第3話 切れてしまった糸

「何を熱心に見てるんだ?」


図書館で借りた本を眺めていると、僕の後ろからお爺ちゃんが覗き込んできた。


「うん。今度ね、学校で凧揚げ大会があるからその凧を作ろうと思って。だいたい毎年みんな……僕も含めてだけどカイト凧を形どって、ゴミ袋を切り抜いて好きな絵を描くだけどね。」



「そうか。それで隆志は今年は違うのを作るのかい?」



「そう。面白くないじゃんみんな同じだと。それでこの連凧っていうのを作りたいんだけど、おじいちゃん和紙持ってる?」



「あー書道で使うのが沢山あるから、少し分けてあげるよ。」



そう言って和紙を用意してくれた。

それから熱心に作り始めると、おじいちゃんはそんな僕を横目で見ながら隣で書道を始めた。おじいちゃんの字は力強く活き活きとして、まるで字に生命力を与えるようだった。僕は全く字の才能は遺伝されなかったが…。


しばらく夢中になって凧作りをしていたが、それがそんなに簡単じゃない事に気がついて……


「あーもう無理だ。違うのにしようかな?」


なんて思わず口にする。すると……



「なんだもう根を上げるのか?よし。一緒にみてあげるからもう少し続けてみなよ。」



「え?手伝ってくれるの?」


「だって作りたいんだろ?」


「うん。」


「まさかとは思うけど、この大作を一日で作り上げようなんて思っていたわけじゃないな?」



「え?!」



「バカだな。無理に決まってだろ。『ローマは一日にしてならず』なんて言うだろ?」



「知らないよそんなの。」


二人で笑う。



それから二週間ほどかけてついに凧は完成した。ほとんど半分くらいおじいちゃんに手伝ってもらったけど。

それから近所の河原で試しにいくと尻尾の長さが悪いせいで上手く飛ばない。けれども持ってきたハサミで長さを何度も調整してついに五連の凧が空に浮かんだ。



「やったー!!やったよ。」


と嬉しくなる。


「ほら。苦労した分だけ努力は実るもんだよ。難しい事に挑戦して良かっただろ?」


とおじいちゃんも嬉しそうに笑う。


「うん。ありがとうおじいちゃん!!今週の金曜日だし本番も見に来てよ。」



「よし。必ずいくよ。」



僕にとっては

自分らしく生きる大事な時間だった。

学校に行けば地獄が待ってる。

家に帰っても良い子を演じざるおえない。

本当は気がついているのか?

それともあまり関心なく

全く気がついていないのか?

どちらにしても

僕は僕を殺して生きているのだから……。

何かに夢中になる。

そして誰かに褒められる。

認められるというのを感じられるのはこの歳の子供に絶対に必要な事なのだから。

なのに……。




「タカポン、何それ?」


凧揚げ大会当日、

五連の凧を持つ僕に高橋君が近づいてきた。


「え?!うん。おじいちゃんと一緒に作ったんだ。」



「へーすごいなそれ。飛ぶの?」


「うん。一度飛ばしてみた。」


「ふーん……それ、切っていい?」


「え?!」


顔から血の気がひいて青ざめた。


「そんな目立つのあげるなよ。ハサミあるし。手伝ってやろうか?」



まるで服についたゴミでも取る様な口調でそういった。



「……嫌だよ。今日おじいちゃんも見にくるんだ。だから出来ないよ。」


すると彼は僕の顔の近くまでよってきて、

人には見えない様に僕の事をすごい目つきで睨みつけた。


「お前俺の言う事聞けないのかよ。」


それを低い声で耳元でそう言った。

そこに雄二が近づいてきた。

お金を請求されて以来、

雄二も高橋君のいいなりだ。

おそらく彼も高橋に脅されているのだ。


「なーユウ、この凧絡まって糸切れてしまうよな。だから絡まる前に切った方がいいよな?」



一瞬こちらを見てそれからすぐに目を逸らす。


「え…うんそうだね。タカポン切った方がいいよ。」



雄二まで……。



「嫌だよ。そんなの。せっかく時間かけて作ったんだから。」



僕は必死に抵抗した。けれど……。



「そうか……じゃー仕方がないから俺お前の爺ちゃんに教えてあげるわ。てね。」



もう……絶望の決まり台詞だった。


いっそのこと、この時打ち明けられたら良かったのだ。それに全く知りもしない高橋の言う言葉をおじいちゃんが鵜呑みにするわけがないのに……。

それでも僕は良い子のふりをやめられなかった。親の財布からお金を取るなんて犯罪紛いな事をしかも長い時間……それをおじいちゃんに知られるなんて、どうしても避けなければならないと……。それで僕はどうしようもできずに泣いた。

二人で僕の凧の糸を切るのを黙って泣きながら見ていた……。


「どうしたんだ?なんで泣いてるんだ?」


と担任が近づいてきた。

それで僕は高橋の方を見てそれから、


「せっかく作ったのに糸が絡まってしまって、それで高橋君に切ってもらってたんだす。」



「そうか。残念だったな。」

担任はそれだけ言って去っていった。

気が付かないか?

気が付かないふりか?

考えるだけ無駄だ。


二人は糸を切るとそのまま何事もなかった様に集団の中に紛れていった。


落胆して凧を見つめる。

どうにかなるかと繋げてみるが、涙で上手く結べないし、バランス良く付けられた尻尾は踏まれてちぎれてしまっていた。

呆然と座り込んでいると、目の前におじいちゃんが立っていた。


「どうした?」


そう言われて喉の手前まで泣き声と、今された事実を言いかけたが、「泥棒」と言う言葉が頭をよぎる。それで出来るだけの笑顔でおじいちゃんに


「絡まってしまって…仕方がないから糸切っちゃった……へへ。」



「そうか……。」


いつも凛とした表情で、見守るような強さで僕の近くにいてくれたおじいちゃんの、

落胆して寂しそうな顔を僕は初めてみた。


それが僕を何より傷つけたのだ。



それから程なくしてお母さんが、

お金がなくなっている事に気がつき、

僕の行動の異変に気づいた。

お母さんは高橋の家に僕を連れて乗り込み、

お金の事を責め立てた。

けれども高橋の母親は


「うちの子がそんな事するわけありません。

いい加減にしないと訴えますよ。」


と言い放ってもの別れに終わった。

けれども両家族の利害は一致したわけで、

お互い近づかないように、そして学校側に、

同じクラスにならないように配慮するように話がついた。



それからなんとなく、申し訳ないやら、

情けないやら、僕はおじいちゃんとは距離を取る様になってしまった。

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