第8話

「……いつになったら帰れるのかしら」


 福田の言葉がきれると静寂に入った部屋の中で、冨山が唐突に口を開いた。視線は左腕のスマートウォッチに向けられている。


「化け物を全部倒せばいいんだろ。まぁ、あのガキを直接叩けりゃあそれが一番手っ取り早いかもしれないけどよ、どこにいるかわからねぇしな」

「俺たちをこの島に閉じ込めておいて自分は安全な本島からカメラで観察している可能性もあるだろうな」

「いや……たぶんそれはないと思います」


 福田と飯島の言葉を否定した成大に、全員が顔を向けた。


「なんでだ?」

「この島は他の大陸と通信できない、そう言っていたので」

「ああ、そういうことか」

「はぁ?」


 首を傾げられて解説を求められた成大はゲームマスターが言っていた言葉を繰り返した。すると飯島は納得した様子で頷いた。


「意味がわかんねぇんだけど。おばさんはわかる?」

「え、いや……私にもちょっと」


 成大の言葉ではゲームマスターがこの島のどこかにいるという意味が理解できなかった福田は冨山に視線を向けるが冨山は首を横に振った。

 飯島が成大に変わって解説を続けた。


「光川くんが言いたいのはつまりだな、この島は他の大陸とは通信できないから監視カメラがあったとしても、その監視カメラの映像を他の島に送信できない。だからこの島のどこかで隠れて見ているはず、ということだ」

「まぁ、監視カメラの映像だけは送れるように通信環境を整備している可能性はありますけどね」

「あー、なるほどな」


 福田と冨山は納得したのか頷いた。

 この島は他の大陸に助けを求めることができないように通信環境が切断されている。それはゲームマスター本人が言っていたことだ。

 だから成大たちはもしどこかで携帯電話や公衆電話を見つけられても電波は届いておらず、誰にも電話をかけることはできない。

 それがゲームマスター側も同じだと仮定すると、成大たちの様子を見るためには監視カメラを見なければいけないので、通信環境の問題でこの島の中でしか監視カメラの映像を見られない。だからこの島にいる、ということになる。

 しかしそれは可能性の話であって、本当にこの島にゲームマスターがいるとは限らない。自分たちの都合の良いように通信環境をいじることくらい簡単だろう。電波は届かないが監視カメラの映像特定のものだけは届くように設定しているのかもしれない。

 現段階の成大たちの持ちうる情報では、プレイヤーたちには不利な条件を出しておきながら自分たちは高みの見物をしている可能性はないとは言いきれなかった。


「どうしてこんな残酷なゲームを始めたのかしらね」

「それは本人に聞かないとわかりませんね」

「どうせそういう気分だったとか、そういうノリだろ」


 福田はケッと顰めっ面でつぶやいた。

 冨山の疑問はもっともであるが、やはりデスゲームを始めた理由は本人しかわからない。成大たちのような限られた情報しか与えられていないプレイヤーがどれだけ推測したところでわかるはずがなかったし、わかったところでゲームは終わらないだろう。


「やはり生き残ることを優先して行動しなければならないな……ん?」

「あ? どうかしたのか?」


 外壁が剥がれた壁は、一部に穴が空いている状態だ。飯島はそこに手を突っ込んでなにかを取り出した。


「これはゴルフクラブか」

「んだよ、なんかいいもんでもあったのかと思ったのに」


 ゴルフクラブを見て福田は興味なさそうに視線をずらした。

 しかし飯島は気に入った様子だ。成大たちに当たらない位置で数回素振りをして満足気に頷いた。


「俺の拳銃の弾は残り二発分だけだからな。福田少年のように近接武器が欲しいと思っていたところだ」

「少年言うなや」


 飯島は鉄パイプよりもリーチが長く、軽い素材でできたゴルフクラブを握りしめた。

 ゴルフクラブはよくサスペンスドラマでも凶器として使われているので、飯島の力で殴れば化け物にダメージを負わすのは夢ではないのかもしれない。

 成大としてもこちら側の戦力が上がってなによりだ。


「化け物が二体移動したな。あと一体どこかに行ってくれれば良いんだが」

「一体だけなら奇襲を仕掛けて殺すか?」

「それも悪くないが……先程までいた二体の化け物がまだ近くにいる可能性も高いから危険な賭けに出ることになるぞ」

「チッ、そうかよ」


 窓の外を観察した飯島に奇襲を勧めた福田だったが、冷静に止められて少し不貞腐れてしまったようだ。

 舌打ちをしてごろりと床に寝転がった。


「じゃ、化け物がどっか行ったら言ってくれや。それまで俺は寝る」


 鉄パイプを自身の横に置き、腕を枕代わりに寝ようとする福田を見て成大は肝が据わっているなと苦笑した。

 通常の人間ならいつ襲われるかわからないこの状態で横になる、ましてや眠ろうだなんて考えすらしないだろう。


「黙っておいてくなよー」


 ふぁあと気の抜けたあくびと共に福田はそう言って目を閉じた。


「わ、私も少し壁に寄りかかろうかしら」


 さすがに寝ようとは思わなかっただろうが、冨山も安心したのか緊張の糸を少し解いて壁に体を寄りかけて息をはいた。

 成大も休憩はできるうちにした方がいいと思い、椅子がなかったのでくすんだ色のダイニングテーブルの上に腰を下ろした。

 飯島は寝ずの番のように窓際に張り付いて外の様子を観察している。

 今は周囲の警戒を飯島に任せておこう。

 成大はググッと体を伸ばし、緊張していた筋肉を少し緩めてぼうっとボロボロになった天井を見つめた。

 一分、二分、十分。部屋が沈黙に包まれてからそれくらいの時間が経ったときだった。


「っ! 危ない!」


 窓辺で警戒していた飯島が突然床に横になっている福田を引っ張って、俊敏な動きで窓辺から距離を取った。


「ぐぇ」


 福田は急に襟元を引っ張られて痛みによる悲鳴をあげた。それとほとんど同じタイミングで窓ガラスが割れる音が響く。


「なんだ⁉︎」


 寝ぼけ眼だった福田が床に転がった鉄パイプを素早く握りしめ、窓の方向に視線を向ける。


「ぐっ、ぐぅ」


 そこには全長百三十センチほどの体を丸くした四足の生き物がいた。

 四足なところを見るに、蛙のようにも見える。しかしその口元には赤黒い血が付着しており、どこからどう見ても普通の生き物ではない。おそらく化け物の一種だろう。


「あ、まぁ」

「ひっ」


 化け物が漏らす言葉になっていない言葉に冨山は思わず悲鳴を上げそうになった。しかしとっさに両手で口元を覆って悲鳴をあげるのを堪えたようだ。


「なるほど、先程の化け物は猿のような姿をしていたが……化け物にも人型のものやそれ以外の姿のものがいるのか」

「冷静に解析してる場合か。さっさと倒すぞ」

「ああ」


 飯島と福田は各々の武器を握りしめて戦闘態勢に入った。化け物一体なら力を合わせれば倒せるだろう。しかしことはそううまく進まないようで。


「ままままっままあま」

「⁉︎」


 蛙型の化け物は突然悲鳴にも似た声をあげた。それを聞きつけたのか、同じく蛙型の化け物が何体も部屋に飛び込んでくる。


「チッ、五体か」


 幸いにも化け物は窓から入ってきた。なので扉の方はガラ空きだ。しかしここで扉の方から逃げようとして化け物に背中を見せたが最後、襲われるのは目に見えていた。


「人型のやつよりは小せぇけど……五体はさすがに多いぞ」

「まずいな」


 先程まで殺る気だった飯島と福田が眉を顰めた。

 あまり戦力にならなさそうな冨山を含めたとしても、こちらの戦力は四人。化け物の数の方が微かに上回っており、なにより厄介なのは蛙型化け物の跳躍力だった。

 ここは二階であるにも関わらず、蛙型の化け物は余裕で窓から入ってきた。つまりはそれだけ飛び跳ねる力を持つということだ。

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