【短編】ヤル気のない冒険者のヤル気のない日常譚

ばてぃ〜

第1話

「あぁ・・・ダリィ・・・ダリィわぁ・・・」


そうボヤキながら手元のジョッキに口をつける1人の男が居た。

安物ではないが高価でも無さそうな防具を纏い、場末の酒屋でくだを巻くその様は悪い意味でお似合いといった様な風体だ。


「ダリィ・・・何で俺はこうも上手くいかないかねぇ・・・」


そう言いながらグビッと木製コップに口をつけ、誰も居ないテーブルに突っ伏して終わらない愚痴を呪詛の様に吐き続ける。

そんな陰鬱な男を見て周りの客は関わるまいと視線を男から外して飲んでいく。

テーブルに積み上げている木製コップの量が明らかに尋常な数でない事から、絡まれる事が容易に想像出来る事が大きな要因の1つだろう。

そしてもう1つの要因は・・・


「おいおっさんっ!!あんた・・・いつまで私を無視するんだ?」


男の背後で腕を組みながら鬼の様な形相で陣取っている女性の存在だろう。

一見すれば美女とも言える容姿をしているが顔立ちからして10代後半だろうか?

何処ともなく幼さも残したかの様な顔立ちをしていた。

ただ、出る所はでてクビレている所はクビレた暴力的な魅力的な体形をしていた。


そんな魅力的な女性とはいえ、鬼の様な形相を浮かべ殺気を周囲一帯に振りまいているとなれば生存本能として誰も声を掛けないというのは正しい判断なのだろう。


ただ当の本人・・・草臥れた雰囲気を醸し出しながら飲み続けている草臥れた男は、そんな女性を無視して相も変わらず一人でくだを巻き飲み続ける。


「おいおっさんっっ!!いい加減私の方を向けっっ!!!!」


「・・・・・・おっさんは今黄昏たい気分なんだ。おしめが取れたばかりの砂利餓鬼なんざ興味ねぇ。」


「~~~~~!!!!」


背後からの圧をモノともせずテーブルに身を預けながら男はそう吐き捨てる。

それを聞いた女は顔を真っ赤にして怒りの表情を浮かべるが、無言のまま男の対面の椅子に座り込む。


「おい、おっさん。・・・あんた名前は?」


「はぁ・・・人に名前を聞く時は自分から名乗るべきだと誰かに教わらなかったのか?」


男がそう反論すると女性は顔を真っ赤にした後、深呼吸をして心を落ち着かせる。

そして中座した体勢ではあるが騎士に自己紹介をするかの様に手を胸に当てながら口を開く。


「私は「Sランク冒険者【ラミア=エルフロウ】だったかな?2つ名が【舞姫】と呼ばれてて高ランカーでは珍しいソロで活動している・・・だっけな?あぁ、あと女だてらに叙爵してるんだっけ?」


「~~~っっ!!・・・貴方、私を馬鹿にしてるの?」


「俺の事はおっさんで良いよ。貴方なんて言われると薄ら寒い。」


「だったらおっさんっ!!私を馬鹿にしているよねぇ?!!」


飄々とした態度を崩す事無くそう切り返す男に対し、女性はなおも食って掛かる。

その様子を見た男は深いため息をつきながら視線を女性へ向けて口を開く。


「そりゃあ、俺の今日の愚痴の元が目の前に居れば少しばかり馬鹿にしたくもなるもんだろう?」


「なっ?!!私は単純に礼を言おうとやって来ただけじゃないかっ?!!」


「それが愚痴の元だって言ってんだよ・・・」


男はそう言いながら目の前の女性、ラミアとの出会いに意識を巡らせた・・・



「グギャアァァァァァァァァーーーーーーーーーーーー!!!!」


目の前の魔獣は断末魔をあげながらズシンと音を立てて倒れ込む。

完全にこと切れた事を確認しながら男は「ふぅ・・・」と僅かに息を吐く。

そして魔獣を解体し、討伐証明である魔核と呼ばれる石と売りに出せそうな部位のみを回収し始めた。


「まさか『ブラックラヴィット』と遭遇できるとはな・・・今日は運が良いかもしれねぇなぁ・・・」


等とニヤニヤと笑みを浮かべながら解体していく様はある種異様に映る。

だが一般的な冒険者は魔獣を倒して解体し、それを売って生計を立てるものだ。

だからこそニヤニヤと笑みを浮かべながら解体する様は居ようではあるものの決して珍しくも無いのだ。


だからこそテキパキと解体しながらも脳裏には今晩の夕食は少しばかり奮発できそうだ等と夕食のメニューを男が思い描いているのもある意味仕方のない事だろう・・・



ーーードゴォォォォーーーーーーーーーンーーーー



そんなウキウキと夕食のメニューを思い描いていた男の頭に突如、何処かの誰かが魔法を発動させた破裂音が響き渡る。


「おいおい・・・過剰戦力だろ??」


男は破裂音を聞きながら現実に戻され、辟易とした表情を浮かべる。

男がいる場所は『チック大森林』と呼ばれる男が住む街から徒歩4時間程度で辿り着く、冒険者にとっては比較的メジャーな場所だ。


メジャー故に日々冒険者が訪れ魔獣を狩っている事もあり、脅威に成り得る魔獣は少ない。

冒険者を斡旋するギルドからの推奨ランクも『D+~C-』と決して高くない場所なのだ。

(因みにランクはFスタートとなり、Eで新人、1年もすればDになり、Cであればベテランと呼ばれる。)


要は新人でパーティーを組めば容易に生きて帰ることが出来る場所、それが『チック大森林』という訳なのだが・・・そんば場所で弩級の魔法を使用する事態が誰にとっても好ましいものではない。


冒険者側からすれば生計を立てる魔獣の警戒心を煽る事となり、遭遇し辛くなる。

それにより生計を立てられずに冒険者が別の街に流出していくとなると今度はギルド側が有望な冒険者や人員数を確保し辛くなってしまう。

そうなっていくと今度は街の住民や商人たちは魔獣による襲撃で被害を被る事となってしまうのだ。

更に魔獣からしても生態系が崩れる可能性があり・・・誰にとっても好ましい結果にはならない。


「俺強ぇぇーーー!!」やチート持ちなどは文字通り、百害あって一利なしなのが現状なのだ。


「大方才能に恵まれた新人が調子にでも乗っちまったのかねぇ・・・」


もしも予想通りならば大森林で生計を立てている当人としては注意喚起を行わなければならない。

そのまま調子に乗られてもこちら男が困る


「ただ新人は天狗になりがちだからなぁ・・・」


男は如何に優しく告げても才能に溢れた新人は中堅冒険者の自分の話に耳など傾けない事を経験上知っている。

とは言うものの、男自身の性格上は放っておくという事も出来ない。

様子を見に行って調子に乗っている様であれば優しく諌め、他の冒険者が既に諫めてくれているのであればソイツに任せようと思いながら音のした方へ男は近づいて行った・・・



「くらえぇぇぇーーーーーーーーーーー!!!!」


「カースファイアッッ!!!」


「ちっ!!さっさと倒れろよっっ!!!!」


「・・・・・・・・・」


男4人が一斉に相手へ攻撃を加えている。

男4人ともが男自身が住む街では【灰色ノ剣】と呼ばれるかなり有名なパーティーである。

そんな彼らが襲い掛かっている相手に視線を向けると・・・


(えぇぇ・・・)


男はそれ以上の感想が脳から出てこなかった・・・

【灰色ノ剣】が攻撃を仕掛けていたのは・・・Sランク冒険者【ラミア=エルフロウ】その人だった

男が住む街では最上位に位置する冒険者であり、美しい容姿からも【舞姫】と呼ばれる超有名人だ。


【灰色ノ剣】はA+ランク、【舞姫】はSランクである事もからも【灰色ノ剣】が必死になって猛攻を仕掛けている事は当然ではある。

当然ではあるのだが・・・問題はA+ランク、Sランクが『チック大森林』で戦っているのか?という事である。


どんな職場でもそうだが、ギルドでも冒険者間での私闘は厳禁とされている。

だがどうしても譲れない場合はギルド職員3名以上の立ち合いの元、闘技場でのみ決闘を行う事は承諾されている。

にも拘わらず、街で有名な2組が『チック大森林』の生態系を狂わせるかの様な私闘を行っているのは完全に予想の範疇外である。


(此処で俺がノコノコ飛び出しても・・・なぁ?・・・そもそもなんでコイツ等は戦ってんだ?)


男自身の冒険者ランクはC+である。

それ故、A+ランクとSランクの戦いに飛び出しても止められる気がしない。

それに互いが何故戦っているのかも気にならない訳では無い。


「さっさと倒れろやぁ!!!」


「五月蠅いっっ!!貴様等の思い通りになんかなるものかっ!!!」


「お前を倒して存分に楽しんだ後に奴隷に堕としてやろう!!!」


「誰が貴様等なんかにっ!!」


「気の強い女だっ!!直ぐに従順にしてやるぜっ!!」


「女1人に対して男4人で襲い掛かって来る卑怯者なんかには負けないっ!!」


「・・・・・・・・・」


「くっ!!!」


(いや・・・遠距離のヤツ、なんか言えよ・・・)


心の中でそうツッコミながら凡その経緯は理解する。

要は【灰色ノ剣】が【舞姫】に襲い掛かり奴隷にしようとしている、と・・・

男はテンプレ過ぎる目の前の光景を見て頭が痛くなってくる。


(世の中そんなに甘くないのにねぇ・・・)


普通に考えれば容易に理解出来るだろ?と考えてより頭が痛くなる。

【舞姫】は街どころか国でも有名人だ。

確かその功績を讃えられ叙爵された程の人物だ。


そんな人物が奴隷になっていれば容易に見つかり、【灰色ノ剣】にまで足は伸びるだろう。

もし【裏】で奴隷に堕とすとしてもそう簡単にはいかないだろう。


先程と同様、【舞姫】は有名人だ。

そんな彼女が失踪したとなれば国を挙げての捜索ともなるだろうし、【貴族】としても舐められない様に徹底的に探し出す。


【裏】側からすればそれに伴い瓦解するリスクはどうしても付きまとう為、取引してくれる【裏】の数も限られるのだ・・・


(まぁ・・・取引してくれる【裏】からすれば絶対の自信があるんだろうけどなぁ・・・)


ただ【灰色ノ剣】がそんな【裏】と繋がりがあるとはどうも思えない。

詰まり【灰色ノ剣】は【舞姫】に手を出した時点で9割詰んでいるのだ。


(それに【舞姫】はSランクだ。A+ランクの【灰色ノ剣】では荷が重いだろう。)


そう思って息を殺して男は眺めていたが・・・

男の予想とは異なり、少しずつ【灰色ノ剣】の方が押し始めていった。


「この、卑怯者たちめっ!!」


「はんっ!!遠距離から状態異常を狙うのは定石だぜっ!!」


男は会話を聞いて合点する。

どうやらあの無口なヤツに奇襲を掛けられて毒か何かの状態異常を受けているのだろう。

【灰色ノ剣】のいう通り、魔獣相手であれば定石中の定石だ。

飽くまで魔獣相手であれば、だが・・・


こうなって来ると、男としてもこのまま帰る事には出来ない。

そもそもそんな性格であれば此処まで成り行きなど観察してはいない。


(はぁ・・・やだねぇ・・・)


心の中で深いため息をつき、今日は運があると思っていた先程までの自分を絞め殺し、ちょっとばかり創造神様に文句を言って・・・男は目つきを変える。


(俺という存在を両者ともにバレずに【舞姫】に加勢する。その後は【舞姫】が街の兵士に報告でもするだろ。)


男としては今の平穏な生活を捨てて目立ちたいという気持ちは毛ほどもない。

そんな事は一時のメリットでしかない事を男自身も経験している。

にも拘わらず、こんな厄介な性格をしている自分を恨めしくも思う。


(まぁやると決めたらやる・・・それも俺だろ?)


男は頭を切り替え、腰から短剣を2本抜き取る。

無口な男の動きをつぶさに観察しながらジッと息を潜めた。


「はぁはぁ・・・手こずらせやがって。」


「まぁその方がお愉しみもデカいさ。」


「おいおい、頑張りすぎて壊すなよ?」


「・・・・・・・・・」


観察して数分少々、遂に【舞姫】がへたり込む。

その様子を見て【灰色ノ剣】の面々は【舞姫】と少しずつ距離を詰めていく。

その油断をしない動きからも【灰色ノ剣】もまた有名なパーティーなのだと理解する。


(今っ!!!)


それでも油断しないのは【舞姫】に対してであって、周囲にまで気を配る余裕は流石に無かったのだろう。

男の放つ短刀の1本が無口な男の弓の弦を切り、もう1本の短剣の柄で無口な男のこめかみの部分を撃ちつける。


「・・・・・・・・・」


ーーーズシャッーーー


(おいおいコチラは都合良いけどさぁ・・・倒れる間際くらい声出せよ・・・)


無口な男は声を一言も発する事なく意識を刈り取られ倒れていく。

音がした方へ視線を向けた【灰色ノ剣】の面々は驚愕の表情を浮かべた。


「ディースッッ?!!」


「どうしましたディースさんっ?!」


「おいディースッッ?!!」


「・・・・・・・・・え?」


【灰色ノ剣】の面々に釣られて、【舞姫】の方も無口な男・・・ディースに視線を向ける。

それは全員の視線がディースに向けられており、男からすれば全員の死角に潜り込む絶好の機会だった。


「ガァッッ?!!!」


次いで狙ったのは一番近接戦が厄介そうな大男だ。

相手はA+ランク、個人でいってもB+はあるだろう。

対して男はC+ランクだが・・・死角をついて喉仏部分を剣で打ち込める位は容易に出来た。


(なんせ一回緊張感が途切れてるからな・・・)


0から緊張感を携えるのとは違い、0から緊張感を持ち、0になった場合は再度緊張感を持つのは非常にキツイ事は男の経験則上理解していた。


ましてや【灰色ノ剣】も【舞姫】相手に不意をついているのだ。

男が【灰色ノ剣】に対して通用しない道理などは何処にも無いだろう。


男が苦悶の表情を浮かべて呻く隙に後頭部から再度追撃を行い、大男の意識を刈る。


「カースファ「ギガッッ!!!」」


魔法職の眼鏡男が男の存在を認識して攻撃に転じようとするその僅か先に男の電撃魔法(初級)が眼鏡男の持つ杖に電流を加える。


(杖を媒体に魔法を発動させてるんだろうが杖は金属製・・・だったら杖に電流を走らせて媒介にさせなきゃ良い。)


男の予想通り、杖に電流が走り眼鏡男は杖から手を放す。

媒介の無い魔法職などは一般人男性よりも虚弱な傾向が強い。

眼鏡男もその例に漏れず、男の腹部に与えた打撃により倒れ込む。


ーーーゴギッッーーー


「アアァァァッッ!!!」


そしてその隙に男は眼鏡男の左腕の骨を折る。

魔力を練り上げる魔法職は痛みに伴い魔力を練り上げるのが非常に困難になる。

これもまた男の経験則上、知っている事だった。


「ちょっ!おいおいおいっ?!!」


残りは剣を携えた剣士職のみだったが・・・完全に男自身を視認されてしまった。


(こうなってくると難易度は数段高い・・・)


繰り返すが男はC+ランク、個人の技量では勝てる要素は低いだろう。

不意打ちを与えて3人までは無力化できたとしても残り1人に正々堂々と戦って勝てる可能性は低いのだ。


「ガッ・・・・・・!!」


だがそこで男に視線を向けていた剣士職の背後から強烈な一撃が襲い掛かり、剣士職の男は白目を向き無造作に倒れ込む。


「ハァ・・・ハァ・・・済まないね、助かったよ。」


其処には疲労の色は隠せていないが【舞姫】が剣士職の背後に立っていた・・・



「・・・俺はあん時に、気にすんな、関わるなと言っただろうが?」


男はやけ酒気味に飲んでいたのは理由がある。

【舞姫】を助けた事は欠片も後悔はしていない。


だが・・・その時の立ち回りで『ブラックラヴィット』の魔核を落としてしまったらしく稼ぎの大部分を紛失してしまったのだ。

更に平穏に暮らしたい男は、目の前の【舞姫】に対して関わるなと過剰とも言えるくらいに念を押していたのだ。


にも拘わらず夕食を食べだしてから程なく、当人が自分の背後に立っているのだからやり切れない

そこからやけ酒に走るのも致し方ないと言えば致し方ない道理なのだろう。


・・・少なくとも当の本人からすれば、だが。


「少なくとも私はそれに了承した覚えはないわ。」


「・・・・・・・・・」


そう言われて男が思い返してみれば、確かに【舞姫】は呆けた表情で男のいう事に耳を傾けていただけであり、一言も承諾の意を示していなかった。

示していなかったが・・・


「・・・一応、恩人の意志を汲んでくれたりはしないのな。」


「・・・・・・悪いとは思ってるわ。けどあのまま気にしないで生活できる程図太い性格もしてないから。」


男は【舞姫】にそう言われれば、まぁそんなものかもしれないなと納得してしまう。

が、同時に本当に気にしないで放っておいて欲しいとも思いながら再度酒に口をつける。


「・・・で?」


「あん?」


暫し黙りこくりながら無言で酒を煽る男に対し、【舞姫】に言葉の続きを促される。

それに対し首を傾けながら返事をすると、また顔を真っ赤にしながら口調を荒げる。


「あん?じゃないわよっ!!おっさんの名前よっ!!さっきから聞いてるでしょっ?!!!」


「あ~~・・・・・・酒好き太郎。」


男は程よく酔った頭で咄嗟に偽名を答える。

が、当然の様に再度鬼の形相で【舞姫】は声を荒げる。


「そんな分かりやすい偽名で騙される訳ないでしょーーーがっ!!!」


「っつてもなぁ・・・俺の名前をお前さんに言うメリットは無いし。」


「何言ってんのっ?!!私がギルドに報告すればギルドランクが上がるわ!!何たってA+ランクの大部分をソロで倒したんだから!!それにおっさんの言う通り私は一代当主とは言え貴族、貴族としての礼も出す事が出来るのよ?!!」


「それがメリットにならない・・・」


人生に一花咲かせてヤルぜ!!みたいな奴なら喜びそうなものではあるが、実際男は少しも嬉しくはない。

平穏に日々を過ごして、平穏に人生を終わりたい。

出来れば嫁さんでも傍に居てくれたら嬉しいが、別に居なくても構わない。

そんな虚脱的な日々をこよなく愛しているのだ。


男からすればSランクの【舞姫】を助けたと注目されるのも、A+ランクの【灰色ノ剣】と渡り合ったという様な注目も等しく嬉しくない。

ましてや貴族としての礼?絶対に要らないという様な気持ちだった。


「・・・どうしても教えてくれないのなら、ギルドの待合室であんたの名前が呼ばれるのを待ち続けるわよ。」


「・・・いや別に良いよ、だったら明日からこの街離れるし。」


変に注目を浴びる位ならば街を離れる。

面倒ではあるがどちらがデメリットが大きいと言われれば男としては注目される方がデメリットが大きかった。

男もまた冒険者であるという事も大きな要因の1つではあるだろうが・・・


「~~~っ!!!良いから!!名前!!教えなさいっ!!」


「えぇ~~・・・旨みが無さ過ぎる・・・」


しびれを切らした【舞姫】・・・ラミアの横暴とも言える命令に辟易とした表情を浮かべる。

そんな表情を浮かべているのを見たラミアはガックリと肩を落としながら言葉を続ける。


「じゃあどうすれば名前を教えてくれるの?」


「ん~・・・」


ラミア自身、若干諦めたかの様な表情でそう質問する。

彼女は恐らく目の前の男は教えないの一言で終わらせるだろう・・・そう考えていた。

だがそう考えていたラミアは次の男の言葉で驚いた表情を浮かべる事になる。


「ギルドへの報告、貴族としての礼等の全てを行わずに此処の酒代を奢る事かな・・・」


「っっ?!!」


要は礼を放棄すれば名前位は教えてやると目の前の男は言ったのだ。

それは冒険者、貴族としての立場としては苦渋の選択ではある。

ただラミア本人からすれば真摯的でサッパリとした気持ちのいい心根を持つ男性に映る。

男の何気ない一言がラミアの好感度が非常に高まった瞬間だった。


「わ、分かった・・・遺憾だが恩人の要望に応えよう。で、で、でだっ!!おっさん・・・んんっ!!おっさんの名は何というのだっ?!!」


「おっさんの名前1つで鈍んだけ食いついてくんだよ・・・」


ラミアの挙動不審な態度に苦笑いを浮かべながら、男は徐に腰を上げる。

そして会計票をラミアに渡して去り際にボソッと呟く


「シルバ・・・シルバ=エドルだ。」


名前を一言告げた後、シルバはあれだけの量を飲んでいたとは思えない程しっかりとした足取りで店を出て行く


「シルバ・・・」


ラミアは告げられた名の主がもう居ない酒場でそう静かに単語を反芻させる。

コレは名前を告げた事により面倒な事から解放されたと勘違いした、やる気のない冒険者のやる気のない日常譚に成れば良いなという物語である。

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【短編】ヤル気のない冒険者のヤル気のない日常譚 ばてぃ〜 @bady

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