牛河カスミ

 昼休みになると、ボクは教室にいれないので廊下に出る。

 お腹が空いたら、適当に水道水を飲んで空腹を紛らわせるのだ。


 水を飲んでから、図書室に移動。

 図書室では本を読んで時間を潰し、チャイムが鳴ったら教室に戻る流れで過ごしている。


 今日も図書室で、本を読みながらボーっと過ごす。

 太宰治の本に目を通しているが、内容は読んでいない。

 同じ一行目を何度も脳で反芻はんすうさせ、ため息を吐く。


 カタっ。


 ふと、前の席に誰かが座った。


「……っ」


 牛河さんだった。


 牛河さん――牛河カスミ――は、クラスで唯一ボクと話してくれる人だったりする。全体的に柔らかい雰囲気の人で、優しい女子だ。


 茶色の長い髪をしていて、結んだ髪を片方の肩に垂らしているのが特徴。ボクより背は高く、丸みのある目の形をしている。


 牛河さんは上目でボクを見た後、俯いて言った。


「……気にしなくて、いいと思う」

「別に、気にしてないよ」

「うん。なら、いいんだけど」


 ボクらの会話なんて、こんなものだ。

 話が続かず、すぐに黙ってしまう。

 沈黙が流れるけど、気まずくはない。


 だけど、この日は少しだけ違った。


「もう少しで、夏休みだね」


 高校一年生、最初の夏休みだ。

 いきなり話題を振られて、ボクは言葉に詰まってしまう。


「あぁ、うん」

「予定とか、あるの?」

「何もないよ。バイトがあるくらいで」

「バイトしてるんだ」


 中身のない会話だった。

 そのはずなのに、どこか探るような話し方だった。


 思えば、牛河さんとは中学も一緒だけど、会話をしたことはない。

 高校に入学してから、「同じ学校だね」と声を掛けられてから始まり。

 数回、会話をするだけの関係なのだけど、今日は踏み込まれた気がして、ちょっと落ち着かなかった。


「水野くん」


 慣れない仕草で、牛河さんがスマホを取り出す。


「……番号……お……しえて下さい」


 初めて、連絡先を聞かれた。

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