最終話 贖罪

贖罪しょくざい… 犠牲や代償を捧げて罪をあがなうこと。特にキリスト教で、キリストが十字架上の死によって、全人類を神に対する罪の状態からあがなった行為。


あの日電車でおじいちゃんに言われた、

「贖罪」という言葉が自分の胸にずっと突っかかっていた。


「おじいちゃん、キリスト教のキの字も口にしなかったのにな……。贖罪ね……。」



実際に僕は背負わなくてもいい『罪』を背負って生きてきた。というか今でもまだ少し引きずっているのも確かだ。


幼い自分の、ほんの軽い気持ちで誘惑に甘んじた駄菓子を奢ってもらうという小さな失敗が、40過ぎても心の中の傷跡として残ってしまう。自分に関わる全ての人が不幸巻き込まれる様な気がして、嫌な事は嫌と、言いたい事も言えないそんな人生を送ってきてしまった。

それを『贖罪』と表現されてもね……。

とんだ気の小さな神様だね僕は。

ひょっとしてキリスト様も気が小さいだけだったりして……なんて考えたりして(笑)



そんな話を昔話を交えて思い切って妻に話してみた。そしたら意外な返事がかえってきた。


「私もあるよ。」


「え?何が?」


「うん。小さい時の負の思い出。それを今でも思い出す時もある。」


「本当に?」


「うん。でもあなたと違うのは、私はほら、なんでも親に言う子供だったから、すぐにはきだしちゃった。そしたらなんか知らない間に…なんていうのかな?ただの昔の話になってたよ。」



「そうか。親に話して……。」


「逆に、隆志さんは強いよね。そんな重たい話今までは一人で抱えていたの?」



と笑顔で話しかけてくれた。

世界の不幸を一人で背負ったみたいなつもりで生きてきたけど、僕は案外近くにある幸福に気がついていないのかもしれない。


。。。。。


「バシッ!!」


とグローブの真ん中に軟球が収まった。


「っ痛……。お父さん案外いい球投げるじゃん!!」



「そりゃお前ソフトボールクラブでならした、この肩がな!!」


「ソフトボールは下投げやないかーい!!」



「ナイスツッコミ……。誠お前さー、なんで2階から飛び降りたんだ?」



「またそれかよ。先生にも、それから病院の先生にもお母さんにも警察にも何回も何回もも話したって。あれは」



「うん。それは聞いた。野球のボール屋根に乗ってしまって、それを取ろうとして足を滑らせたっていう話だろう?」



「そうだよ。いいじゃん、ただの捻挫で済んだんだから。」



『バシ!!』

と音を立てて誠の球をグローブで捉える。



「良くはないよ、それだけお前の周りの大人を心配させたんだから。」


ゆっくりした球を彼に返す。


「心配?良く言うよ。心配なんてしてないじゃん。大人なんてさ、自分が面倒事に巻き込まれるのが嫌なだけじゃんか。」


と怒りのこもった球をこちらに投げ込む。

球はそれて公園の芝生に紛れてしまう。

それをいそいそと探していると、誠が近くまできて一緒に探しだした。


んーどこにいったんだ?とか独り言をぶつぶついいながら、


「そんな事はないだろ。」

と返す。でも本当はそんな事あるのだとわかってる。



この辺に転がっていったのになー。と

誠もぶつぶつ言いながら球を探す。


「だって担任なんか、僕が話す前にさー、『なんでボールなんかとろうとしたんだ!!怪我するに決まってるだろう!!』って少しキレ気味に言ってたよ。それじゃーまるで怪我したら俺の責任になるから、おかしな事はするなよ!!って言ってるみたいなもんじゃんか。それに……」



あった。あったわ。ほら!!

と球を見せて誠に元の位置に戻る様に促す。

ゆっくりとさっき立っていた位置に戻る。


「それにどうした?」


「いや、何でもない。」


「言えよ。ここまで出かかったんだろ。」

と喉元を指差す。



少し躊躇いながら誠は言った。

「……あれ俺の球じゃないんだ。」



「え?じゃー誰の?」



「同級生の女。」



「は?なんで女の子が野球ボール持ってんだよ?」



「お父さんは何も知らないだな。野球部に女子が一人いるんだ。少年野球チームで小学生の頃やってたらしい。別に女子もはいれるから。」



「え?そうなの?」



「本当に、お父さんの時とは時代が違うんだよ。」


「そうか。それでその娘のボールを何で誠が取ってあげたんだ?それに大人にもそういえばいいじゃんか。」


「言えないよ。そしたら今度は子供が騒ぎ出すだろ。『お前あいつが好きなんだろ?』とか言ってさ。」


大人だな。

僕に似てるなんてのは親の思い込みで、

誠は誠なりに大きく成長しているのだろう。

そして僕とは違う大人になるんだろう。


「お父さん!!」


「え?!」


いつの間に誠が球を投げていた。

ガシン!!と頰に球が当たってその場に倒れ込んだ。


「何ボーっとしてんだよ。」


「いつつつ……。悪い悪い。お前いつのまにか大人になってきたな。」


「何の話だよ。でもお父さんには本当の事聞いてもらって良かったよ。それからお母さんには言わないでよ。また『どんな女の子なの?』とか聞かれるな決まってるだから。」



。。。。。


人と向き合う事をやめてしまったら、

人は人を思う事は出来なくなるだろう。


親がいつまでも大人になれない。

いつまでも自分の楽しみを優先させて、

子供たちと向き合わなければ、

やはり子供たちの成長は著しく低迷するだろう。


『贖罪』という吐き出さなければならない『負』を子供にかかえさせてはならない。

それは今を生きる大人の責任なのだと思うから。




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贖罪 雨月 史 @9490002

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