第2話

 モニターに映る少年はちょこんと椅子に腰掛けていて、椅子の高さが合わなかったのか足をぶらぶらと揺らしている。

 見知らぬ部屋に閉じ込められているという今の成大たちの状況を抜きにしても珍妙に思うのは、少年の頭にその小さな体躯には不釣り合いな大きな熊の被り物をしているということ。

 サイズがまったく合っていないのでバランス悪そうにグラグラ、グラグラと揺れている。


「ちょっと待ってね。今から台本読むから。僕すごい頑張って考えたから」


 被り物をした少年は椅子の影からホチキスで留められた薄い紙の束を取り出してふむふむと読んでいる。しかし途中でめんどくさくなったのかポイっと放り投げた。


「ああ、もういいや。えっとねぇ……これは究極のデスゲーーム!」


 そう言って少年は仰反る勢いで両手を上に上げた。その声は弾んでおり、とても楽しそうだ。


「ああ、いや、究極かどうかは知らないんだけどね?」


 自分で究極と言っておきながらすぐに知らないけどと言い放った少年は両手を下ろすと揺れていた足を組んで椅子の肘当てに肘を置き、頬杖をついた。

 グラリ、と熊の被り物が揺れる。

 声のトーンも少し落ち着き、少年は淡々と言葉を続けた。


「まぁ、詳しいことはどうでもいいよね。僕も説明するのめんどくさいし。とりあえずきみたちには命を削って殺し合いをしてもらいたんだけど」

「待て、なにを言っているんだ。お前は誰だ? なんの目的で俺たちをここへ集めた?」


 自己紹介することもなく一方的に話を続ける少年に飯島が少し強めの口調で問いかけた。


「この島にはうじゃうじゃと化け物がいます。その化け物を全部殺したらきみたちの勝ちってことで。生きて解放してあげるかもね?」


 しかし少年は男性の言葉を無視しているのか、それとも聞こえていないのか、怯む様子なく問いかけを無視して説明を続けた。


「化け物に理性はありません。知性は……あるのか知らないけど、たぶんないんじゃない? ああ、でもやっぱりあるかも?」


 少年は煮え切らない言葉を続けた。

 見知らぬ場所に軟禁されて、その上意味のわからないことを言われて成大も飯島も、周囲の人たちも困惑している。

 成大には頭のおかしな少年の遊びに付き合わされているということだけしか理解できなかった。


「まぁ、僕にはどっちでもいいことだね! それよりもきみたちがどう動くかが楽しみだなぁ」

「なにが楽しみだ! とっとと俺たちをここから出せや!」


 どっちでもいい、と手をパンと叩いて熊の被り物を揺らす少年に、金髪の青年が突っかかった。

 扉を開けようとしていた高校生だ。金髪の隙間からはシルバーのピアスがいくつも姿を覗かしている。

 普段から至って普通の服装で、ピアス穴も開けていないただの大学生の成大にとっては不良のカテゴリーに入る人間だ。こんな状況でもなければ、こんなに長期間同じ空間に居合わせることのない人種だろう。


「もちろん、すぐに出してあげるよ。この部屋の鍵はほら、これ。これを押したら開くから」


 飯島の問いに答えなかったので中継ではなく録音されたビデオを再生しているのかとも思ったが、金髪の青年の言葉に少年は頷いて再度椅子の影に手を突っ込むとなにかを取り出した。


「ここをカチッと押せばいいだけだからね!」


 少年の手に握られているのはよくドラマや映画などで見る爆弾の起爆スイッチのような形をしている物だった。先端がボタンになっているようで少年はここ、と先端のボタン部分を指さしている。


「僕がこれを押して部屋の扉が開いたらゲームスタート! お外には化け物がうじゃうじゃいるから気をつけてね。あいつらは人間を見かけたら容赦なく襲いかかってくるから、簡単に殺されちゃうよ。まぁ、お前らなんてさっさと死んじまえばいいけど」


 弾んだ声色で話していた少年だったが、最後の一言は随分と声色が落ちていた。被り物を被っているので顔は見えないが、おそらく表情もいい顔をしていないだろう。

 グラグラと揺らついている被り物の、光の無い目が成大たちを見つめていた。


「ま、頑張ってね! じゃあ、ゲームスタート! きみたちが殺し殺されゆく様を僕はクリームソーダでも飲んで見ているね」

「ちょ、待って! 意味がわからないわ!」


 バイバイとでも言いたげに手を振ってボタンを押そうとした少年に、女性が大声で声をかける。

 少年の言っていることが意味がわからないのは女性だけではなく、成大や飯島たちもそうだろう。首を傾げ、神妙な顔つきをしている。

 少年は先程から何度か化け物という単語を話に出しているが、化け物とはなにのことを言っているのか想像もつかない。

 一般的には未確認生物みたいな、この世には存在しないような生き物を指しているのではないかと思うが、そんな生き物がこの世に存在するとは思えない。

 比喩か直喩か。大概の場合は前者の意味で使われると思うのだが、予想しようにもいかんせん成大の持つ情報が少なすぎた。


「もう、意味わからないもなにもないよ。僕はさっきから繰り返し言ってるでしょ。この島にいる化け物VSきみたち。全滅した方が負け。はい、ルール説明おしまい!」

「おしまいじゃねぇ! ちゃんと説明しろや!」


 金髪の青年が質素な説明で終わらそうとする少年に噛み付く。しかし少年はこれ以上話をするつもりはないのかモニターの電源がぷつりと切れて、その代わりにその代わりにゴゴゴ、と背後から大きな物音がした。

 トントンと変わっていく状況を理解しきれぬまま、成大が音のした方を見ると先程までみんなで必死に開けようとしていた金属製の扉がゆっくりと開いていっていた。

 部屋の外は昼なのか、隙間から光が差し込む。そして半分ほど開いた扉の奥には――。


「い、いやぁぁぁ!」

「うわー!」


 身長二メートルを超えたくらいの体格の良い、おそらく先程少年が言っていたが顔を覗かしてにたりと笑った。

 化け物は人間を見かけると容赦なく襲いかかる。そう言った少年の言葉通りに、化け物は開いた扉から手を伸ばすと扉の近くにいた人間の頭を鷲掴みにして、本当に容赦なく頭部を引きちぎった。

 引きちぎられた体から噴き出る血飛沫は灰色の壁を赤く染める。床には鮮血でできた血溜まり。

 凄惨な光景を見せられ、多くの人が悲鳴をあげて部屋の奥へと走り出した。

 扉から少しでも離れようと駆け出した男性がつまずいて転ぶ。そして立ち上がろうとしたが男性が立ち上がるよりもはやく、化け物が男性の姿を捕らえてまるで紙ねんどをちぎるように、その体を真っ二つに引きちぎった。


「これはまずいことになったな……本当に」


 成大の隣で、怯える人たちと化け物を交互に見据えた飯島はぼそりとつぶやいた。

 少年が姿を現す前に発狂した人たちの方が何十倍、何百倍とかわいかったかもしれない。彼らはどれだけ発狂していようと、所詮は人。縛りあげればおとなしくなるだろう。

 しかし今、成大たちの目の前にいるのはまさしく化け物としか言い得ない生き物だ。

 簡単にいうと、対処法がわからない。それは警察官である飯島も同じようで眉を顰めて下唇を噛んでいた。

 きみたちを守ると宣言したのに、もう二人は犠牲になってしまったから罪悪感でも感じているのだろうか。

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