第22話

 成大たちは障害物の裏に身を潜める。平井たちのチームも同じように身を隠していた。


 一晩で誰がこんな障害物を用意したのかはわからないが、広い空間に障害物がたくさん設置されているので身を隠しやすいが、それは相手も同じことだ。しばらくの間、膠着状態が続く。


 ――パンッ。


 オーディエンスは声を出すことを禁止されているので静かだった状況が一変する乾いた音が会場内に響いた。


 そしてもう一発。パンッと乾いた音。

 福田と成大は障害物越しに目を合わせ、そのときが来るのを待った。


 ――パンッ。


 三発目の銃声が聞こえた。あたりはそれきり静まり返る。


「え? 嘘、もう終わり?」


 沈黙を破ったゲームマスターの声はテンションが下がりきっていた。人殺しゲームが想像よりもはるかにはやく終わってしまったことに動揺を隠せないようだ。


「えー……なんか見応えがなかったんだけど。おじさん、棒しか持ってない相手によく飛び道具使おうって思ったね。残酷な人だねー」


 パンパンとゲームマスターは不服そうにしながらも拍手をした。


「はい、おめでとー。きみたちの勝ちー。あとおじさんたちに賭けてたプレイヤーどももおめでとー……はぁ、こんなはずじゃなかったのになぁ」


 ゲームマスターはため息をついてやれやれと首を振った。


「そうか。ではこの人殺しゲームというやつは終わりでいいんだな」

「約束だからねー。僕は約束は守るタイプの男だよ……チッ、こんなに生き残るとか最悪」


 先程からぼそぼそとゲームマスターは不満をつぶやいていた。


「そうか、ならばいい。協力感謝する、平井くん。そして相手役に立候補してくれた二人も」

「え……もういいんですか?」

「ひぃ、本当に死ぬかと思った……」

「こ、怖かった……あの警察の人が本気で殺しにくるはずないってわかってはいたけど怖かった……」

「……は?」


 飯島の言葉に応えるように障害物の影から姿を現したのは平井たちのチームだった。そう、飯島に撃たれて死んだはずの平井たちだ。

 賭けをしていたプレイヤーとゲームマスターはきょとんとした顔で困惑した素振りを見せた。


「ふざけたゲームは終わった。平井くんたちには俺の分の食べ物を分けよう」

「しょうがないから俺のも分けてやるよ」

「俺のもどうぞ」


 この状況で困惑していないのは平井たちのチームと飯島、福田に成大だけだった。

 このゲームに参加した六人だけが現状を理解していた。というよりも飯島から作戦を聞かされていた。

 まずゲームが始まる前に飯島は成大たちになにもしないように言い、平井たちに殺されたふりをしろと言ったのだ。

 つまりはゲームマスターは飯島の掌の上でくるくると踊らされていたのだ。


「なんで……たしかに銃声が聞こえてそのあとおまえらは倒れたはず……どういうことだ⁉︎」


 ゲームマスターが珍しく声を荒げて飯島に問い詰める。

「どういうこともなにも、俺は単純に平井くんたちを殺したをしただけだ。これを使ってな」


 そう言って飯島が懐から取り出したのは赤い小さな筒だった。俗に言う、爆竹。

 どうやら飯島はこれをショッピングモール内で拾っており、それをなにかに使えると思ってずっと持っていたそうだ。


 爆竹の音は銃声の音に似ている。それを利用して拳銃を構え、平井たちを撃つ動作をしたときにこっそり爆竹を鳴らした。

 その音を合図に平井たちは言われた通り殺されたふりをしたのだ。


「そんな……ずる! ずるだよ、そんなの! だってこれじゃあ、誰も死んでないじゃないか!」

「ああ、でもゲームは終わった。少年、きみは約束は守る男なのだろう?」

「クッ……クソ」


 ゲームマスターの表情は被り物によって見えないが、おそらく今頃苦虫を噛み締めた顔をしているに違いない。

 今まで一方的に指図してきたゲームマスターに一杯食わすことに成功して成大たちは口角をあげた。

 人を馬鹿にしている人間に一泡を吹かすのは存外悪い気がしない。


「ああ、クソクソ! さいっあく! 本当最悪なんだけど!」


 ゲームマスターは不愉快な感情を隠すことなく声を荒げて肘置きを叩きつけた。


「意味わかんない! もう最悪! じいや、お菓子用意して!」


 ぶつん、とモニターの電源が消える。

 怒りのあまりゲームマスターは通信を切って子供らしくお菓子のやけ食いをしに行ったようだ。

 ゲームマスターの声が聞こえなくなると静寂に包まれる。しかしそれはすぐに破られた。


「すっ……げぇ! あのクソガキに一杯食わせやがった!」

「嘘だろ、まさかこんな展開になるなんて!」


 ゲームを見学していたプレイヤーたちが興奮した様子で清々しい気持ちだと飯島に声をかけた。

 これはまさしく飯島の功績だ。飯島がゲームマスターにルールを変えさせ、そして一度しか通用しない殺したふりでゲームを終わらせる。

 誰も死なない、ハッピーエンドだ。


「俺だけの成果ではない。俺を信じて協力してくれた光川くんと福田少年。そして殺されたふりという難題を見事成し遂げてくれた平井くんたちのおかげだ」

「お、お役に立てたようで良かったです……」


 はぁ、と平井はため息をついた。今頃緊張が襲ってきたようだ。かすかに震えている。

 殺されたふりをしてくれなんて言われても、もしかしたら飯島が本当に殺しにくるかもしれない。殺すふりをするだけだと言って油断させて、普通に殺されるかもしれない。そういった恐怖は絶対にあったはずだ。

 それなのに、平井たちは飯島を信じる道を選んだ。下手したら簡単に死んでしまう、どうしようもなく怖い選択だっただろう。なのに飯島を信じようという勇気を見せた。


 服部や石里にはもやしだの根暗だの言われていた平井だが、人助けのために水を取りに行ったり、今回の作戦に乗ったり、勇気を持った人間だと成大は平井に対する評価を改めた。

 気弱に見せて本当は元から勇気がある人間だったのか、それとも成大のようにその選択を選ぶ勇気を持てるようになったのか。

 それはわからないが、これはきっと素晴らしいことなのだろうと成大は思う。


「あー、もやしどもが生きてたのは意外だったが……まぁ、俺としては飯が食えりゃどうでもいい。さっさといつもの場所に帰ろうぜ」

「たしかにここで化け物に襲われては逃げ場がないからな」


 ゲームマスターと同じく少し不服そうな服部の言葉で成大たちは商業施設のある方へ向かい、いつものボウリング場に戻った。

 道中で数体の化け物と遭遇したが、こちらの方が数は優っている。最初は見たことのない生き物に困惑して先手を取られていたが、プレイヤーたちも多少は化け物との戦いに慣れて戦えない者は静かに隠れ、戦える者たちは各々の武器を片手に冷静に化け物と戦闘を行った。

 おかげで犠牲者なく戻ってくることができた。


「あー、喉乾いた。真里亜、水」

「はぁい」


 椅子に腰掛けた服部は石里に水を要求し、石里は自身のスクールバッグからペットボトルを取り出すと服部に渡した。

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