六条家の屋敷

 洗面台には、難しい表情を浮かべた自分が映っている。

 元から童顔のせいで、子供っぽく見られるため、自分の顔は好きじゃない。

 身長は低いし、体だって細い。


「ハァ……。何が借金だよ。くそ」


 お金自体は悪くないって頭で分かってる。

 でも、憎くて仕方ない。


 どこを見ても、どこに行っても、お金ばかりで作られた現実世界。

 うんざりだった。

 ばあちゃんに聞いたら、あの時来た人は『六条』ていう男らしい。


 この田舎町にも工場と農地を持っていて、結構な金持ちとのこと。

 ボクは、伸ばしっぱなしにした長い前髪を分けて、鬱陶しい襟足をゴムで結ぶ。本当は髪を切りたいけど、床屋代を浮かせていたら、いつの間にか長くなっていただけだ。


 これから、ボクは六条家に向かう。

 コンビニのバイトは辞めた。

 辞める時には、うんと嫌味を言われたけど、こっちだって好きでシフトに穴を空けるわけじゃない。


 着替えたボクは洗面所を出て、手ぶらのまま玄関に向かう。


「アキラ」

「ん?」

「行くの止めた方がいいんじゃないかい?」

「ボクだって行きたくないけど。このままじゃ、家取られちゃうよ」


 ばあちゃんは不安げな表情で、玄関に座った。

 ボクにとっては、唯一の肉親だ。

 ボクにできる事なんて、どうせ限られてる。

 路頭に迷わせるわけにはいかないので、頑張るしかないだろう。


「んじゃ、行ってきます」

「気を付けてね。何かあったら、すぐに逃げるんだよ。ばあちゃんのことは、気にしなくていいからね」

「うん」


 パーカーのポケットに両手を突っ込む。

 家政婦だか何だか知らないけど、やりながら覚えればいいか。


 *


 ボクの家は山側に位置していて、六条家は海側にある。

 家から徒歩20分の場所だ。

 役場とガソリンスタンドが道の途中にあって、ずっと道なりに東の方へ歩いていく。すると、住宅街を抜けて、一気に閑静な土地に出る。


 あるのは小さな工場とか、古い民家。

 十字路を曲がって、海の方に歩いていくと、両側は田んぼに挟まれる。

 最奥には林があり、ここを抜けると、六条家の敷地があった。


 鉄格子の門があり、塀には『六条』と表札が掛けられている。

 門を潜ると、小さな庭園がそこにあった。

 名前は分からないけど、色々な花があったり、手入れの行き届いた低木ていぼくが植えられている。


「すっげぇ」


 林に囲まれた場所にあるので、鬱蒼とした光景が広がっているのだとばかり思っていた。けれど、ボクには一生縁のない庭園の造り。

 お茶を飲めるように、テラスまである。


 そして、六条家の屋敷を見上げると、感嘆かんたんの息が漏れてしまった。

 

 二階建ての屋敷だけど、横幅のある家だ。

 白塗りをされた外観で、下から見る限りだと、庭園を見下ろせる場所にベランダがあった。


 窓ガラスは覗き見防止の加工をされている。

 ボクから見れば、ガラスはオレンジ色になっていて、中の様子は全く見えない。


 少しだけ緊張してしまう。

 インターホンを鳴らすと、パネルから『ブツッ』とノイズが聞こえた。

 音声が繋がった時のノイズか。


 カメラまで付いていて、レンズの横で小さな明かりが点いた。


「水野アキラです。バイトにきました」


 名前と用件を言うと、すぐにノイズが止む。

 扉の前で待っていると、錠の外れる音がした。


「入っていいのかな」


 今のところ、一言も声を聞いていない。

 恐る恐る取ってに手を掛け、扉を開く。


 中に入ったボクは、絶句した。

 まず、目に飛び込んできたのは、吹き抜けになった二階の通路。

 階段が壁際にあって、上がると二階の廊下に出るのだが、吹き抜けになっているので、玄関から扉が等間隔に並んでいるのが見えた。


 壁の材質や装飾、何より広さ。

 素人目でも分かるくらいに、豪華絢爛ごうかけんらんである。


 モダン風の内装をした造りで、横を向けば背の高い靴棚があった。

 備え付けのハシゴまであり、靴が並べられている。


 フローラルな香りがする玄関で、ボクは棒立ちのまま固まった。


「珍しいかい?」


 目の前に立つ男。――六条だ。

 相も変わらず仏頂面で出迎え、ボクを見ていた。


「改めて、私は六条ケイゴだ。今日からよろしく頼む」


 会釈をすると、「靴はそこに」と棚を指される。

 言われた通りに靴を脱いで、棚に置く。


 スリッパに履き替えると、ボクはケイゴさんの後を追いかけた。

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