第4話 落ち度と負い目

「主任、奥さんから電話が入ってますよ。」



普段はLINEのやりとりがおもだから、会社に妻から電話をかけてくるなんて嫌な予感しかしなかった。


「はいお電話かわりました。」



「隆志さんごめん仕事中に。誠が学校の2階から落ちたって電話があって!!今から病院行くの。あなたも帰ってこれない?」



「え?どういう事だよ?!……なんて言ってる場合じゃないな。わかった。すぐに段取りするよ。病院どこなの?あーいやとりあえず病院の場所LINEにいれておいて?!」



「わかったわ。」


なんなんだよいったい?!!

それから慌てて上司にその旨を伝えて早退の手続きをして会社をでた。



最寄りの駅まで駆け足で向かい、駅前の信号待ちの間に電車の時間をスマホで調べた。

信号が変わると同時に走り出して駅のエスカレーターを駆け足であがると駅内のアナウンスが聞こえてきたので、さらにスピードを

上げた。電車が駅に近づきスピードを落とす音を感じて、階段を駆け降りホームに着いたところで電車の扉が開いた。


なんとか間に合った。

そう思い、行き先も見ずに飛び乗った。

流石に40半ばにもなると息があがる。

日頃の運動不足もずっしりと体に響いた。


目を瞑って天井を見上げて必死に息を整えた。吸っても吸っても酸素が足りない。

過呼吸なような状態になる。


「吐くほうだ。酸素を取り込みすぎだ。息を整えるには吐く方を整えるんだ。」


誰かにそう言われた気がして吐く方に、

気を向ける。


少しづつ落ち着きを取り戻しながら、

まことの事を考える。何故彼は2階から落ちる様な行動をしたのだろうか?……いや……何故も何も2階の窓から飛び降りるなんて普通の出来事じゃない。

それはもう……


考えたくもなかったけど……

イジメ……かもしれないな。


小学生の時の……

あの嫌な時代の景色が、

出来事が、

自分を取り囲むみんなの顔が、

フラッシュバックする。


最低だな本当に……。

妻の言う様に血は争えないのかもしれない。まことも自分に似てそういう気質を持ってしまったのだろうか。

本当に俺って奴は生きてる価値ないな。

こんな中年になってまで人に……

自分の息子にまで負を背負わせてしまうなんて……。




すると自分の目の前の座席から声がした。



「隆志。」



ん?

そう呼ばれた気がしてゆっくりと目を開ける。



「隆志お前まだ一人で背負い込んでいるんだね。」


え?!おじいちゃん?



目の前に座席におじいちゃんが座っていた。あり得ない事だった。

おじいちゃんは僕が20歳の時に亡くなっているのだから。



「おじいちゃん?何?どういう事?俺、夢でもみてるのか?」



「夢かもしれないし、夢じゃないかもしないな。それより……」



電車の中には何人かの老人と、

何人かの人々が横並びのシートに静かに座っていた。

ある者は本を読み、

ある者は居眠りをして、

そしてある者は子供を抱いて

小声であやしていた。

その情景になんだか少し違和感を感じたけれど、その違和感が何かその時はわからなかった。でも今はそれより……。


目の前の席におじいちゃんが座っている。その事が理解出来なかった。


「それより…なんだった?」



「なー隆志。爺ちゃんはね、少し後悔している事があるんだ。聞いてくれるかい?」



「後悔?もちろん聞くよ何?」



「あー。五連の凧覚えているかい?」


「あー……もちろんだよ。おじいちゃんと作った凧糸が絡まって飛ばせなかった。でもねあれは本当は……。」



「いいんだ。わかっているよ。あの凧を飛ばせなかった理由は本当はわかっているんだ。爺ちゃんはね、凧が飛ばせなかった事が嫌だったんじゃないんだ。けれども爺ちゃんはお前がなんであいつらに何も言わずにやられっぱなしなのか、もし言えない理由があるならなんで、爺ちゃんに言ってくれなかったのか……それが一番悲しかったんだよ。」



「おじいちゃん…でも……。」



「そう。それは当たり前だよ。たかだか11歳の子供には過酷だったんだよな。辛かっただろう?本当は爺ちゃんが、まわりの大人が……お前のお母さんやお父さんがもっと早く気づいてあげなければならなかったのだろう。それが事もあろうか、お前の心の傷として今も残っているだなんてね……。

お前が贖罪しょくざいを負うような事は何もないんだよ。」



「でも……」



「そうだな。今お前が言いたい事もわかる。

正直に親や祖父母に言えたらどんなに良かったか。けれどもそれもやはり大人が子供との関係性を深く持つべきだったんだよ。

お前の両親は少しそれが足りなかった。

でもそれはやはり親である爺ちゃんたちに問題があるのかもしれないね。本当に悪かったね。」



何も言えなかった。

今まで誰にも言えなかった。

たかだか何十円という駄菓子とはいえ、

安易に奢ってもらったという落ち度

それに対して何も親に相談出来なかった辛さ

財布からお金をとってしまった罪悪感

凧の糸を切られてしまった悲しさ。

人は自分に負い目があると、

人に助けを求めるのを躊躇う事がある。

人に助けを求められないというのは、

結局自分で負を背負い込む事しかできない。

落ち度と負い目がある以上、一生他人の目を見て生きるのを諦めてしまう。

今まで一人で抱えていた事が、

全て許されるような、

やっとわかってもらえたような、

そんな気持ちで満たされて、

すっかり顔をグシャグシャにして

嗚咽をあげて泣いた。



「ほら隆志、呼吸を整えるは『吐く』方だよ。一回落ち着いてゆっくりと吐き出すんだ。」



やっぱりさっきの声はおじいちゃんだったんだ。



「それでな隆志お前に一つ頼みがあるんだ。」



「頼み?どうしたの?」



「それはお前の息子の事だよ。」



「え?まことのこと?」



何がなんだかわからなかった。

誠が生まれたのはおじいちゃんが亡くなってから10年くらい後だし、おじいちゃんは誠のことなんて知らないはずだったからだ。


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