースを着ている。

また新しい服を買ったのだろうか。

水色のレースがついたワンピースはいかにも高そうだ。

おそろいのレースのリボンが結ばれた茶色い髪はくるんとカールされている。


どこから見ても可愛らしいのに、目を吊り上げている表情だけはいただけない。


「ちょっと、お父様の話って何だったのよ」

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