おまけとあとがき



①春の日中の嘘:回想行進曲


「そういえば、ハルの目標って達成したことになるのかな?」

「というか、ほら、ね?」

「ね、って?」


ハルはバツの悪そうな顔でへらっと笑った。

相変わらず、笑顔のレパートリーが多い。


「トーマさんと関わるための理由というか……ね?」

「………………」

「あ、怒った?」

「怒るというより、よく目標でもないことをあんなに真剣に……と思って」


そう、僕はハルに甘いという自覚もあるけれど、それ以上に心から感心した。


8歳のハルも僕といたくて本に興味のあるフリをしていたと聞いた。

でも、実際に今、ハルは相当量の本を読んでいる。

絵だって、山中さんから頼まれるほどに上達していた。

だから、すごいなぁ、としか思えないのだ。


ただ、気になることもある。

ハルは明らかに、まだまだまだまだ、僕に嘘をついている。


それでも、まあ、問い質すのはずうっと歳をとってからでも遅くはないだろう。

ちょっと怒ってるフリでもしてみようかな。





②子猫のワルツ



「ねえハル、近所の人が猫もらってくれないかって」

「猫?」


そういうトーマさんの手にはバスケットがある。

気のせいじゃなく、ミャーミャーきこえる。

さては、断り切れなくて既に押し付けられてきたのだろうか。


まあ、猫、トーマさんみたいで嫌いじゃないし。


そう思ってバスケットに掛けられていた布をどける。


「ミャア」

「……トーマさん?」

「ちがうよ、相談してから決めようと思ってたよ」

「そうじゃなくて……」


黒猫。それも、目が青く透き通った。

トーマさんだろ、これ、もう。

そんな目で見られたら返して来なさいなんて言えるわけもなく。


「トーマさんそっくりだ」

「え、そう?」


小さいのに必死に威嚇してる。

トーマさんと再会した頃を思い出す。


「飼う」

「あ、いいの?」

「名前決めて、買い出しに行かなきゃ」

「よかったね、ワルツ~」

「ミャア~」


名前決まってるのかよ。


「もらってきたお宅で仮名をつけてたみたいなんだけど、ワルツって呼ばなきゃ返事しなくってさ……」

「ま、いっか……ワルツ」

「ミャア」


そうして、俺達の楽園に住民が増えることになったのだった。





③ツナミさん



「そういえば、最近あの子見ないね」

「どの子?」

「ほら、眼鏡でキノコ頭の……」

「ああ、ツナミ、だっけ?なんか学校やめたらしいよ」


ストローが空ぶる音がして、女子生徒はジュースをゴミ箱に投げ捨てた。


「なんかね、ハルのストーカーしてたらしくて」

「うっそ、キモ」

「それでハルが学校にいたくないって友達に漏らして、そいつが責められて」

「うわ、自業自得~」

「近所のコンビニでバイトしてるの見たって子もいるけど」

「それもやめちゃったらしいよ」


けらけらと笑う女子生徒たち。


これを聞いていれば、ハルの笑顔が見られただろう。

思い通りに動かない人間が多い中で、こうも思い通りに動いてくれたのか、と。


ふたりの仲を邪魔するものには、絶対に罰を与える。


それよりも、トーマを害するものは、何人たりとも存在してはならないのだ。


誰もハルの思惑を知らないまま、彼らは楽園に逃げ果せてしまった。






④ラプソディ・イン・スプリングルーム



「ねえ、最近息子がパソコンを貸してくれないのよ」

「……花美堂さん、それは」


最近、息子・ハルの部屋で見つけた謎のキカイ。

事件系のテレビ番組でよく見るものに似ていた気がする。


「だからね、一回警察に見てもらって――」

「やめてあげてください!!」

「男の子ってそういうものですから!!」

「年頃の子なら放っといてあげてくださいよ!!」

「男の子なら普通ですから!!」


ハルの母は新入社員たちから猛反対を食らってしまった。


「時代が変わったのね……」

「いつの時代も放っておいてほしいですけどね」

「だめですよ、ベッドの下とか勝手に掃除したら」

「しないわよ、さすがに」


誰も何も言わせなかったから、母は勘違いをしてしまった。


(今の時代、好きな人を盗聴するのって、普通なんだ……)






⑤星の光



窓から、すみれに似た星々が見える。

花糸のような月の灯りで、部屋の中は夜でも明るかった。


そんな幻想的な光の中で本を読むハルに、しばし見惚れた。

昼間はあんなに炎のような色を纏って輝いているのに。

今はただ静かで落ち着いたきらめきを放っている。


「ん、起こしちゃった?」

「いや……座っていい?」

「自分ちでもあるんだから好きにどうぞ」


それはわかっているけども。

なんだか、邪魔するのを憚られる雰囲気だったのだ。

どこか神聖ささえも漂わせるように真摯な顔で。


「なに読んでるのか聞いてもいい?」

「……昔の日記」

「日記?」

「トーマさんと出会ってから、どれほど好きか書いてる日記があったんだ……この間帰った時に実家を掃除してたら、見つけてさ」


随分古びた日記帳だ。

きっと、年数によるものじゃなく、使用の多さによるものだろう。


「少し読みましょうか」

「え、いいの?」

「だって、トーマさんに宛てたものが多くて……自分でも微笑ましい」

「じゃあ、お言葉に甘えて……」


僕宛てだろうが、それはハルの想いに違いないだろうに。

ハルはいつだって、分け与えてくれるんだな。


「トーマさんの目は海みたいだった。海の光がトーマさんを包んでた。だから俺は、トーマさんが人魚だと思った。あの人は海から来たんだ。でも、声は出てた。じゃあ、他のものを差し出してしまったのだろうか。海の魔女も、あれだけきれいな人魚を陸にあげてしまうのは、くやしいはずだろうから、きっとだいじなものを差し出させたはずなんだ……でもトーマさんはカンペキに見えた。どこにも欠けてるところなんてないと思う。それより、どうして陸に上がってきたんだろう。俺のためならいいのにな。俺が王子になったら、トーマさんは俺と結婚してくれるのかな……」

「…………」

「次も読みましょうか?」

「いや……顔から火が出そうだ」


ちいさなこどものちいさな恋心。

その予想だにしなかった熱量に、のぼせそうになる。


「暗くてもわかる、トーマさん真っ赤」

「い、言うなよ……」


それから夜はしっかり寝るようにはしていたのだが、隣にハルがいないとどうしてもさがしてしまい、日記を抜粋して読み聞かせられることになる。





⑥新天地より



編集たちから要望が届いていたらしく、トーマさんは度々動画を出すことになった。


最初危惧していたようにイラストメイキングや講座系ではなく。


「え、そんなことでいいの?」

「”雪解け”の動画以降音沙汰がなくて寂しがる人が多いんだって」

「いや、でも寂しいって言っても……ごはん食べるだけって……」

「まあ、トーマさんの健康を心配してる意味もありそうだけど」


トーマさんの実家である牧場の宣伝動画に出演していたトーマさん。

そこで目を付けたデザイナーから、度々モデルを頼まれていた。


それが向こうにも広まって、写真なんかが勝手に出回ってるみたいで。

「また痩せたんじゃないか?」なんて言う人もいたっけ。失礼な。

この間体重を量ったトーマさんの可愛さを知らんらしいな。

「ハル!2キロふえてた!」とブイサインつきの笑顔でね。かわいいの。

ちなみにその程度は水分等の関係で増減するものだから信用ならないぜ。


でも、顔色がいいのは毎日毎食おやつ含めて、俺がしっかり健康管理をしている賜物だ。それを動画にして寄越せだと。ふたりの時間を邪魔しようってか。

ただでさえ人付き合いするほどにふたりだけの時間が減ってるのに。


「ミャア?」

「ワルツはいいんだよな~」

「ミャア」


さて、どうしたものか。


「……断っておこうか?」

「いや、勝手な人間の利益にされても不愉快だし……」


俺のトーマさんなのに俺が管理していないことがあるだなんて許せん。



「……えっと……こんな感じでーす……」

「はいおっけ」

「おっけかなぁ……」


いわば、撮影の撮影だ。

モデルとして写真を撮られているトーマさんや、その撮影裏のトーマさん。

ふたりの時間を邪魔しないし、俺が管理できるし、いいことづくめだろう。

たまに帰りに寄り道をしてコーヒーを飲んだりジェラートを食べてるところを映せば当初の要望も満たせてさらによし。いずれ収益化する見込みもあるだろう。

やっぱり俺って、トーマさんに関することでは天才だと思う。


「でも、ハルの負担が増えてるだけじゃない?」

「トーマさんがいない間、これで寂しさを紛らわすよ」

「………………」

「顔真っ赤だよ」

「知ってるから言わなくていい!」


俺しか知らないトーマさん。

これはさすがに誰にも譲らない。





⑦樅の木



「ハルの本当に好きな食べ物ってなに?」

「え、なに本当とかって」

「いやほら、味というよりエピソードっぽいから」


そういえばそうか。俺って食べ物じゃなくて思い出を食ってるんだろうか。

でもパッサパサのパンはマジで嫌いだしな。


「えっと、じゃあ、他に好きな食べ物は?」

「う~ん……」


今日はやけに熱心だな、トーマさん。

もしかして、クリスマスに作ってくれようと張り切ってるんじゃないだろうか。

期待していいのかな、俺。


いや、でもここでそういう憶測で物を言うのは無粋というものだ。

何よりトーマさんが俺のことを知ろうとしてくれてるんだから答えるべきだろ。


「俺、トーマさんの料理が全部好きだな」

「え、具体的に何かというわけでなく?」

「うん、トーマさんの味というか、全部」

「そっかぁ……」


ああ、困りながら照れてる。なんてかわいい人なんだろうな。


「逆に、トーマさんは?」

「え~……、焼き菓子とか……チョコレートも好きだし、ミントキャンディもハルのおかげでいつの間にか好きになったし……アイスクリームにフルーツも……」

「甘党なんだ」

「……生まれのせいかな……スパゲティとかピッツァも好きだし」


たしかにこの国の人は、年齢や性別関係なく甘いものを好んで食べている気がする。


「もちろん、ハルの作る料理も大好きだよ」

「……へへっ」


我ながら機械的な味がするけど。

愛情は込めているはずなのに。レシピに忠実すぎるのだろうか。

だから菓子作りは上手くいくのか……?

トーマさんのは、目分量なのにものすごくおいしいものができるからな……。


まあいいや、それなら料理は任せてクリスマスケーキは俺が作ろう。

ツリーはふたりで飾り付けて、暖炉の前で語らったりして……。










さいごに:あとがき



さて、どこで「終わり」と区切るモノなのか。

彼らの旅路は終わらないでしょうし、これからも続いていきます。


思いがけない夜もあるでしょうし、同じだけの朝もある。

暴かれない嘘も、まあいいかと過ぎ去った日も。

紛れ込ませた思い出も、救われなかった誰かも。


そのすべてを書き記すには度量も足りず、また、ナンセンスなのでしょう。


だからとりあえず、さいごに、などと言って終わってみるのです。



さいごに。

この物語をいつか救えなかった誰かに送る。

いつか誰かのファンだった、ひとりの人間より。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

冬への扉 冬への扉 @COLOr_LiPs

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ